「排泄物まみれの乳児保護」「父はDVが『趣味』」…児童相談所職員や被害者が証言「過酷な虐待現場」
2024年度に全国の児童相談所が対応した児童虐待は、22万3691件と過去最多を記録した。一方で児童虐待の相談や調査、介入などを行う児童福祉司は6481人、心理的な支援を担当する児童心理司は2912人(2024年4月/こども家庭庁調査)と、両者を合わせて1万人足らずだ。
単純計算で児童福祉司及び児童心理司は1人あたり約23件を抱えることになるが、実際には以前からの引き継ぎ、いわゆる「継続指導」を抱えているため大幅に上積みされる。【前編】で紹介した巨人の阿部慎之助元監督のトラブルに引き続き、取材で得た証言から児童虐待の現実を明らかにしたい――。
「私は現在、170件のケースを担当しており、帰宅は連日深夜です。家庭訪問で居留守を使われたり、親から罵詈雑言(ばりぞうごん)を浴びせられるのは日常茶飯事。過去の犯罪歴をチラつかせ、『タダじゃおかない』とすごむ親もいます」
そう語るのは、関西地方の児童相談所に勤務する安田圭太さん(仮名・31)。大学で社会学を専攻した安田さんは一般行政職員として働いていたが、「児童相談所の人員不足」を理由に3年前に異動を命じられた。1年間の実務経験を経て児童福祉司の任用資格を取得したが、その後は心身ともにハードワークの連続だと嘆息する。
「もともと専門的スキルがない私にとって、児童虐待の現場は想像以上に過酷でした。ゴミ部屋の中で排泄物にまみれた乳児を保護することもあるし、全身のあちこちが骨折し、足首が逆方向に曲がった幼児もいました。職員の側にも命の危険があります。ある女性職員は親から灯油をかけられ、火をつけられそうになりました」
危険が想定される立ち入り調査の際は防刃チョッキを着用するが、警察官とは違って武器は携帯できない。だからこそ近年は強制力を持つ警察との連携や、法的専門性のある弁護士との協同が国から強く推奨されている。
「警察にチクりやがって」
ただ、警察との連携に慎重な見方をする職員もいる。北陸地方の児童相談所で働く野島隆志さん(仮名・40)は、「強制的な介入によって親の抵抗感や不信感が強まり、かえって事態を悪化させるケースもある」と話す。
「虐待通告の後、まずは所内で情報収集やアセスメント(虐待の評価)をして、緊急度を判断します。子どもを保護するのか、在宅支援するのかなどを検討するのですが、いずれにしても親との関係構築が重要です。
各地の一時保護所の定員は30人程度で常に満員。虐待を受けながら自宅で暮らしている子どもが圧倒的に多いのです。親への指導や見守りを継続することが必要不可欠。『警察にチクりやがって』と恨みを持たれてしまったら、素直に従ってくれなくなります。子どもを連れて行方をくらまし、私たちの手の届かないところで、もっとひどい虐待行為をすることもあるんです」
一般論で言えば「ひどい親からは引き離せ」、「早く施設に入所させるべき」となるだろう。だが、前述のように多くの一時保護所は空きがない。児童養護施設などに入所させることができても、「それで一件落着にはならない」と野島さんは言う。
「適切な愛情を受けずに育った子どもは人との関係性をうまく築けず、集団生活に不適応を起こしがちです。子ども同士のいじめや性的トラブル、職員のえこひいきもありますし、施設に入所した子どもが親に引き取りを拒否され、天涯孤独になるケースも多い。
何がなんでも施設入所というケースがあれば、自宅で暮らしながら児相が親を指導し、これまではと違う親子関係を学んでもらうというケースもある。何がその子にとって正解なのか、悩みは尽きません」
では当事者、つまり虐待被害を受けて児童相談所に保護された経験を持つ人は何を思うのだろうか。
「フライパンで何十回と」
小学6年生のときに2歳年上の姉とともに保護され、18歳まで児童養護施設で暮らした村岡茉奈さん(仮名・25)は、「施設でもイヤなことはあったけど、家庭のほうが100倍地獄だった」と振り返る。
「父は母へのDVと子どもを虐待するのが『趣味』のような人でした。些細なことで怒り、私と姉は床に手足をついた状態にされ、フライパンで何十回とお尻や背中を叩かれました。痛みで気絶しそうになり、失禁したこともありました。
でも、服を着れば暴行の痕はわからない。周囲には気づいてもらえず、私も誰かに相談しようとは思わなかった。相談したことが父にバレたら、私だけじゃなく母と姉ももっとひどい目に遭う。そう考えると怖かったんです」
苛烈な虐待が発覚したきっかけは、中学2年生になった姉の「妊娠」、父からの性的虐待を受けた結果だった……。
児童相談所の介入で姉は医療的措置を受け、母と母子支援施設に入所した。両親の離婚成立後、精神を病んだ母の入院を機に姉妹で児童養護施設へ移った。村岡さんは専門学校を卒業して福祉関係の仕事に就いた。
姉は4年前に結婚。村岡さんは現在、体調が回復した母とともに、公営住宅でつつましく暮らしている。それでも壮絶な過去のトラウマが消え去ったわけではない。
「“子どもを殴るのは親の愛情、俺は親父の鉄拳でまっとうになれた”なんて言う人がいますけど、それは自分がもう大人で、親が怖くないからじゃないですか。父に怯え、奴隷のように従っていた当時の私は『死ねば楽になれる。いっそ殺してほしい』とさえ思っていました」(村岡さん)
死んだほうが楽。自分は邪魔者。親に殴られるのは私が悪いから、味方はどこにもいない――虐待の現場ではしばしば聞かれる声である。
【前編】で触れた巨人の阿部慎之助元監督(47)の事件で、児童相談所や親子間トラブルへの注目が高まった。力もお金も、安心できる居場所も逃げ場もない子どもを、強者の大人の論理でより追い詰めることのないよう、児童虐待への理解を深めてほしいと思う。
取材・文:石川結貴(ジャーナリスト)
