「終身医療保険」に入るのは、老後の安心が欲しいからだけれど…(写真:zon / PIXTA)

「60歳までに保険料を払ってしまう『終身医療保険』に入っておくと、やはり安心だと思っています」

ある労働組合が主催しているマネーセミナーに招かれた際、複数の女性からこのような意見を聞きました。

入院等のリスクが高まるのは老後であり、長期間入院するようなことになると、金銭面はもちろん、心理面での不安も大きいので、一生涯の保障がある医療保険で備えたい、というわけです。保険料を60歳までに払い込んでしまうことにするのは、老後の出費を抑えるためです。

「終身医療保険」の問題点とは?


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同じような考えは、保険相談にいらっしゃる人たちからも、頻繁に聞くことなので、私見を述べることにします。結論から言うと、筆者は「終身医療保険」の利用には否定的です。ポイントは3つほどあります。

まず、老後になると長期入院するといった「状況設定」から離れて考えることが大切だと思います。「年金生活になった後、医療費などの出費がかさんだ場合、貯蓄を取り崩しながらの生活にどれくらい耐えられるだろうか……」――。こうした想像を膨らませていくと、冷静な判断が難しくなってしまうからです。

では、どのように考えればいいのでしょうか。1つご提案したいのが、医療保険から給付されるおカネの「額」だけを見ることです。

具体的な商品で考えてみましょう。ここでは、ファイナンシャルプランナーなどからの評価が高く、筆者も保障内容と価格の比較から、現行商品の中ではトップクラスとみているオリックス生命の「新CURE」への加入を検討するケースで考えます。

1回の入院につき60日を限度に入院給付金が支払われる場合、日額5000円であれば最大で30万円です。ただし、「新CURE」では、がん・心疾患・脳血管疾患の3大疾病の入院については、入院が長引きがちであることを理由に60日ではなく無制限となっています。同社のホームページには、厚生労働省「平成26年 患者調査」のデータも出ていて、最も平均在院日数が長いのは、脳血管疾患の89.5日です。

したがって、脳血管疾患で入院すると45万円ほどの入院給付金が見込めそうです。手術を伴う場合、手術給付金10万円も加算され55万円くらいになります。

50万円を調達する手段について考えてみる

このような計算をした後、給付事由については忘れることにします。虚心に「50万円程度のおカネを調達する手段」として見るのです。100万円超の給付を受ける可能性も考えられるものの、数万円にとどまることもあるはずなので、とりあえず50万円にしてみるわけです。

最も効率的なのは、自分の口座から50万円を引き出すことでしょう。ほとんどコストがかからないからです。

保険の場合はどうでしょうか。たとえば、40歳女性が60歳までに保険料を払い終わる設計にすると、毎月の保険料は3906円、総額では93万7440円に達します。

しかも、その全額が、加入者に還元されるわけではありません。入院給付金等の原資は、加入者が支払う保険料から、代理店手数料なども含む保険会社の運営費を引いた残りのおカネだからです。

運営費の割合は、あらかじめ「見込み」で保険料に反映されていますが、具体的な数字を公表しているのは、ライフネット生命だけで、40歳女性が同社の終身医療保険に加入する場合約20%です。

「新CURE」でも、保険料に占める運営費の割合は不明です。それでも、手掛かりはあります。オリックス生命の決算資料を確認すると、保険料収入に占める事業費の割合は31%強です。貯蓄性商品の扱いが多い会社の事業費率は10%前後のこともありますが、オリックス生命は、医療保険のような掛け捨ての保険が売れ筋であるため、これくらいの数字になっていると思われます。

複数の保険数理の専門家によると、一般に「医療保険」の保険料には30%程度の経費が含まれているそうです。そこで、「新CURE」の契約で、加入者が負担するコストも30%くらいと見て計算すると、40歳女性が60歳までに支払う約94万円のうち28万円くらいが、保険会社の運営費に回ることになります。

手数料の比率が大きすぎる

保険専用ATMに94万円入金すると28万円の手数料が引かれるイメージです。20%であっても約19万円です。

老後のおカネの不安に着眼すると、頼みの綱のように見えなくもない「医療保険」が、おカネの流れだけに注目することで、多額のコストが看過できないシステムに感じられてきます。

加えて「不確実性」の問題もあります。現役世代が60代以降の安心を求めて、終身医療保険加入を検討する際には、50歳の人でも10年〜40年くらい先の保障を買うことになります。

現時点で優れていると思われる保険の保障内容が、数十年先にも通用するだろうか?という視点を持ったほうがいいはずです。たとえば、入院日数が短期化すると、日額××円という保障の価値は相対的に下がります。貨幣価値の変動もあるかもしれません。

あくまで仮の話ですが、在宅医療が進化すると、入院保障中心の現行商品の価値は一気に陳腐化するのです。「契約内容が変わらないリスク」は、もっと語られていい気がします。

さらに、もともと保険の仕組みは、老後の医療や介護等の保障には不向きであることも忘れてはいけないでしょう。負担しやすい保険料で手厚い保障が可能になるのは、現役世代の急死のような発生頻度が低い事態だからです。

そんなわけで、筆者は「現役の間に保険料を払い込んで安心したい」という人たちには、立ち止まって考えてみることをおすすめしています。

一方で、老後に安価でそれなりに手厚い保障を提供できる商品の可能性についても、考えたりします。終身医療保険への加入に前のめりになっている人たちが不安視しているのは、短期ではなく長期の入院です。そうであれば、入院から100日間は給付金を支払わず、101日目から無制限に支払うような保険があるといいと思うのです。

現行商品では、楽天生命の「ロング」が同じようなコンセプトで設計されています。それは61日目から給付が始まる保険です。発生率が高い60日以内の入院を対象外にすることで、家計への影響が大きくなる可能性がある長期入院に、安く備えられるという考え方は正しいと思います。

ほかにも、長寿化を前提にして、たとえば80歳から保障が始まる保険などもあっていいかもしれません。保険料は60歳や70歳までに払い終わっていても、70代までの保障をしないのです。そうすることで、保険料が抑えられ、その後の保障を手厚いものにできるのではないでしょうか。

「老後は手厚い保障に守られたい」…けれども

80歳までに亡くなった人の保険料も「掛け捨て」にすると、ほかの加入者の保障に回すことができるはずです。実現すると「早死にすると損だ」という声も聞かれることになるでしょう。不確実性の問題も避けられません。

しかし、保険とはそういうものだ、という認識が大切なはずです。先に書いたとおり、老後に発生しがちな事態に備える際、使い勝手がいい手段ではないからです。

人は誰しも、老後は手厚い保障に守られたい、一生涯の安心が欲しい、といった思いを抱きがちだと思います。切実な願望と言ってもいいでしょう。切実だからこそ、判断に及ぼす影響について考えたほうがいいのだと思います。

最後に、筆者自身の判断についても付記しておきます。筆者は、終身医療保険への加入は考えていません。来年59歳になる自営業者で、退職金はなく公的年金額も会社員より低くなりますが、医療保険の利用にかかるコストを問題視して、思いとどまっています。おカネの心配をしながら、数十パーセントの手数料がかかると見られる仕組みに頼るのはどうだろう、ということなのです。