農家転身の元Jリーガーが“事件”回顧で反省「最悪の結果が…」 長谷部誠から愛あるお叱り「調子に乗ってんじゃねーよ」
【元プロサッカー選手の転身録】西澤代志也(浦和、草津、栃木、沖縄)番外編:浦和加入後に先輩をなじってお叱り
浦和レッズユースで育ち、浦和、ザスパ草津、(現・ザスパクサツ群馬)、栃木SC、沖縄SVを渡り歩いた西澤代志也。
2021年シーズン限りで現役を引退し、農家への転身を決断した。現在はおいしい農作物作りに励む西澤は、サッカー選手として16年活動し、さまざまな逸話を持つ。セカンドキャリアに迫る「転身録」の番外編として、現役時代の衝撃エピソードをお届けする。(取材・文=河野 正)
◇ ◇ ◇
Jリーグの浦和レッズ、ザスパ草津(現・ザスパクサツ群馬)、栃木SC、九州リーグの沖縄SVに在籍し、サッカー選手として16年活動してきた西澤が、昨シーズン限りで現役を引退した。怪我に悩まされ続け、持てる力を出し切れない不運が付いて回ったが、逸話には事欠かなかった。
西澤は浦和がJリーグで初優勝した2006年、下部組織のユースチームから昇格したMF。中学時代は狭山ジュニアユースFCという、埼玉県内でも強豪のクラブチームでプレーしていた。
その頃、進路についてはこんなふうに考えた。
「まず高校チームを敬遠した一番の理由が先輩・後輩の関係で、あれに耐えられるのかなって思いました。ジュニアユース時代は上下関係が全然なく、楽しくやれていましたからね。クラブチームに進むことを決め、いろんな人に相談していたら、浦和から声が掛かったんです」
加入したばかりの西澤はめっぽう尖っていたそうで、先輩に対する言葉遣いもでたらめだったという。
自前の練習場で行われたあるトレーニングマッチでの一コマ。西澤は試合中、「おい、ちゃんとやれよ!」「何やってんだよ!」「そうじゃないだろ!」といった上から目線で先輩をなじり、怒鳴りまくった。
試合が終わって両チームが整列し、挨拶した瞬間だった。「長谷部(誠)さんにアゴを押さえつけられて『おい、調子に乗ってんじゃねーよ。後で俺のところへ来い』と言われました。ロッカールームに戻ると、長谷部さんにめちゃくちゃ怒られたんです」
これだけでは済まなかった。紳士的な振る舞いで定評のある平川忠亮からも、「あの言葉遣いは何だ、調子に乗るなよ」と叱られる。これを横で聞いていた岡野雅行には「ヒラがあんなに怒るなんて相当のことだぞ」とダメを押されたのだ。
西澤はこの“事件”をきっかけに自らの未熟さを痛感し、意識を変えていったという。
「思い出すだけでも恐ろしいことでした。それまでは新人だし、練習中も練習試合でも言いたいことも言えないくらい、すごく遠慮していたんですよ。でもテレビか何かで“ピッチに入ったら先輩も後輩も関係ない”みたいなことを言っていて、それに感化されたら最悪の結果が待っていました。何の実績もない新人にボロクソ言われたら、誰だって頭にきますよね」
西澤は少し恥ずかしそうにこう言うと、さらに当時の情景を思い出し、「そうだ、主審にも『あれはないよ』って注意されました」と付け加え、「(田中マルクス)闘莉王からは何もなかった?」と水を向けると「ありました。翌日『お前、なんか、随分と調子に乗ってるらしいじゃないか』って言われ、それからずっといじられました」と苦笑した。
テレビの話を曲解したうえ、よもや上下関係を気にしなかったジュニアユース時代のスタイルを持ち込んでしまったのだろうか。
ポンテらブラジル人が怒鳴り合い、直後にバリカンで丸刈りに「放心状態でしたよ」
初出場した07年のAFCアジア・チャンピオンズリーグ(ACL)で決勝に進んだ浦和は、イランでの第1戦に向けてアラブ首長国連邦(UAE)のドバイで直前合宿を実施。帯同した西澤は、ここで丸刈りにされてしまう。
8月5日のサテライトリーグの試合で得点できなかったら、髪を切る約束をロブソン・ポンテと交わした。西澤はしっかりチームの6点目を決めていたが、ドバイのホテルでポンテに呼び出され、「駄目だったな」と3か月も前の件に因縁を付けられた。「点を取る条件が、サテライトの次の練習試合まで続いていたんですよ。そんなの初耳だったけど、どっちにしても理由を付けて僕を丸刈りにしたかったんでしょうね」と笑う。
ポンテの部屋には、すごみを利かせたワシントンとネネも待機。風呂場に連れていかれると、3人のブラジル人が突然怒鳴り合いのけんかを始めた。「言い合いが終わると、無言のポンテに頭を押さえつけられ、いきなりバリカンを入れられたんです。もう放心状態でしたよ」と苦笑。それから西澤はブラジル人選手に可愛がられ、いじられ続けた。
17年7月17日にあった元浦和の鈴木啓太の引退試合には、西澤もポンテも参加した。その前夜だ。ポンテからメールが来た。「ホテルでバリカンを持ってにやつき、“行くぞヨシヤ、明日は楽しみに待ってろよ”みたいなポーズを決める動画でした。ユーモアのセンスは相変わらずですが、ドバイでの衝撃は一生忘れられません」と語り、そのレアな写真を所望すると「記念にもならないのでありません」と一蹴された。
16年の選手生活で後悔したことが一度だけある。浦和から草津に期限付き移籍し、さらに栃木へ完全移籍した11年2月27日に栃木県グリーンスタジアムで開催された古巣・浦和とのプレシーズンマッチだ。西澤は4-4-2の右サイドバックで先発し、前半6分に逆襲から攻め上がって強烈なシュートを放つなど、はつらつと動き回った。
何を悔やんだのか? 「試合のあと、レッズのサポーターに挨拶できなかったことです。照れくささと栃木をJ1に上げてから挨拶しよう、という気持ちが半分ずつあったなかで、昇格してからの思いのほうが強かったんです。松さん(松田浩監督)のミーティングもすぐ始まっちゃったので」と述懐した。
結局、浦和とはJリーグの舞台で一度も戦えず、浦和の支援者に頭を下げられないまま引退した。「今だったら、真っ先に挨拶に向かいます」と何年経っても未練はある。
(文中敬称略)
[プロフィール]
西澤代志也(にしざわ・よしや)/1987年6月13日生まれ、埼玉県出身。浦和レッズユース―浦和レッズ―ザスパ草津―栃木SC―沖縄SV。J1リーグ通算7試合0得点。J2通算99試合0得点。J3通算43試合1得点。右サイドバックで長年プレー。2006年、浦和ユースから同期の堤俊輔、小池純輝とともにトップ昇格を果たす。草津、栃木を経て、19年から沖縄SVに在籍し、21年シーズンを最後に引退。(河野 正 / Tadashi Kawano)
