なぜインドは「IT大国」として成長できたのか。現地でコンサルティング会社を経営する野瀬大樹氏は「日本人は何でも『100点主義』ですが、インドは『60点主義』。それだけ行動が早いので、世界中からお金と技術が集まる」という――。

※本稿は、野瀬大樹『お金儲けは「インド式」に学べ!』(ビジネス社)の一部を再編集したものです。

※写真はイメージです(写真=iStock.com/GCShutter)

■IT大国インドの躍進要因は「カースト制」と「60点主義」

「IT大国インド」という言葉を日本でも聞くようになって、ずいぶんたつ。

IT企業のアウトソーシングや研究開発拠点、さらにはIT人材の輩出国、しかも英語と数学に強い……。こうしたことから、「インドといえばIT産業」といっても過言ではないくらい、その競争力の高さは日本を含む世界に知れ渡っている。

ではどうしてインドが、これほどまでにIT分野でのし上がれたのか?

一般的に言われているのが、数千年以上の歴史をもつ独自の身分制度「カースト」の存在だ。実はカーストは現在、憲法では否定されているのだが、慣習としてインド社会に根強く残っている。

このカーストという制度の独特なところは、身分によって就ける職業に制約が課せられてしまうこと。極端な話、ゴミ拾いの家に生まれたら、息子も孫もずっとゴミ拾いのままなのである。

ところが、ITは新しく生まれた産業なので、このカーストの枠組みからはずれている。そのため、どんな身分、出自の人でも参入できる。結果、ガッツある人たちがどんどん集まり、IT産業はインド経済をけん引するほどの分野に成長したのだ。

■60点の状態で「エイヤ」とキックオフする

ただ、これに加えてこのIT産業でも、実は「60点主義」が非常に重要な要素となる。どういうことか。

従来の製造業の場合だと、顧客の要望に対してゼロコンマ以下の精度まで精密につくり上げたものを納品する必要がある。そのため、各社は検品に力を入れる。

一方IT産業の場合、そのメインプロダクツといえるソフトウェアやアプリの場合、まずは顧客にそれらを提供し、その後、顧客から上がってくる問題点の指摘や改善提案、不具合を訴える声をオンラインで集め、それをもとにどんどん改善していく。

ここで「100点主義」をとっていると、当然いつまでたっても最初の商売すら始まらない。まず60点の状態で「エイヤ!」とキックオフし、その後の不具合の報告や場合によってはクレームを受けてから、それを取り入れてどんどんクオリティを高めていけばいい。これがインドIT産業のスタンダードであり、強さの源なのだ。

■日本でまん延しているのが「100点主義の研究開発」

実は研究開発系の現場でも、日本の基準とインドを含むグローバルスタンダードの間にズレが生じている。いま、日本でまん延しているのが「100点主義の研究開発」。言い換えると「失敗がない研究開発」である。

本来、研究開発は失敗のうえに成り立つもの。しかも1回や2回どころではなく、何度も何度も失敗を重ねていくなかで、ようやく大きな成功を得られるたぐいのものだ。

このように「失敗しないと成功しない」という前提があるにもかかわらず、「100%成功する研究開発」を求めるため、日本では結果として「研究開発の成果を外部から買ってくる」という方法が主流になりつつある。そのため、熱意あふれる理系人材が日本企業に失望して外資系企業に転職したり、企業内の研究開発のための体制自体が潰されたりしつつあるのだ。

インドに世界中からじゃんじゃんお金と技術が集まる理由

かつて、ある日本からのビジネスツアーに同行し、デリー郊外にあるインド系製造業の工場を見学したときのこと。

各工程をつぶさに見学したが、正直、日本の製造業の完璧さを知っている私たちからすれば、至るところに工具や消耗品が散らばっているなど、その工場のレベルはかなり低いように思えた。

新製品の研究開発部署も見せてもらったが、そこも清潔さや整理整頓の面からいっても、日本企業よりはるかに劣る。ツアーに同行していた日本人も皆、顔をしかめていた。

ところが、工場の責任者から話を聞くと、そうした「乱れ」にも理由があることがわかる。彼ら研究開発部署の研究員は、思いつきレベルの話でもすぐに行動に移すし、実際に作品ができれば、いち早くそれを工程で反映させるように猛アピールするのだ。いちいち、工具が転がっていることなど気にもとめない。

野瀬大樹『お金儲けは「インド式」に学べ!』(ビジネス社)

もちろん彼らは、会社のためだけでなく、アピール攻勢によって自分の給料を上げたいという思いもあるだろう。ただ、こうした「思いつき」→「実行」のスピード感を目の当たりにした際、ふとあることを思い出した。

「そうだ! このスピード感は、かつて次々と世界を席巻するプロダクツを生み出していった、まさに本で読んだ昭和の日本企業そのものではないか」

工場長も「研究開発なんだから、ミスはしゃーないやろ」というスタンス。必要な原材料、資材が安価で、理系人材もどんどん採用できるという日本との前提条件の違いはあるものの、研究開発分野でも驚くほどアグレッシブだと認めざるを得ない。

■「テキトー」に見える60点主義がすこぶる機能している

このように21世紀型産業においては、日本人の目には「テキトー」に映ってしまうインドの「60点主義」のほうが、きちんと機能するケースが多くなっている。現に、グーグルやマイクロソフトなど世界的企業が、どんどんインドに研究開発拠点を設置。

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一方、国内のベンチャーにおいても、2013年に起業し、瞬く間にインドのホテル最大手となった「OYO」(オヨ=しかも主な資金調達先はソフトバンク・グループ!)や、配車アプリ大手の「Ola」(オラ=しかも、こちらも主な資金調達先はソフトバンク・グループ!!)といったユニコーン企業が続々誕生している。

それらの企業は、日本のスタートアップと比べてもスケール、勢いがケタ違いだといわれている。これも「60点主義」あってこそなのだ。

彼らは60点のものをリリースすることを、まったく恐れない。当然60点の商品やサービスだから、クレームや悪評を受けることもあるが、彼らは「反省」することはあっても、決して「萎縮」したりはしないのだ。

■儲かりそうならすぐ動く、問題発生したらオンタイムで解決する

ここまで見てきたように、インドにおける富裕層をはじめとするビジネスパーソンの考え方は基本的に「60点主義」だ。まとめると次のようになる。

●「儲かりそう」ならすぐに動く
●とにかくまずやってみて、問題が発生したらその都度オンタイムで解決する

もちろん、こういったインドの「60点主義」は、拙速に動いたがゆえの失敗と表裏一体である。だが、拙速かどうかはあくまで結果論にすぎない。それより、まずはスタートを切ることにより、日々変化する経済事情・市場環境にもタイムリーに対応することができ、目の前のチャンスを逃さずにとらえられるのだ。

一方、常に100%準備できてからでないと、あるいは常に100%成功することが見込めてからでないと、プロジェクトが動かず予算も下りない日本の「100点主義」は、実は企業だけの問題ではない。もっと身近な私たち個々人の日々の生活や人生にまで、意外な悪影響を及ぼしている。

(公認会計士・税理士 野瀬 大樹 写真=iStock.com)