【木村 隆志】佐藤二朗、橋本愛のトラブルはなぜ起きた?『夫婦別姓刑事』ハラスメント騒動、両サイドに見えた共通の問題点

写真拡大 (全5枚)

混乱状態も実はシンプルな構図

文春オンラインの第1報から一週間弱の6日、フジテレビがドラマ『夫婦別姓刑事』(6月23日で終了)における佐藤二朗橋本愛の騒動に2度目のコメントを発表。ドラマ制作の詳細を明かすとともに、一定の責任を認めて2人らに謝罪の意を示したことが波紋を生んだ。

8日には文春オンラインが第2弾を報道。フジテレビが佐藤の所属事務所フロム・ファーストプロダクションに宛てたハラスメントに関する書面の内容や、橋本が過去に受けた被害を3人の俳優仲間に漏らしたことなどを報じた。

さらに同日、デイリー新潮が佐藤の独占インタビューを掲載し、Xに「タレント生命」がトレンド上位にランクイン。これは佐藤が「フジテレビのコンプライアンスを担当する弁護士から『橋本さんはもう限界です。いつ倒れてもおかしくない状態です。本当に彼女がつぶれてしまったら、佐藤さんのタレント生命にも傷がつきますよ』などと言われ、脅しのように聞こえました」というコメントに対する反応だった。

ついに民放の情報番組でも扱われるなど報道とSNSの加熱を見る限り、かなり混乱した状況に見えるのではないか。しかし、今回の件はシンプルな構図であり、“3つの負け組と2つの勝ち組”という状況が浮かび上がってくる。

ここではドラマの撮影現場に詳しく、佐藤と橋本への複数取材歴があるという立場から、どこにも忖度せず、今回の騒動における本質を掘り下げていく。

「やった、やってない」の話ではない

「意外に気付いていない人が多い」と思わされるのは、佐藤サイド、橋本サイド、フジテレビに加えて、騒動を報じた文春、新潮も含め、事の経緯はおおむね一致していること。

当事者の佐藤サイド、橋本サイド、フジテレビは「やった、やってない」で食い違っているのではなく、それぞれに「こっちもよくなかったけど、そっちもよくなかった」というニュアンスが感じられる。

ここまで話がこじれ、三者すべてが批判されて「誰も得をしない」状態になっているのは、最初から自分の非を認めて反省・謝罪すべきところをしなかったからだろう。もしあなたが3者のうち、どれか1者のみを批判しているのなら、何らかのバイアスをかけて事態を客観視できていないのかもしれない。

では3者それぞれ、どこがよくなかったのか。何について反省・謝罪が求められそうなのか。

まず橋本サイドの対応で最も疑問視されるのが、「演技上の配慮に関することを佐藤に共有するか」を尋ねられたときフジテレビに判断を委ねたこと。また、最初に「日常動作に伴う接触は問題ない」と言っておきながら、顔に触れたレベルで配慮を求めたことに矛盾を指摘する声があがっている。

フジテレビは「橋本サイドはこの接触をセクハラと受け止めておらず、問題はその後の行動にある」としているが、橋本サイドの「委ねる」「あとで求める」という矛盾が発端となったことは否めないだろう。

本人ではなくマネジメント側の甘さ

橋本の過去に何があったかを知っていて、顔への接触で前言撤回するほどであるにもかかわらず、最初に「委ねる」という選択をしたマネジメント側に「それで本当に守れると思ったのか」「他人任せの責任放棄では?」などの声があがっている。

放送前から「テレビマンに恩返ししたい」と語るなど主演として意気込んでいた佐藤は、台本を読み込んで演技プランを考え、撮影に挑んでいたことは周知のところ。

しかし、演技プランの再考が必要なほか、自分が責められているようなムードへの戸惑い、知らされなかったことへの不信などが募り、楽屋直撃してしまったという様子がうかがえた。

どの報道や文書を見ても「橋本サイドの対応にも甘さや矛盾があり、それが佐藤の言動につながった」というニュアンスが感じられる。橋本ではなくマネジメント側が「自分たちのここがよくなかった」という点を認め、佐藤に対して「あの言動は許せないが、混乱を招かせたことは申し訳なかった」という姿勢を示してもいいのかもしれない。

特に「委ねる」という初期対応には「言わずに済むのなら隠しておこう」という気持ちがにじむとともに、「橋本へのマネジメント方針を決めかねている」という現状を示唆しているようだった。

所属事務所は橋本へのバッシングを止めるためにも、マネジメントの甘さや矛盾があったことを認めた上で、あらためて橋本の仕事に対する基本方針を示しておいたほうがいいのではないか。

佐藤へのマネジメントが機能不全

次に佐藤サイドの何がよくなかったのか。

論じる必要性がないほど明らかなのは、トラブル発生後に楽屋を2度も直撃したこと、「役者は続けるべきではない」というフレーズを使ったことの2点。前述したように、その言動に至るまでの考慮すべき情状はあるが、それでも橋本に不快や恐怖を感じさせたことの帳消しにはならないだろう。

佐藤は文春の第2弾で「3人の俳優仲間に橋本が過去に受けた被害などを漏らした」ことを報じられた。もしこれが事実なら問題行動と言われても反論できないはずだ。

さらに、佐藤が文春とライバル関係にある新潮の独占インタビューを受ける必要性があったのか。同じ土俵に乗るのではなく、適切な別の場があったのではないか。

また、「映画『踊る大捜査線』の出演シーンを全カットしてほしい」→「心より謝罪し、取り消します」、「投稿、これを最後にします」→「最後の投稿と言っておきながら……」と連投したXでのバタバタもあった。

これらを見る限り、マネジメント側が佐藤の言動をコントロールできていない、あるいは、意図的にしていない様子がうかがえる。

佐藤が芝居に熱く、共演者ともスタッフとも向き合いたいタイプであることを知っているマネジメント側は、なぜ橋本の事情を「佐藤の耳に入れない」という選択をしたのか。「こういうジャンルの作品なら問題ないだろう」「多少のアドリブがあっても大丈夫かな」と考えたとしたら、甘かったと言われても仕方がないだろう。

もしはじまったあとに橋本サイドから配慮を求められたら……、スタッフいわくドラマへの意欲が高かった佐藤があとで自分だけ知らなかったことを知ったら……。文春の第1弾が報じられたとき業界内では「二朗さんは芝居にも人にも熱いから感情がたかぶってしまったのかな」というニュアンスの声があちらこちらから聞こえてきた。

ちなみに取材、同時出演、飲食の場などで10数回、顔を合わしたことのある筆者もそう感じただけに、マネジメント側が気付かないとは思いづらい。

少なくとも楽屋直撃は所属俳優を守るために体を張ってでも止めなければいけなかったように見える。「もし佐藤に芝居の制約を伝えたら『降りる』と言いかねない」という懸念から伏せることにしたのなら、表面的な対応と言われても仕方がないだろう。

佐藤本人はもちろんマネジメント側も、これらをしっかり謝罪した上で、釈明したいところはすれば印象は相当変わったはずだ。

・・・・・・

【つづきを読む】フジテレビはなぜ佐藤二朗を"加害者"にしたがったのか?業界人が明かす「国分太一降板トラブル」が与えた意外な影響

【つづきを読む】フジテレビはなぜ佐藤二朗を”加害者”にしたがったのか?業界人が明かす「国分太一降板トラブル」が与えた意外な影響