今季3人が達成? 名球会入り「250セーブ」は本当に簡単か過去4人しかいない守護神の過酷な現実
名球会入りの条件の一つである「250セーブ」という数字は、「200勝」に比べてハードルが低く見えるかもしれない。実際、今シーズンは一挙に3人の投手が大台を射程圏内に捉えており、「条件が甘すぎるのではないか」という声すら聞こえてきそうだ。しかし、プロ野球の長い歴史をひもとくと、この記録を突破した守護神は驚くほど少ない。一見すると簡単そうに思える250セーブの壁が、なぜこれほどまでに高いのか。
【実際の写真】250セーブを達成できなかった「レジェンド投手」 いかに難しい記録かがよくわかる
6年で達成できる?
プロ野球選手にとって「名球会」は、現役生活の到達点の一つとされる。入会規定は、打者なら「通算2000安打以上」、投手なら「通算200勝以上」もしくは「通算250セーブ以上」。例外的に特例で認められるケースもあるが、基本的にはこの三つの数字が絶対的な基準だ。

ところが、この三つを並べると、多くのファンは違和感を覚える。
「200勝」と「2000安打」は気の遠くなるような数字なのに、「250セーブ」だけは、どこかハードルが低そうに映るのである。
実際、昨季の数字を当てはめると、その印象はさらに強まる。最多勝は阪神・村上頌樹、DeNA・東克樹、日本ハム・伊藤大海、ソフトバンク・有原航平の4投手が並んだ14勝。一方、最多セーブは巨人のライデル・マルティネスと中日の松山晋也が記録した46セーブだった。
単純計算すれば、14勝を積み重ねて200勝に到達するには約15年かかる。それに対し、年間46セーブなら250セーブまではわずか6年弱。数字だけを見れば、「250セーブは簡単ではないか」という声が出るのも無理はない。
しかも今年は、その議論をさらに過熱させそうな状況が生まれている。
前半戦終了時点で、巨人・マルティネスは通算241セーブであと9。DeNA・山崎康晃は246セーブであと4。そしてロッテ・益田直也は249セーブで、いよいよ大台に王手をかけている。
もし3人が今季中にそろって250セーブへ到達すれば、一気に達成者が4人から7人へ増えることになる。
スポーツ紙デスクはこう話す。
「“やっぱり250セーブは簡単だったんだ”という議論は必ず出るでしょう。ただ、それは数字だけを見た印象であって、実際はそんな単純な話ではありません」
達成者はわずか4人
通算200勝投手は歴代で20人以上いるが、実は日米通算250セーブを達成した投手はわずか4人しかいない。
岩瀬仁紀(407セーブ)、佐々木主浩(381セーブ)、高津臣吾(313セーブ)、そしてオリックス・平野佳寿(258セーブ、7月26日現在)である。
阪神監督の藤川球児も日米で245セーブまで積み上げたが、わずかに届かなかった。特例で名球会入りを果たしているが、“火の玉ストレート”で一時代を築いた藤川ですら届かなかったという事実は、この数字の重みを物語っている。
抑えはベテランの仕事だった
なぜ達成者はここまで少ないのか。
背景には、抑え投手という役割そのものの変化がある。
「昔は、抑えというのは先発で力が落ちたベテランが務めるポジションでした。30代に入ってから転向するケースが多かったので、そもそもセーブを積み重ねられる期間が短かったんです」
デスクはそう説明する。
実際、1990年代までは先発から抑えへ回るケースが珍しくなかった。佐々木主浩は1年目から抑えも担ったが、それは当時としてはむしろ例外だった。
一方で近年は事情が違う。
山崎康晃は1年目から守護神に抜擢され、新人最多の37セーブを記録。松井裕樹も高卒2年目からクローザーを任され、若いうちから大量のセーブを積み重ねてきた。
つまり現在は、キャリア全体でセーブを積める期間が長くなっている。だからこそ、“250セーブは今後どんどん増えるのでは”という見方もある。
しかし、現実はそう甘くない。
守護神は毎日が綱渡り
抑え投手は先発とはまったく異なる難しさを抱える。
年間143試合あるシーズン中、試合終盤は毎日のように肩を作り、いつ呼ばれるかわからない状態で待機する。登板しない日でもブルペンで肩を作ることは珍しくない。さらに連投、回またぎ、延長戦への備えなど、身体への負担は想像以上だ。
「先発なら中6日、中7日で調整できますが、抑えには決まった休みがありません。肉体的にも精神的にも非常に消耗するポジションです」
しかも、1試合失敗しただけで評価が大きく変わる。防御率2点台でも、9回に打たれれば翌日の新聞は「守護神失格」。逆に7回で失点しても、試合を壊さなければ大きく報じられることは少ない。
抑えは失敗だけが強く記憶される、心理的にもタフな役回りなのである。
守護神の座を守り続ける難しさ
さらに250セーブを阻むのは“守護神”であり続けることの難しさだ。
山崎康晃は一時代を築いたが、近年は中継ぎ起用が中心となり、セーブを積み重ねる機会は激減した。楽天で236セーブを挙げた松井裕樹も、メジャー移籍後はセットアッパーとして起用が多く、数字は足踏みしている。
そして最も象徴的なのが益田直也だろう。
通算249セーブを積み上げながら、昨季までの14年間で2桁セーブを挙げたのは8シーズン。何度も守護神を外され、それでも翌年には再び9回を任される――そんな経験を積んできた。走者を背負いながら何とか逃げ切る投球は、ファンから〈益田劇場〉と呼ばれることも少なくない。
それでも長年チームに必要とされ続けたからこそ、250という数字にあと1まで迫ったのである。
「だから、今季中に確実と言えるのは実はマルティネスだけでしょう。山崎は起用法次第で、益田も守護神として投げ続けられるかどうかです」
250セーブは見直されるべきなのか
近年では、名球会の基準そのものを見直すべきだという声もある。
ここ10年間で名球会入り条件を満たした打者は12人いる一方、投手はわずか4人。しかも現代野球では先発完投型が減り、200勝到達はますます難しくなっている。
そのため、“中継ぎ投手のことも考慮してホールドを評価対象に加えるべきではないか”“セーブとホールドを合算した数字にすべきではないか”といった声も聞こえてくる。
一方で、名球会は“簡単には届かない数字だからこそ価値がある”という考え方も根強い。
250セーブという数字は、一見すると200勝より容易に見える。しかし実際には、十数年にわたって故障なく投げ続け、何度も守護神の座を勝ち取り、最後までチームから信頼され続けなければ届かない。
今季、マルティネス、山崎、益田の3人がそろって大台に到達すれば、“250セーブは簡単すぎるのではないか”という議論は改めて巻き起こるだろう。
だが、歴史を振り返れば、そこへたどり着くまでに何人もの名クローザーがあと一歩で涙をのんできた。数字だけでは測れない過酷さが、この記録には詰まっているのである。
デイリー新潮編集部
