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去年11月に発生した大分市佐賀関の大規模火災から18日で半年。生活や住まいの再建に向けて被災者と行政との間で協議が進む中、どのような復興計画を作っていくのかが課題になっています。

【写真を見る】「火事がなければここにいた」復興住宅めぐり揺れる被災地 “分断”されたコミュニティー再生への課題 大分市佐賀関大規模火災から半年

「集合住宅」か「戸建て」か

八尋記者:
「大規模火災から半年が経ちます。現場では黒く焦げた建物が残る一方で、解体が進み、何もなくなった区画も見られます」

去年11月18日に発生した佐賀関の大規模火災では、建物196棟が焼け、76歳の男性が死亡、およそ130世帯が被災しました。

半年が経った今、現場では今年1月から公費解体が始まり、対象172棟のうち、2割程度が完了。義援金と見舞金は25億円余りが集まりました。

被災者は現在92世帯・128人が市営住宅などに移り住んでいます。

生活再建支援・復興本部 武安高志事務局長:
「一日でも早く建設できる形の方法でテニスコート跡地に集合住宅を提案したが、時間がかかってもいいから戸建てを検討してほしいという意見があったので、市としては戸建てを検討している」

大分市は復興市営住宅の建設を計画していますが、3月の意見交換会で住民からは集合住宅ではなく、以前のコミュニティーに近い戸建てを求める要望が上がりました。

市は地元の復興事務局と協議を重ねていて、5月24日の意見交換会で再び方針を示すことにしています。

生活再建支援・復興本部武安高志事務局長:
「これまでの生活が元に戻るわけではないが、復興に向けたビジョンを皆さんとしっかり対話していく中で思いを共有し、復興に向けた取り組みを進めたい」

被災地で生まれた「集いの場」

こうした中、被災した田中地区では、住民が集う場所として公民館の中にカフェ「SEKI BACKS」がオープンしました。火災が発生した日と同じ「毎月18日」と土日祝日に営業。週末には150人ほどが訪れています。

SEKIBACKS 渡辺忠孝店主:
「これからどういう形になるのか分からないので、まだ復興という段階ではないと思う」

避難所生活から温かいコーヒーをふるまい続けた渡辺忠孝さんは、さみしい気持ちをにじませながらも、複雑な胸の内を語ります。

SEKIBACKS 渡辺忠孝店主:
「火災がなければ、みんなここにとどまったでしょうし、火事があって地域を離れることは仕方のないことかもしれない」

佐賀関では5月31日に4回目となる地域のきずな交流会が開かれます。復興計画の策定が進められる中、分断してしまったコミュニティーをどう維持して再生するのか――具体的な道はまだ見えていません。