朝夕のラッシュ時間に満員電車で何十分も電車にゆられて通勤。それだけで疲れて仕事の生産性が落ちるという悪循環……。この“満員電車問題”は長らく指摘されてきましたが、一向になくなる気配がありません。なぜ、日本は満員電車を無くせないのでしょうか。企業の働き方改革やコミュニケーション改善の現場を知り尽くした沢渡あまねさんが、その理由を解説してくれます。
※写真はイメージです(写真=iStock.com/filipefrazao)

■到着した段階で無駄に消耗している日本人

日本の生産性の低さはあらゆる方面から指摘されています。世界の先進国の中でもきわめて低く、働き方改革の潮流の中で問題視されています。

その生産性の低さに追い討ちをかけるのが、満員電車の通勤。オフィスに到着した段階で、無駄に気力も体力も消耗してすでにヘトヘト。すなわち、仕事を開始する時点で既に私たち日本人は無駄なハンデを背負っているのです。

仕事のアウトプットの向上にも、プライベートの充実にもまったく寄与しない満員電車通勤。リモートワークなどテクノロジーを使った手段がこれだけ整備されてきているにもかかわらず、なぜなくならないのでしょうか?

■1.「皆と同じ」安心感

日本人は、「皆と同じ」行動をすることを良しとする傾向にあります。他人と違う行動をとることに心理的抵抗感がある。中には、外れた行動をとる人に対して批判的な眼を向ける組織も。このような同調圧力もあいまって、周りの皆と同じように毎朝毎晩通勤電車に身を委ねます。

別に全員が朝9時にオフィスに揃っている必要なんてないのに、自分だけいないと「ならず者」のように見られそうで怖い。考えてもみれば、いまの社会人の多くの人たちが幼稚園や小学校の頃から、周囲との調和を良しとする教育を受けてきています。無遅刻・無欠席の児童には「皆勤賞」のような名誉が与えられる文化も。すなわち、「皆やっているのだから当たり前」「毎日決まった時間に出社して当然」。この価値観が、幼少期から私たち日本人にビルトイン(埋め込み)されている。よっぽど周りの目を気にしない勇者か合理主義者でない限り、リモートワークなどの代替手段を使おうとしません。

■2.「ラクすることは悪いこと」という「気合・根性」主義

「社会人たるもの、満員電車に耐えて通勤して当たり前」

このような、学生時代の部活に代表される「気合・根性」主義も根深いです。

どんなに理不尽な慣習であっても、「これ意味あるんですか?」と誰もが疑いたくなるような練習も耐えて当然。先輩たちが築いた文化は否定してはならない。

この気合・根性主義が、大雪の日も、台風接近が分かっている朝であっても駅の改札口に長い列を作り、いつ来るともわからない電車を待ち続けるメンタリティを育てます。

やっとのことで、オフィスに到着したのは昼過ぎ。それでも、「よくがんばった」「大変だったね」と職場の上長や仲間から褒め称えられる。一方、出社をあきらめて自宅でリモートワークをする、あるいは急遽有給休暇を取得した人への反応はきわめて冷ややか。

「あの人だけラクしてずるい」

ラクすることは悪いこと。この価値観も、満員電車からの健全な離脱を阻害します。その時間と労力、何の価値も生んでいないのにまったく困ったものです。

■3.「仕事した感」による、生産性意識の欠如

たとえ会社がリモートワークを導入していても、あるいは災害が予想される日などに前もって総務部門が「不要・不急の出社は控えてください」と周知しようとも、皆満員電車で出社する。そこには「仕事した感」も働いていると言えるでしょう。

満員電車で通勤している時間。それ自体が価値を生んでいなくても、仕事している気にはなります。「満員電車で通勤しないと、仕事へのスイッチが入らない」と豪語する人も。もはや、日本の労働の一部として組み込まれてしまった通勤行為。それ自体を、仕事の一部と認識してしまっているきらいがあります。

しかし、このような「仕事した感」はきわめて危険です。

「とりあえず出社して、定時までそれらしく過ごしていればOK」

このような、生産性意識の欠如を蔓延させます。

■4. 「見えない相手は信頼できない」マネジメントの問題

管理する側、すなわちマネジメントにも問題ありです。

「見えない相手(部下など)は信頼できない」
「とりあえず、そこにいてくれたほうが何かあったときに安心」

よって満員電車云々は関係なしに、とにかく毎朝決まった時間に出社することを良しとする(あるいは部下に強要する)。

この裏には、心理的な問題もありますが、仕事のやり方(業務プロセス)や成果をしっかりと定義していないマネジメントの問題も大いにあります。

個々の仕事の進め方や、成果物イメージ、あるいは報連相(報告・連絡・相談)のタイミングを上司と部下、あるいは同僚同士できちんと定義しておけば、毎日同じ時間や空間に顔を合わせていなくても仕事は十分進められます。

また、ビジネスチャット(Slack、Teamsなどが有名)などを使えば、どこにいようがチームメンバーそれぞれの都合のよいタイミングで、テキストで声をかけたり、情報共有や相談をすることもできます。満員電車で苦しんでいる、あるいは通勤を経てヘトヘトになっている状態に較べれば、明らかに生産性もモチベーションも高い状態で仕事ができる。きわめてヘルシーです。

仕事のやり方や成果があいまいなままというのは、マネジメントの怠慢とも言えるでしょう。ぜひ、ITツールの整備もあわせてこの機会に仕事を再定義して欲しいものです。満員電車問題のみならず、仕事の属人化、組織内の情報共有の問題など、さまざまな問題を発展的に解消できます。

■5.鉄道会社のビジネスモデルの問題も

通勤ラッシュの緩和に並々ならぬ努力をしている鉄道事業者もありますが、一方で減便や減車などラッシュに追い討ちをかけるケースも散見されます。

乗客の多くを立たせた状態でないと維持できない、鉄道会社のビジネスモデルにも問題ありです。全車指定席の通勤ライナーなど高付加価値な着席サービスの展開、あるいは鉄道輸送事業外のサービスの収入を増やすことで、輸送力の維持や増強に投資する。そのような、鉄道事業者側のビジネスモデル改革にも期待したいところです。

■働き方改革の原点は「仕事した感」を疑うこと

働き方改革とは、単なる労働時間の削減や短縮ではなく、生産性やモチベーションの足かせとなる「仕事した感」「仕事ごっこ」を正しく疑うところからはじまります。

生産性が高い状態とは、究極をいえば、個人個人さらにはチームなどの組織単位で働き方の「勝ちパターン」を実践できている状態。すなわち、本業や本来価値の創出にフルコミット(集中)して成果を出せる状態をいいます。満員電車の通勤とは、まさに「勝ちパターン」を阻害する「仕事した感」「仕事ごっこ」の代表例。

「皆やっているから」「当たり前だから」

この思考停止はそろそろオシマイ。みなさんの職場単位で、組織の、あるいは個人の本当の価値とは何かを正しく議論し、気合・根性ではなく仕掛けと仕組みで正しく「勝ちパターン」を実現できる働き方に変えていってください。さもないと、日本の生産性はいつまでたっても上がりません。

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沢渡 あまね(さわたり・あまね)
あまねキャリア工房 代表
1975年生まれ。あまねキャリア工房 代表(フリーランス)兼 株式会社なないろのはな 取締役。作家、業務プロセス/オフィスコミュニケーション改善士。日産自動車、NTTデータ、大手製薬会社を経て2014年秋より現業。現役時代、残業だらけのシステム運用チームを定時帰りの職場に変えた経験あり。人事経験ゼロの働き方改革パートナー。現在は企業や自治体で働き方改革、社内コミュニケーション活性、マネジメント改革、業務プロセス改善の支援・講演・執筆・メディア出演を行う。趣味はダムめぐり。著書に『仕事ごっこ』『仕事は「徒然草」でうまくいく』『業務デザインの発想法』『職場の問題かるた』『職場の問題地図』『マネージャーの問題地図』『働き方の問題地図』『仕事の問題地図』『システムの問題地図』(技術評論社)、『チームの生産性をあげる。』(ダイヤモンド社)、『働く人改革』(インプレス)、『新人ガール ITIL使って業務プロセス改善します!』『ドラクエに学ぶ チームマネジメント』(C&R研究所)など。
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(あまねキャリア工房 代表 沢渡 あまね 写真=iStock.com/filipefrazao)