明治8年(1875)の『新聞紙条例1』と『讒謗律』の公布は、度重なる言論取締りで新聞を苦しめてはいましたが、その勢いを止めるまでには至りませんでした。新聞の大きな転換点となったのは、明治10年に起きた西南戦争です。戦争が始まると、東京の有力紙は競い合うように戦地へ記者を派遣し、戦況を詳しく伝えることで読者を集め、新聞の重要性を強く印象付けました。そして戦後は、もはや武力ではなく言論の力で政府を変えていこう