史上初の3冠も「本当に弱いチームだった」。秋田豊が2000年の鹿島を回想「よく獲れたよな、っていう時に獲れた」
鹿島は2000年にJ1、ナビスコカップ、天皇杯を制して国内3冠を達成。史上初の快挙で、秋田氏は経験豊富なDFとしてタイトル総なめに貢献した。
当時の鹿島について、秋田氏は「ジーコスピリットが(小笠原)満男たちに上手く伝達できた瞬間だね」と回想する。
“常勝軍団”として覇を唱えた鹿島だが、秋田氏は「全然良くなかった」と語る。
「(監督のトニーニョ・)セレーゾが来て、3−4−3をやって、上手く機能しなくて。最後の3か月だけ、グッとチームが上がった。セカンドステージで、点が取れないから守って守って、カウンターで1点、セットプレーで1点とか。そういうので何とかギリギリ、チャンピオンシップに出て、っていう状況の、本当に弱いチームだった」
鈴木氏が「全然そうは見えなかった」と投げかけても、秋田氏は「めちゃくちゃ弱かった」と繰り返し、「よくこれで3冠を獲れたよな、っていう時に獲れた」という。
「勝つとやっぱり自信を持つから。そこから勝っていって、ナビスコと天皇杯も獲れた」
この時の3冠を含め、鹿島は主要タイトルで国内最多の20冠を誇る。輝かしい歴史の背景について、秋田氏は次のように話す。
「その時、その時の、メンバーであり、環境であり、それによってサッカーを変えられる。97年は全く違うサッカー。前からプレッシングかけて、圧倒的に強いサッカーをやっていたけど、2000年の時は守備から入ってカウンターのサッカー。それに関しては全く違和感がない。だって、勝つためにやっているわけだから。今のこの選手で、どうやって勝つのかってことを考えてやっているから」
勝利から逆算して、やるべきことをやる。それが鹿島の流儀のようだ。
構成●サッカーダイジェストWeb編集部
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