穏やかに息を引き取るというイメージのある「老衰」を望む人は少なくない。本当にそれは穏やかな最期なのか。これまで約6000体の遺体解剖をしてきた法医学者の高木徹也さんは「老衰と死亡診断書に書かれるケースでも、解剖をすれば何らかの病気や外傷がある」という――。

※本稿は、高木徹也『私たちはなぜ死ぬのか 法医学者が語る「永く、よく生きるための技術」』(CEメディアハウス)の一部を再編集したものです。

■2018年から「老衰」が死因の第3位に

これまで日本人の死因のトップ3は長らく「悪性新生物(腫瘍)」「心疾患」「脳血管疾患」でした。ところが2018年に「老衰」が初めて脳血管疾患を抜いて3位に躍り出ます。では、そもそも老衰とは何なのでしょうか。老衰とは、医学的には「加齢に基づく全身機能障害」を指し、死因として死亡診断書にも書いてよいことになっています。

日本が、65歳以上の人口の割合が全体の21%以上を占める「超高齢社会」になったことを考えれば、老衰という死因が3位に入ったことも不思議ではない――。そう思われるかもしれません。

しかし、老衰は、亡くなった原因が加齢以外で証明できない場合につける死因です。死因を解明する法医学者として言わせてもらえば、高齢者だからといって死因を追究せず、安易に老衰としてはいけません。心臓や肺が原因で亡くなったのなら、そちらを死因にすべきです。ほとんどの場合、高齢者であっても解剖をすれば何らかの病気や外傷があるものです。

近年、私が解剖する80代以上の高齢者のご遺体に多い死因は「肺性心」です。肺性心とは、肺の機能低下や肺の病気が原因となって、二次的に心臓に負担がかかることで起こる心不全で、高齢者特有の病気です。解剖してみると、急性心不全と肺疾患の所見が認められます。

出典=厚生労働省

戦後の高度経済成長期を生き抜いてきた80代以上の方は喫煙率が高いという特徴があります。また、炭鉱や鉄鉱で働いていた人、大気汚染の影響を受けている人、結核に感染したことのある人も少なくありません。そのため、肺気腫、慢性閉塞性肺疾患(COPD)、陳旧性肺結核、結核性胸膜炎などの病気を持っている確率が高いのです。

さらに肺と心臓の血行動態は直結しているので、もともと肺が弱っている人は加齢によって二次的に心臓に負担がかかり、心不全を起こして死に至ることがよくあります。

■なぜ老衰の順位が上がってきたのか

これが肺性心です。ところが、意外と死因を肺性心にしている死亡診断書はあまり見かけません。

また、高齢の方は動脈硬化が進行している場合が多いので、脳梗塞や脳出血、虚血性心疾患が本来の死因であるケースも多いのではないかと考えています。

このように、私が解剖の現場でみた高齢者のご遺体に限っても、明らかな所見があり、死因が特定の病気であると判断できるケースがほとんどです。臨床の現場でも、老衰以外の病気が原因で亡くなっているケースが圧倒的に多いと考えるのが自然ではないでしょうか。

にもかかわらず、日本人の死因3位が老衰となっているのです。これは、全国の臨床現場の医師が、亡くなった高齢者に安易に老衰という死因をつけているからと考えて間違いないでしょう。

このところ医師国家試験で、正解を「老衰」とする問題も毎年のように出ています。「高齢者の死=老衰」という単純な図式の浸透をますます加速させるような気がしてなりません。

ちなみに、私は法医学者になって30年近くたちますが、死亡診断書の「死亡の原因」欄に「老衰」と書いたことはただの一度もありません。

出典=厚生労働省

■「老衰」判定で犯罪を見逃す恐れも

高齢者の死因を安易に老衰とすることには、犯罪の見逃し、健康寿命の頭打ち、予防医学の発展の停滞など、さまざまな問題をはらんでいます。

犯罪の見逃しに関しては、このようなデータがあります。令和7年(2025年。統計は令和6年)発行の警察庁「警察白書」によると、「殺人」における被疑者と被害者の関係別検挙状況でもっとも多いのは、「親族(43.7%)」。つまり、犯人の多くは家族や親戚なのです。

仮に高齢者が自宅で病歴のないまま突然死した場合、「高齢で最近体調が悪いと言っていまして……」という家族の話を鵜呑みにして老衰という死因をつけるのは非常に危険です。もしこれが親族間での殺人事件だった場合、医師が知らずに犯罪の見逃しに加担することにもなりかねません。犯罪を見逃すことによって不利益を被るのは、被害者だけではありません。同様の犯罪を抑止できず、新たな被害者を増やしてしまう恐れがあるからです。

また、高齢者の死因を正確に判断しないと、ご遺族の「もらえるお金」にも影響があります。たとえば、生命保険で傷害特約に加入している場合、頭をぶつけたことによる慢性硬膜下血腫で死亡したと判断されれば保険金が下ります。しかし、「朝起こしに行ったら寝床で亡くなっていた」という話を聞いて解剖を行わず、「老衰」と死因をつけてしまったら? そうです、傷害特約は適用されず、もらえるはずのお金がもらえないことになるのです。

■法医学者の数は全国で150人ほど

高齢者だからといって深く考えず「老衰」と判断してしまうことによる弊害・不利益がいかに大きいか、イメージしていただけたのではないでしょうか。

高木徹也『私たちはなぜ死ぬのか 法医学者が語る「永く、よく生きるための技術」』(CEメディアハウス)

それでも解剖数が増えず死因究明が進まない理由の一つには、法医学者の数が全国でも150人ほどと少ないことが挙げられます。1947年(昭和22年)の連合国軍最高司令官総司令部(GHQ)の指示によって全国7都市に設置された監察医務院も、現在機能しているのは東京都23区、大阪市、神戸市の3都市だけ。それ以外は、地域の大学の法医学教室に法医学者が1人だけ、あるいは1人もいないという地域もあります。

日本で解剖数が増えない理由はいろいろが考えられますが、最大の理由は予算不足でしょう。法医学はその成果を評価しにくく、収益性が乏しいため、予算の割り当てが少ないのです。言い方は悪いですが、死体にはなるべくお金をかけたくない、死体はお金にならない、ということなのだと思います。「亡くなった人にメスを入れるのはかわいそう」「亡くなったら、そっとしておいてあげたい」といった日本人の死生観、また「人は本来善人である」といった性善説も関係しているかもしれません。

ちなみに、フィンランドでは異状死体は解剖することが法律で義務づけられており、その解剖率は99%です。以前、東京の居酒屋で偶然隣り合わせたフィンランド人と飲んだことがあります。その人は法医学者でも警察官でもありませんでしたが、フィンランドの解剖事情を聞いたところ、「人が亡くなったら死因を知るために解剖するのは当たり前だよ」と言われたので驚きました。また、人は利己的で悪いことをするという性悪説が根底にあり、家族が亡くなったらその死因を知ることは遺族の当然の権利だと主張していました。

このようにお国柄による考え方の違いもあるかもしれませんが、死者数が増加傾向にあるいまだからこそ、解剖数を増やして高齢者にも正確な死因をつけることが重要だと私は考えています。みなさんはどう思われるでしょうか。

写真=iStock.com/Alex Liew
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/Alex Liew

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高木 徹也(たかぎ・てつや)
法医学者、東北医科薬科大学教授
法医学者。1967年東京都生まれ。杏林大学法医学教室准教授を経て、2016年4月から東北医科薬科大学の教授に就任。東京都監察医務院非常勤監察医、宮城県警察医会顧問などを兼任し、法医解剖施行数は6000件に迫る。『ガリレオ』『ヴォイス〜命なき者の声』『しあわせな結婚』など、法医学・医療監修を手掛けたドラマや映画は多数。著書に『なぜ人は砂漠で溺死するのか?』(メディアファクトリー)『こんなことで、死にたくなかった 法医学者だけが知っている高齢者の「意外な死因」』(三笠書房)などがある。
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(法医学者、東北医科薬科大学教授 高木 徹也)