なぜいま? プロ野球で“スポーツ振興くじ検討”報道の意味 “予想”を排除したランダムな設定であれば“健全”なのか
7月16日、突然降って湧いたように「プロ野球がスポーツくじ導入を検討へ」というニュースが流れた。同日行われたプロ野球オーナー会議の後、議長の南場智子DeNAオーナーと榊原定征コミッショナーが記者会見して明らかにした。同19時4分配信の読売新聞オンラインは『プロ野球対象のスポーツ振興くじ検討へ、ランダム設定の「非予想系」前提…オーナー会議』と題し、次のように報じている。【小林信也(作家・スポーツライター)】
【写真】プロ野球オーナー会議の議長・南場智子DeNAオーナーの姿
正当化するための工夫
『プロ野球12球団のオーナー会議が16日、東京都内で開かれ、中学世代の球児の活動を支える新たな組織作りの財源として、プロ野球を対象にしたスポーツ振興くじの検討を始めることを決めた。コンピューターがランダムに勝敗などを設定する「非予想系」のくじを前提とするとしている。

国が進めている中学校の部活動の地域展開に伴い、学校中心の選手育成モデルが変容する可能性が高く、選手と指導者を育成する新たな枠組みの構築と財源確保が、プロアマ球界にとって重要な課題となっている。今年の同会議議長を務める横浜DeNAベイスターズの南場智子オーナーは記者会見で、「財源確保の選択肢の一つとしてスポーツ振興くじの検討を始めることについて、各オーナーの了承を得た。使途を中学生の活動支援と明確にし、アマチュアを含めた野球界の総意を形成していく」と説明した。』
この記事を読んで、疑問を覚える読者は少ないかもしれない。それは巧妙に、この決定を正当化する工夫が記事に込められているからだ。都合のよい表現に終始し、都合の悪いことは書かない配慮だ。
現行のtotoは年間1000億円程度の売上でしばらく推移し、WINNERというやや予想系の商品を追加して1300億円を超えるようになった(昨年度総売上1380億円)。うち半分が配当金で、残りの半分から経費と特定支援金を引いた「残りの3分の1」が国庫に入り、3分の2がスポーツ振興の助成金となる。スポーツ振興に充てる予算が2026年度は約241億円だという。この額を全国から申請された様々な施設整備や普及振興活動等に振り分けるのだから、まったく十分とは言えない。現場の実感でいえば、スポーツくじの助成金は「自分たちの活動の当てにできない。しっかりした運営をするには財源を独自に確保するのが必須」だ。
十分な財源にはならない
オーナー会議は、「新たな枠組みの構築と財源確保」と言っている。これは中学運動部活動の地域移行に伴う「地域野球クラブの発足と円滑な運営」を意味すると思われる。野球場と指導者の育成・確保など、ほぼゼロからの取り組みがいま求められている。地域移行の言い出しっぺであるスポーツ庁は今年度予算で「地域展開の拡充予算」約49億8100万円を得たが、単純計算しても各都道府県に分けたら1億円。市町村に分配したらせいぜい数百万円でしかない。地方自治体の地域移行担当者に聞くと「まったく予算が足りません。現状では指導者への謝金も足りない、指導者の確保もできていない。遠くから練習に来る選手たちの移動手段をどうするかなど、問題は山積みなのに予算がなくてお手上げです」と悲鳴を上げた。
つまり、totoやWINNERに野球という“人気スポーツ”が加わったところで、totoが地域移行に関連した必要予算の十分な財源になるとは言い難いのだ。
しかも、プロ野球がスポーツ振興くじに参加すれば、その売上は野球関連の普及振興に使われる前提で語られているが、totoの助成金の一部が特定の目的(野球)に使われるためには新たな取り決めが必要になるのではないか。その辺の目途は立っているのだろうか?
MLBは年間100億円分配金を受け取っている
そもそも、非予想系のくじは面白くない。当たった場合の分配率が競馬は約70%〜80%だがtotoは50%。そのため配当も少ない。先のW杯の時、WINNERで「日本優勝!」に賭けても、配当はわずか10倍。歴史的、奇跡的優勝を的中させて10倍では賭ける気も失せる。ギャンブル性を排除し、八百長や依存症の懸念を抑制すれば妙味も売上も落ちる。予想する楽しみもなければ、配当も少ない。それが現行のスポーツ振興くじだ。
オーナー会議は、「健全さ」を高らかに謳って面白味を削ぎながら、他方では「財源確保」と意気込む。矛盾というか、筋が通っていない。
読売新聞の記事がさらに伝えているとおり、
『日本プロフェッショナル野球協約では、八百長(敗退行為)や野球賭博を禁じている。南場議長は、「スポーツベッティング(賭博)は違法であり、予想に関わるものには参加しない」と述べた。』
違法なのは法律が整備されてないからだ。totoもJリーグ発足に合わせて法律を作り、合法となった。スポーツベッティングも海外の制度を参考に法律を作れば合法になる。
MLBはスポーツベッティングの運営業者と提携し、すでに毎年100億円を超える分配金を受け取っていると専門家から聞いた。MLBはしっかり合法的な“賭博”と関わっている。WBCだって賭けの対象になっている。そんな大会に「予想を断固拒否する」日本が出場し続けていいのか? 世界のスポーツはすでに合法的な賭博の渦中で存在している。
日本人の掛け金は6兆円超
しかも、日本のプロスポーツも海外のベッティングサイトでは賭けの対象になり、非合法であるにもかかわらず、多くの日本人が参加していることは以前にもこのコラムで書いた。なんと、「日本人が海外のサイトに違法に賭けている金額が昨年だけで約6兆4千億円にのぼる」と、エコスポーツ推進協議会が報告している。いまさらプロ野球がtotoに参加したところで、世界的な大きな潮流の中で、これが歯止めか風向きを変える影響力を持つとオーナーたちは本気で考えているのだろうか?
私は7月2日夜、ABEMA Prime(AbemaTV)に出演し、スポーツベッティング導入について熱く議論した。その中で、タレントのパックンが「スポーツは大好きだけど、ベッティングの導入には断固反対」として、アメリカの利用者の危うい現状を克明に話してくれた。とくに「運営業者が最初に無料クーポンを提供し、当たったりすればそれですっかり虜になって抜けられなくなる」という話に胸を衝かれた。確かに、業者にとっては商売だから、顧客を熱くする策を講じてくる。業者の倫理感や姿勢にもよるだろうが、「セーフティネットがかかるから心配ない」という宣伝文句を鵜呑みにしてはいけない、導入について真剣に考え直す必要があると思い至った。
その矢先のオーナー会議の決定だから、なお疑問符が頭に浮かんだ。背後にどんな思惑がうごめいているのか? この件に関して大きな影響力を持つ企業の意向がおぼろげに浮かんで見えた気がした。
スポーツを賭博で汚さないでほしい
まずは出典を明かさず、次の文章を紹介したい。『スポーツ賭博 弊害を顧みない危険な構想だ』の見出しで2022年6月9日の朝刊に掲載された記事だ。少し長いが、心して読んでいただきたい。
『スポーツを賭けの対象にした場合、多くの弊害が生じるのは必至だ。競技の健全な発展を阻害するような賭博の導入など論外である。
経済産業省が、スポーツの試合結果やプレー内容を賭けの対象とするスポーツ賭博の解禁に向けて、素案をまとめた。
IT企業などがリーグやクラブから試合のデータを購入してオッズ(倍率)を算出し、賭けの運営業者に提供する。対象は、野球やサッカー、バスケットボールなどを想定しているという。
政府は表向き「実現化の動きはない」と否定しているが、すでに経産省と企業の担当者がスポーツ賭博の合法化が進む米国を訪れ、関係者と情報交換している。
新たなファンを獲得し、スポーツ産業を活性化させる狙いだとされるが、極めて問題が多い。
まず八百長を誘発するリスクが高い点だ。欧米では、サッカーやテニスなどで八百長が疑われる試合が相次ぎ、当局が捜査に乗り出すケースもみられる。
日本のプロ野球は野球協約で、八百長や野球賭博を禁じている。日本スポーツ振興センターが運営するスポーツ振興くじ(toto)からも距離を置いてきた。
八百長行為などで複数の選手が永久失格処分を受けた過去の「黒い霧事件」などを踏まえた対応である。賭博が犯罪であることを安易に考えてはならない。
ギャンブル依存症への影響も懸念される。依存症などの疑いがある18〜74歳は、2・2%に上ると推計される。プレー内容まで賭けの対象になれば、依存症の人がさらに増える恐れがある。
賭博の収益を、「地域移行」を目指す部活動改革の財源に充てる案があるという。部活は教育活動の一環であり、本来は公費で負担するのが筋だ。賭博で負けた人の資金で、部活を運営するのだとすれば不健全極まりない。
刑法は賭博を禁じている。競馬や競輪などの公営ギャンブルやtotoは、特別な法律によって例外的に認められているにすぎない。現行法の重みを無視し、短絡的にスポーツ賭博の解禁を検討すること自体、信じられない。
スポーツが見る者に感動を与えるのは、努力を重ねた選手たちが勝敗を超えて、懸命にプレーするからだろう。
好きな選手を純粋に応援する子どもと、賭博で熱くなっている大人が、試合会場で混然一体となる状況など想像したくない。スポーツを賭博で汚さないでほしい』
素晴しい見解ではないか。賭博の導入を考え直している私にはしっかりと突き刺さる文章だ。本来はこうあるべきだ。スポーツ財源にはまず公費を投入すべきだし、不足分は他の方法で獲得するのが本来だ。
上の毅然たる見解を社説で示した企業――巨人軍の親会社であり、プロ野球誕生時から歴史創生に携わってきた読売新聞は今回の件をどう考えているのか。
かつての見解はどうなってしまったのか?
野球は国民的な娯楽。その野球から国民の関心が離れかけているいま、野球界の事情だけでくじ参入を決めればますます心が離れる恐れもある。日本はスポーツベッティングとどう向き合うのか、野球界が国民的な議論喚起の先頭に立ってもいいではないか。オーナー会議の決定ありきで進むのではなく、この機会にしっかりと国民的な議論を展開してほしい。プロ野球が、あるいは読売新聞が、その旗振り役になってくれたら、日本のスポーツ・ムーブメントに新たな風が吹くだろう。
スポーツライター・小林信也
デイリー新潮編集部
