「万引きしないと仲間にしない」少女を救った“日本初のいじめ調査”…相談3万件超の探偵が明かす衝撃の実態
いじめ解決のためのサポートを無償で行なう特定非営利活動法人「ユース・ガーディアン」。代表を務める阿部泰尚さん(49)は、「T.I.U.総合探偵社」の代表でもあり、日本で初めてともいわれる「いじめ調査」を行なった探偵として知られる。
【画像】探偵業だけでは食べていけない…いじめ調査の第一人者が経験した“意外すぎる仕事”
これまで受けたいじめに関する相談件数は2万3000件を超え、依頼は2000件以上にのぼるという。そんな阿部さんが探偵になったのはひょんなきっかけからだった。〈前後編の前編〉
「1回の追跡で15万円」築地市場で腰を痛めた青年が探偵になった日
東海大学卒業後は、ラジオやテレビのイベントに関わる制作会社で働いていたという阿部泰尚さん。当時は探偵に憧れがあったわけではなく、自分が探偵になるとはまったく想像していなかったという。
「僕は小さいころから探偵に憧れていたとかそういったことではなかったんですよね。流れでなったというか。大学卒業後は最初、制作会社で働いていました。その後は父が築地で魚市場の仲買人をやっていて声をかけられ、僕も築地の場外市場で働くようになったんです。
ただ、ヘルニアで腰を痛めてしまって。重いものが持てなくなったんです。でも、食っていかなきゃだしなあって思っていた時に、探偵の友人から声をかけられたのがきっかけでした。湾岸道路でとんでもないスピードを出す車を追いかけなきゃいけなくて、『追いかけられないか?』って依頼されたんです」(阿部さん、以下同)
阿部さんは過去に、ポケットバイク(ミニチュアサイズのオートバイ)のレーサーだった経験があり、バイク歴も長く運転技術に長けていた。そのため友人から“追っかけ”の技術を買われて、白羽の矢が立ったという。さらに制作会社での経験が活きた。カメラの技術も持ち合わせていたのだ。
「たしか不倫の調査だったと思います。いくら飛ばす車とはいえ、バイクは前に車がいても横から抜いていけますが、車はそうはいきません。つっかえながら走る車を追うのは簡単でした。バブルがはじけてしばらく経った頃でしたが、それでも今より全然景気がよくてその“一追い”で報酬は15万円でした。これ食っていけるじゃん! って。その友人に『これからも仕事回して』って言ったのが探偵業のスタートでした」
ストーカー対策から、初めての“いじめ調査”へ
その後、阿部さんは2003年に「T.I.U.総合探偵社」を立ち上げた。会社を立ち上げた経緯についてこう振り返る。
「友人や大手の探偵事務所から仕事を回してもらい、追っかけて15万円もらって喜んでいたのですが、探偵業界を知れば知るほど、相場がない世界だというのを知りました。相場を吊り上げるだけ吊り上げたり、依頼者のケツの毛まで剥くみたいなことは日常茶飯事だったんです。僕が15万円をもらうわけですから、依頼者はもっと高額を支払ってる。これだと本当に困っている人は依頼できないだろうなって……。
そんなタイミングで若手の探偵仲間3人で飲んでる時に勢いで、会社作る? って話になって。朝まで飲んだ帰りに3人ベロベロの状態で近くの法務局まで歩いて行きました。話を聞くと当時は合名会社なら設立費用は6万円だと言うので、『おい、みんな財布出せ』ってその場で設立しました」
いざ探偵会社を設立しても、実入りのいい浮気・不倫調査などは広告費が高くて出せなかったという。仕事もほとんど入らず、最初の1年は3人とも給料をもらえない状態が続いた。
そこで、阿部さんたちが打開策として目を付けたのが、「ストーカー事案」だった。
「ストーカー事案の依頼って危険だということもありますし、蓋を開ければ“妄想”だったみたいな厄介な依頼者も多かったりするんです。なので、大手はできれば引き受けたくないという実情がありました。僕たちはあえてそこに突っ込んでいくことにしました。
キャバクラとかクラブとかに行って、オーナーさんに『キャストに対するストーカーがいたら僕ら使ってください』って片っ端から回りました。その流れで僕は鍵の勉強もして鍵師として鍵の交換もできるようになっちゃいました。その頃は探偵とか関係なく、鍵の交換の仕事も受けていましたから(笑)」
そんななか、阿部さんたちの噂を聞きつけた依頼者がいた。お嬢様学校に通う娘を調査してほしい、という依頼だった。当時はいじめ調査を売りにしていた探偵社は皆無で、学校内に入れないなどハードルも高く、依頼者はどこの探偵社からも断られたという。結果的に阿部さんたちは2004年に初めて子どもの「いじめ調査」を受件することになる。
「最初は僕も断っていました。でも、父親は諦めず3度目に来た時は待ち伏せをしていて、『警察に行ってもダメだし、他にどこに行ってもダメだ。金ならいくらでも払う』って。このままだと父親が他社に高額をだまし取られる可能性もあるな、と思い、引き受けました。
内容は『娘が万引きをして停学になった。ただそういうことをする子じゃない。いじめじゃないか?』と。それで娘さんが塾に行く日を監視してみることになりました」
「絶対言うなよ」メールに残された証拠…
塾の前後を監視すると、娘が学校の友達たちに何かやられていることは遠目にもすぐにわかったという。さらに決定的な出来事が起きた。
「コンビニに入ったと思ったらコスメを万引きしたんです。やるな、というのはすぐにわかっていたので、僕も店内に入っていって、その子が店を出る前に『ダメだよ』って言って商品を落とさせた。警察だと思ったのか、友達もみんな走って逃げ出したんです」
依頼者である父親にコンビニでの一件を告げ、『娘と直接話させてくれ』と阿部さんが頼むと、父親も了承した。阿部さんは塾の前後の様子の映像も撮っていると娘に告げると、娘が本当のことを話し始めたという。
「万引きしないと仲間にしないとか無視をされるという話でした。停学の際の万引きは『自分だけがトロくて捕まった』と言いながら、その後に来たメールも見せてくれました。『絶対言うなよ』とか書かれていたんです。ただ、それだけだと証明まではできないな、と。
そこで、その子に協力してもらって、万引きさせられたとわかる証言を再度録音するしかないと思いました。ICレコーダーをスカートの後ろにマジックテープで貼り付けてもらって録音してきてもらったんです。塾の前後の映像もあるし、録音もある。それらを父親に渡し『お父さんにあとはお任せします』と。当時の探偵の領域はそこまで。その先は結局、学校次第なんですよ」
被害者や加害者から聞き取り調査はできても、学校にはこうした証拠収集までは難しい。阿部さんは「これはビジネスになる」と思い、大々的にいじめ調査を打ち出していった。当初は40万円~60万円で仕事を受け、人脈も広がり、他の調査も増加した。会社も大きくなっていった。
しかし、あるきっかけから、阿部さんはいじめ調査を“無償”で受ける決意をすることになる。
後編では、この決意の裏側と最近のいじめの状況を語ってもらった。
後編に続く
取材・文/集英社オンライン編集部ニュース班

