記事のポイント ビザや再入国リスクを理由に、米国在住の外国籍幹部らがカンヌライオンズ参加を見送る事例が目立っている。
カンヌの現場では、過剰から効率へと価値観がシフトし、会話や行動に緊張と現実感がにじみ出ている。
「AIはミューズ」「クリエイターが新たなディレクター」など、毎年繰り返される決まり文句も冷めた視線を浴びている。


毎年恒例の「カンヌライオンズ国際クリエイティビティ・フェスティバル(Cannes Lions International Festival of Creativity)」を現地からレポートする。

カンヌはどこへ向かうのか? 業界の「現実」が追いついた広告祭



カンヌライオンズ国際クリエイティビティ・フェスティバルは、かつて「会議」「夢」「ブランドイメージの演出」がグラス一杯のロゼで混ざり合う、不思議な場所だった。しかし今年は、ビーチに足を踏み入れる前から異なる種類の摩擦が立ちはだかる。入国管理の厳格化、リスク回避メモ、そしてリンクトイン(LinkedIn)には載らない静かな欠席者たちだ。それがステージ上で語られることは期待しないほうがいい──というより、そもそもカンヌにたどり着けたのなら幸運である。出張申請の段階から始まる企業劇場の儀式──パワーポイントの山、社内政治、そして「ビーチ沿いのパネルディスカッションや正午のアペロールがブランド戦略になる理由」の正当化。だからこそ、「来なかった人たち」が目立つのだ。

静かだが意味深なグループが姿を消している。米国で働く外国籍の広告エグゼクティブたちである。彼らが渡航を見送った理由は、航空券の高さではなく「再入国のリスク」だ。カンヌがいかにグローバルな場であろうと、入国管理官は広告業界の肩書きには関心がない。

「米国永住権(グリーンカード)保有者に対しては、明らかに審査が厳しくなっている」と語るのは、ビアルト・ロー(Vialto Law)のパートナー、マニッシュ・ダフタリ氏だ。彼は、長期出張する幹部に対しては「再入国許可証」の取得を助言している。つまり、リスクは「フランスへの飛行機」ではなく、「アメリカへの帰国便」にあるのだ。

そして、無事に到着した者たちでさえ、その余波を感じている。

「楽園」は現実に直面している



ここは長年、現実の問題を陽光の中にぼかしてしまえる「蜃気楼」だった。だが今年は違う。地政学的混乱、経済不安、AIパニック、エージェンシーの再編、クリエイター経済の成長痛──すべてが同時にのしかかる。かつての「泡のような祝祭」は、いまや圧力鍋と化している。会場の外でも、「オフレコの雑談」にも、そこはかとない不安が漂っている。

「AIについてオンレコで話すことは許されていない。いまの企業広報にとっては繊細すぎる話題だから」と語るのは、あるグローバルブランドの広告幹部。ただし、匿名での発言だ。

そしてこの緊張感は、参加者の行動にも影響している。いまやカンヌでの最新ステータスシンボルは「ヨットへの招待」ではなく、「昼前に17件のミーティングが詰め込まれた色分けされたスケジュール」だ。「確実にアグレッシブになってきている」と語るのは、プライバシー対応プラットフォーム「コンプライアント(Compliant)」のCEO、ジェイミー・バーナード氏。

かつて過剰のうえに成り立っていた1週間は、今や「効率」の色を帯び始めている。

「効率化」がカンヌを壊す?



だが、その「効率性」はどこか場違いに映る。カンヌが本来目指していたのは、長く構造化されていない1日を過ごすことで偶然の出会いがビジネスにつながる空間であり、リネンと楽観主義に包まれたアイデアが花開く場であったはずだ。しかし今や、成熟しすぎた業界の現実がそれを追い詰めている。予算は引き締められ、参加者の意識は過去になくシビアである。参加企業の代表者数の変化が、その空気感を物語っている。

オグリー(Ogury)は今年31人を派遣、昨年の37人から減少。MiQは45人で昨年と同じ。レイザーフィッシュ(Razorfish)は8人で昨年と同数。いずれも「経費削減のため」ではなく、「戦略的に選んだ人数」だと強調する。それはカンヌ流に言えば「ここには来ているけれど、楽しみすぎては見せたくない」ということだ。

とはいえ、それはむしろ良いことかもしれない。イベントの直前に数十人の従業員を解雇した企業が、わずか数日のためにビーチ沿いに約100万ドル(約1億5700万円)を投じるこの場所において、少しの自省は意味を持つ。その「乖離」は以前から存在していたが、いまや無視するのが難しくなっている。だからこそ、参加を見送る幹部もいるのだ。

カンヌはただの「仕事場」になってしまうのか?



「カンヌ行きのビジネスケースを作るように頼まれたけど、『面倒すぎる、やめておこう』と思った」と語るのは、匿名を条件に本音を明かした広告幹部である。

だが、この是正の動きにもリスクがある。過剰を削りすぎると、カンヌはどこにでもあるカンファレンスに成り下がってしまう。取引が中心で、予定は詰め込まれ、会話は丁寧で予定調和。インスピレーションではなく、分単位でROIを搾り取る場になるかもしれない。確かに効率的かもしれない──だが、それは人々がここに来た理由ではない。

「カンヌに行けるのは『ご褒美』だったはず」と語るのは、元大手広告会社の幹部で、現在はエージェンシー向けの成長支援を行う「LBRBコレクティブ(LBRB COLLECTIVE)」を運営するマーシー・サメット氏だ。

クロワゼット通りを歩けば聞こえてくる カンヌで毎年繰り返される「決まり文句」




「AIはクリエイターを奪わない。もっと創造的にするだけ」
すでに1000枚のスライドに刻まれたセリフ。エナジードリンク企業がスポンサーの午前11時のパネルで誰かがこれを口にするとき、それはその日5人目の「ChatGPTはミューズだ、脅威ではない」という表現になる。それでも、カンヌは都合のいい未来が好きなのだ。

「リテールメディアはデジタル広告の第3の波」
これも4年連続。だが今年は、スーパーマーケットチェーンやラグジュアリーブランドが「カート内データこそ新しい文化資本」とアピールするポップアップが増えている。ボーナスポイントは「ターゲティングだけでなく、スケールで語るストーリーテリングが重要」と語る人。

「クリエイターは新たなディレクターだ」
これはオンステージでもクロワゼットでも繰り返される。TikTokとのコラボを狙うマーケティング幹部たちの口から。誰もが神妙な顔でうなずくが、そのクリエイターがブランドブリーフを開いたことがあるかどうかは定かではない。

「メディアとクリエイティブの再統合が必要だ」
毎年6月に語られる常套句。実際に「分裂」が起こった時から、ずっと繰り返されてきた。それでも、ロゼ片手に聞くと心地よく響くのだ。

「カンヌは戻ってきた」
そもそもどこにも行っていなかったが、パンデミック後の定番フレーズとして根強く残る。今年これを口にする者がいれば、彼らの意味するところは「ヨットは満席、ドリンクは冷たく、幻想は心地よい」だ。


スポットライト:カンヌの「裏側」に迫るエピソード



・キンバリークラーク(Kimberly-Clark)のチーフグロースオフィサーであるパトリシア・コルシ氏は、今年のカンヌではフレンチ・リヴィエラでロゼを楽しんでいる様子は見られないだろう。(キメコ・マッコイ)

・ユニク・アーネスト氏は典型的なカンヌのパワーブローカーとは異なる。長身で、控えめで、話すより聞くタイプ。だが彼を「フィクサー」と呼ぶ者もいる。5分間彼のパーティーに参加すれば、その理由は明らかになる。(クリスタル・スキャンロン)

・Amazon広告(Amazon Ads)とロク(Roku)は、AmazonのDSPがロクのCTV広告在庫にアクセスする唯一の手段となる提携を発表した。(ロナン・シールズ)

・オムニコム(Omnicom)は、ライブスポーツに特化したディズニー(Disney)との新たなパートナーシップを、ザ・トレード・デスク(The Trade Desk)と共同で発表した。(マイケル・ビュルギ)

・アウトフロント(Outfront)は、アメリカ観光局やHBO Maxなどが活用する先進的な交通系デジタルOOHを手がける「XLabs」をカンヌに投入。(マイケル・ビュルギ)


Overheard(聞こえてきた話)




・「このディールは成立すると言いたいけど、交渉の場では険悪な空気が漂っていて断言できない」──ある広告幹部、明らかにうんざりしている様子。

・「フェスティバル期間中、カンヌからサントロペまでヨットで移動するには約10万ユーロ(約1700万円)かかる。今年は車で行くことにしたよ」──あるアドテク企業のボス、すべてを物語るような肩すくめ。


What to do(本日の予定)




10:00〜10:30/パレ・デ・フェスティバル内 ルミエールシアター
Appleのマーケティングコミュニケーション担当VPで、今年の「クリエイティブ・マーケター・オブ・ザ・イヤー」受賞者であるトール・マイレン氏が登壇。アルゴリズム時代における「人間の感性と創造性の交差」について語る。

14:45〜15:15/ルミエールシアター
アーティストのローラ・ヤング氏、ニューヨーク・タイムズ、ハバス(Havas)による「広告と神経多様性」についてのパネルディスカッション。

15:45〜16:15/テラスステージ
オール・エリート・レスリング(All Elite Wrestling)が「スポーツとプロレスの交差点」について語る。


Nightcap(今夜の予定)




18:00/Meta Beach
DJ、音楽プロデューサー、Soulection創設者として知られるDJジョー・ケイが登場。軽食とオードブル付き。

18:00/プライベートヴィラ
カクテル、DJセット、グラミー賞ノミネート&マルチプラチナアーティスト、チャーリー・プースのパフォーマンスを含むSpotify Soiree。

20:00〜23:30/WPPビーチ
カナッペと夕暮れのカクテルを楽しみながら、VML主催のサンセット・ソワレ。ゲストDJによる演奏あり。

22:00/ホテル・デュ・キャップ
iHeart Media、コンデナスト、3C Venturesによるアフターパーティー。QuestloveによるDJセット。

22:00〜深夜/Snapchat
50セントによるライブパフォーマンスを含む、飲酒とダンスの夜。

23:00〜翌4:00/ビズビズクラブ(Bisous Bisous Club)
BeRealによるアフターパーティー。


[原文:Cannes Briefing: A sunburned reckoning]

Digiday Editors(翻訳・編集:戸田美子)