■医師は診察の求めを断ることができない

「お客様の中にお医者様はいらっしゃいませんか」との機内アナウンスに応じて医師が颯爽と登場――。ドラマでよく見かけるシーンだ。ただ、この場面で診察しても医師は無報酬。ミスをすれば損害賠償リスクもある。にもかかわらず、なぜ医師は手を挙げるのか。

写真=iStock.com/Casarsa

そこに医師としての責任感があるのは言うまでもない。そして法的な理由としては、医師に課せられた応召義務がある。医師法は「診療に従事する医師は、診察治療の求めがあった場合には、正当な事由がなければ、これを拒んではならない」と定めている。医師に応召義務が課せられているのは、医師が業務独占資格で、無資格者は医療行為ができないからだ。

応召義務に違反しても、刑事の罰則はなく、行政処分に至った例もない。しかし、診療を断れば、医師や病院・クリニックは患者から民事で損害賠償や慰謝料を請求されるおそれがある。実際、診療拒否をめぐる訴訟はたびたび起きている。

ただ、どのような場合でも医師が応召義務を負うわけではない。たとえば冒頭の場面で、ドクターコールに手を挙げない医師がいても、応召義務違反になるかは微妙なところだ。三谷和歌子弁護士は次のように解説する。

「義務を負うのは『診療に従事する医師』。研究医は除かれますが、勤務医一般は義務を負うことになります。これに対し、機内のようなプライベート時に応召義務を負わせることは勤務医に幅広く義務を負わせることになり不当という見解もあります。ドクターコールに対しては診療を拒否できる『正当な事由』が認められる場合も多いのではないでしょうか」

■過重労働の医師は、診察拒否できるか

裁判例を見ると、モンスター患者は拒否しても「正当な事由」として認められる傾向がある。

患者が説明を求めて何度も病院に押しかけるなどの業務妨害にあたる事案や、医師に対して『告訴する』と攻撃的な言動を取った事案では、診察拒否が認められました」

一方、救急の受け入れを満床を理由に病院が拒否し、その後患者が死亡した場合は満床が正当な事由として認められず、病院が損害賠償責任を負ったケースもある。

正当な事由に当たるか、いま議論されているのが、残業時間の上限超過だ。医療現場では、医師の長時間労働が常態化している。

これまでは残業時間の上限超過が診療拒否の正当な事由になるかどうかが明確ではありませんでした。そこで現在、厚労省研究班で解釈の整理を進めています。私自身は、応召義務を理由に、医師に対し過重労働を求めすぎているのではないかという認識です。医師を過度な長時間労働から解放すべきであり、患者も医療のかかり方について意識改革する必要があるでしょう」

(ジャーナリスト 村上 敬 答えていただいた人=弁護士 三谷和歌子)