「役目を果たしきった写真」寺の境内でお焚きあげ…家族の歴史や生きざま「とてもゴミには出せなかった」
寺の境内に積まれたたくさんの段ボール箱。
思い出や感謝とともに中に詰まっているのは「役目を果たしきった写真」だ。紙で写真を残す世代から、端末上で楽しむ世代へと移り変わる昨今。三重県津市の四天王寺で1日、捨てられない写真に別れを告げる「写真供養」が行われた。
遺品整理「処分に困っている」
企画したのは三重県内の写真店でつくる「三重県カメラ商組合」。写真技術の発展に貢献した津藩士・堀江鍬次郎の墓がある同寺で、2016年から「写真の日」の6月1日に行っている。きっかけは「家庭の大事な写真の処分に困っている」という客からの声だ。
写真を生み出してきた立場として、最初は処分に関わることに迷いを感じたという同組合理事長で、中尾カメラ店社長の中尾浩一さん(71)は「思いが強いほど簡単に捨てられないのが写真。役に立つのなら、最期まで面倒を見るのが我々の使命」と話す。主に遺品整理として要望が多く、供養料が必要だが、毎年依頼や問い合わせが絶えないという。

三重県明和町の女性(70)も捨てられない写真をどうするか悩んだ一人だ。両親の他界を機に、実家じまいを決めた。遺品整理でカメラが趣味だった父の写真が大量に出てきたが「家族や自分の歴史、生きざまが詰まった写真をとてもゴミには出せなかった」と振り返る。写真供養の存在を知り、1箱分の写真を依頼した。「大切な思い出を、思い出のまま気持ちよく整理できる。実家じまいの一つとして、区切りがつけられた」と感謝する。
約80人から預かった写真のお焚(た)きあげが行われた供養当日、境内に津市出身の写真家・浅田政志さん(46)の姿があった。同寺敷地内の写真スタジオを監修したほか、中尾カメラ店の常連だった縁で、毎年準備などを手伝っている。「写真は、一生のうちの『残したい』と思った瞬間に応えた、気持ちが宿ったもの。その『役目を果たしきった写真』への感謝の場として多くの人に広がれば」。浅田さんは優しくほほえんだ。写真供養は、撮影者やその家族らの思いに寄り添いながら、これからも続く。(写真と文 大金史典)

