中国に先を越されたら終わる…「SpaceX上場」のウラで懸念される「AIの軍事利用」とシリコンバレーが抱える深刻なジレンマ
2026年6月12日、SpaceXがNASDAQに上場した。初日の時価総額は2兆ドルに達し史上最大の歴史的上場となった。創業者CEOであるイーロン・マスクは、予想通り、史上初のトリリオネア(兆万長者)となった。
前回触れたように、xAIを飲み込んだSpaceXはもはやAI企業の一角だ。上場後、即座にAIエージェント「Cursor」を開発するAnysphereの買収を発表し、AI開発の2強であるAnthropicとOpenAIの追撃に余念がない。
そのAnthropicとOpenAIもすでに上場に向けて目論見書を提出し、年内のIPOを目指している。SpaceX同様、高い期待が寄せられている。世界中から資金をかき集め一気に時代をAI色に染め上げようとしている。
はたして2026年は「AI革命」の本格的な離陸の年となるのだろうか? 1995年のIT革命の再来となるのだろうか? この30年の世界的激変を思えば、これから先、引き返すことのできない断続的な変化をもたらしそうである。
AI革命は「希望」か「リスク」か
もっとも、30年前にあった楽観的ムードとは、今はだいぶ趣が異なる。むしろ、悲観的な未来、革命というよりも「終末」と呼ぶ方がふさわしい未来が予見される。上場を控える2強からして、常にAIの危険性に言及してきた。AIがもたらす「完全自動化」の世界は、社会経済のあり方を根底から作り直す。雇用、エネルギー、医療など問題は山積みだ。
ドットコム・バブルに沸いた1990年代が「世紀末」であるにもかかわらず希望に満ち溢れていたのに対して、21世紀の本番を迎えた2020年代のAIバブルで「終末」に怯えるとは、なんとも皮肉なことだ。だがそれは、まさに両者をとりまく社会環境、今日的に言えば「地政学的状況」が大きく異なることの反映でもある。
1990年代のIT革命の時は、その数年前に米ソ冷戦が終結したことで、新時代の幕開けを予感させる空気が世界中に漂っていた。自由と解放、その高揚感(ユーフォリア)で満ちていた。その余波を駆ってのITによる「革命」だった。
アメリカが掲げた自由主義と資本主義の勝利によってインターネットは、自由な個人の力を解放し拡大させる「デモクラタイズ」の推進エンジンとして、「自律・分散・協調」を時代精神にした起業の一大ブームをもたらした。
もちろん、そんなドットコム・バブルも世紀の変わり目には弾け、その後、911同時多発テロ(2001年)やリーマン・ショック(2008年)という「20世紀の世界秩序」に亀裂を生じさせた激震を経ながら、Facebook(2004年)やiPhone(2007年)の登場をもって、プラットフォームが権勢をのばす2010年代に突入した。「破壊」と「新成」は同時並行で、互いに互いを繰り込みながら進展した。
2010年代半ばには、ロシアのクリミア侵攻(2014年)、ブレグジット(2016年)、トランプ1.0(2016年)といった一連の、それまでの世界の常識を覆す事件が畳み掛けるように生じた。遂にはとどめとばかりにコロナ禍(2020年)が世界を覆い、インターネットがもたらしたグローバル情報社会に対して強い疑念が抱かれるようになったことは、いまさら言うまでもない。
だからだろうか。今次の「AI革命」は、希望ではなくリスクの確認、釈明からまずは語り始める。「用法用量をご確認の上ご利用ください」というあれに近い。しかもその釈明は、利用者なら個人だけでなく政府や企業にも向けられる。むしろ政府に対して適切な規制なりガイドラインなりを、あるいは市民に向けた救済パッケージの準備を呼びかける。
開発をやめたくても「止められない」理由
そもそもOpenAIの創業からして、AI(正確にはAGI)が人類を制圧する「生存リスク」に怯えるなか、2015年になされた。今年、上場するAI3社のトップ、すなわち、サム・アルトマン(OpenAI)、ダリオ・アモデイ(Anthropic)、イーロン・マスク(SpaceX)の3人が全員、OpenAIの創業に関わっている。
Yコンビネータにいた起業家アルトマンが、資産家マスクに声をかけ、開発者アモデイをリクルートした。だからこの3人は「OpenAIマフィア」と呼んでもいい。今次のAI革命は、始まりからしてクローズドドアのスモールワールドから発している。DeepMindがGoogleに買収されAIがBig Techの支配下に置かれることを怖れた彼らが「オープン(ソース)」を旗印にして立ち上げたのがOpenAIだった。
だから、常に留意すべきは、AI革命の背後には「恐怖」の感覚が開発者たちに取り憑いていることだ。AGI(=人類の知性を凌駕し自律的判断を行うに至ったAI)に怯え、AIを従えるBig Techを怖れる。さらには、急速に追い上げてきている中国の台頭を危惧する。
怖いならやめればいいのに、という論理は通じない。怖いけれど、自分たちがやらなければ「彼ら」がやってしまう。そうしたら「彼ら」が全てを牛耳ってしまう。AIを「正しく」使うか、それとも「悪」用するかも「彼ら」次第。それくらいなら、自分たちが「彼ら」に先んじて作ってしまうほうがまだましだ。そういう論理だ。
そのため、AIは、自由と解放を謳ったIT革命よりも、冷戦時代の核兵器開発競争のように受け止められる。OpenAIの創業からして、原爆開発の「マンハッタン計画」を念頭に置いていたのだから、何をかいわんや、である。
このあたりが、AI革命が、蓋を開ければAI終末論に引き寄せられる理由でもある。上場によってAIスタートアップたちのほうがGoogleやAmazon などのBig Techを凌駕する勢いにあったとしても、最初に抱いた警戒心は消えない。中国が先んじてAGIに至ったらどうするのか? という疑念が頭から離れない。
その懸念は、OpenAI創立から10年経って世界が、戦争の時代、控えめにいっても「紛争の時代」に移った今、杞憂で済ますわけにいかなくなった。開発者や起業家の心配では終わらなくなった。イランと戦争を始めた(そして終えた)アメリカ政府が、軍事利用の上でAnthropicとの間でAIの支配権を巡って争っているのもそのためだ。
もちろん、AIもひとつのテクノロジーである以上、明るい未来もある。希望もある。医薬品開発の現場でAIを活用することで新薬の開発速度が格段に上がるという指摘もある。全自動ロボットの開発につなげることで核施設などの危険な場所の作業が容易になるといった意見もある。
個々のそうした可能性はいくらでも挙げることができるが、しかし、AI開発者の間では、とりわけOpenAIの創業に関わった人たちの間では「AIドゥームズデイ」、すなわちAI終末論を払拭することができない。だから、Anthropicは「倫理的AI」を掲げ、時にペンタゴンの無条件AI利用の要請に徹底抗戦する。
もともとAnthropicは、OpenAIのAI倫理への対応が不十分で、創業時に掲げたミッションと異なることに不満を感じた人たちが退社し、新たに創業した会社だ。そのため、「倫理的AI」や「AIアラインメント」への固執は他に類を見ない。彼らのそうした姿勢を、IRやマーケティングのための偽善と非難する声があるのもわかるが、OpenAIの手前、Anthropicが「倫理」の御旗を下ろすことは、少なくとも当分の間、ありえない。
ただ、これは、以前にAnthropicとペンタゴンの係争を取り上げた際にも指摘したことだが、少なくとも誤作動を怖れる製造元(=Anthropic)が、確実性の欠ける利用を控えるよう促すのは間違ったことではないし、それを偽善とはいえないだろう。
では、OpenAIはどうか?
【後編】→もう、AIによる社会崩壊は避けられない…サム・アルトマンが「OpenAI」上場のウラでもっとも恐れている「最悪の末路」
【つづきを読む】もう、AIによる社会崩壊は避けられない…サム・アルトマンが「OpenAI」上場のウラでもっとも恐れている「最悪の末路」

