「この中国人ね、八王子のスーパーで人を殺したんだよ」 未解決の「ナンペイ事件」に衝撃の新証言! 「キーパーソン」の仲間は「八王子で強盗に失敗したと聞いた」
【前後編の後編/前編からの続き】
未解決のまま7月30日に発生から31年を迎える「八王子スーパー3人射殺事件」。捜査を主導した警視庁の元エース・原雄一氏(69)が異例の行動に出た。退職後も独自に調べた内容を遺族に知ってもらうため、マスコミを前に調査報告会を開いたのだ。その驚愕(きょうがく)の情報とは……。
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【写真を見る】「犯人は中国人」 「八王子スーパーナンペイ強盗殺人」に関与したとされる「K・R」
“八王子のスーパーの犯行グループを知っている”
「八王子スーパー3人射殺事件」(通称・ナンペイ事件)は1995年7月30日に発生した(時効は撤廃)。スーパー「ナンペイ」でパート従業員の稲垣則子さん(47)=当時=、アルバイトの女子高生、矢吹恵さん(17)=同=、前田寛美さん(16)=同=の3人が事務所に押し入った強盗犯に拳銃で射殺されたのである。

原氏は2005年3月からこの「ナンペイ事件」特別捜査本部の管理官として現場を指揮したほか、理事官就任以降も12年9月まで捜査を主導した。いわば、この事件を知り尽くすエキスパートだ。その後、滝野川警察署の署長や第九方面本部副部長などを歴任し、16年に退官した。
それから10年もの歳月が流れたが、事件は迷宮入りしたまま、上智大生殺人や世田谷一家殺害事件と並び“平成の三大未解決事件”と称され、現在に至る。
捜査が大きく動き出したのは、08年のこと。覚醒剤密輸で中国当局に逮捕され、大連の拘置施設で拘留されていた日本人が“八王子のスーパーの犯行グループを知っている”と言い出したのだ。
男の名は武田輝夫。日本でも薬物や強盗の犯罪に手を染めていた。00年からは中国人の犯罪者グループと手を組み、「日中混成強盗団」を結成。各地で資産家を狙った強盗を繰り返し、10億円もの金品を強奪した。武田は身辺に捜査の手が伸びているのを察知して、02年11月に中国へ逃亡。当地でも覚醒剤密売を行ってお縄となり、06年、死刑が確定していた(10年に執行)。
前編では、09年9月に原氏ら計5人の捜査員が大連に飛び、武田から聴き取った「超重要情報」や、一度はカナダにいる被疑者の中国人「K・R」(55)を日本に連行することができたにもかかわらず、原氏の後任の捜査担当者がナンペイ事件についての供述を得ることに失敗し、カナダに逃げ帰らせてしまった顛末などについて報じている。
「一度だけ失敗したことがある。八王子のスーパーだ」
ここで改めて時計の針を現時点に戻したい。パワーポイントで作成した資料をスクリーンに映し出し、原氏はこう語るのだった。
「Kが帰国するニュースを目にして、がくぜんとしました。異動を命じられた際、当時の刑事部幹部からは、“後は後任の管理官や係長にしっかり捜査させるから、安心して異動してくれ”と諭されました。しかし引継ぎの会議の場でも管理官は、“私はカナダには行きません。私にはそんな能力はありません”と消極的でした。代わりに、係長がKの身柄を引き取るべくカナダに赴きましたが、現地の会議では八王子事件に関する話は一切せず、取調官に対しても、“無理して落とさなくていい”と指示していたと聞いています。実際の取調べでも追及が甘く、Kは“武田なんて男は知らない”“八王子は行ったこともなく知らない”“スーパーの事件なんて知らない”と全否定し続けたといいます」
Kの“犯人性”はなにも武田の供述だけに依拠するものではなかったという。武田とKの交友関係を調べる周辺捜査を実施。その過程でカルロスという違法薬物の密売人を割り出していた。
「武田やKの売人仲間で、中国でも彼らに会っていました。このカルロスから極めて貴重な証言を得ていたのです」
カルロスはこう供述した。
〈ある時、北京の日本料理店で武田やKら数人と食事をした。その際、酒に酔った武田が俺にこう話したんだ。“強盗はガムテープと銃を使う。1人の対象に2人以上かけると、相手は抵抗しない。ただ一度だけ失敗したことがある。八王子のスーパーだ。日本警察は殺してしまえば、どこまでも追いかけてくる”と。するとこの場にいたKが“もういいじゃないですか、社長”と何回も何回も手を差し出して、武田の話を遮ろうとした。武田が“カルロスは警察にタレ込んだりしないよ”と言い返すと、Kの顔が険しくなっていた。構わず武田は続けた。“金土日の売上金がある日曜閉店時を狙った。事前の情報と現場事務所の状況が違って、撃つことになってしまった”。そして武田は自分に“ここだけの話にしてくれよな”と口止めしたんだ〉
“昔、八王子でデカいヤマを踏んだことがある。未解決の事件だ”
実行犯の解明につながる証言も引き出していた。
〈Kから“日本に自分の福建省の中学の先輩で『モトムラ』という男がいる。この面倒を見るてほしい”と頼まれた。それで錦糸町の中国人クラブで何度かモトムラと会っていた。そこには奴の彼女が勤めていたので、その女とも会ったことがある。その後、モトムラから犯罪に使う車の調達を依頼されて、八王子の中古車店に連れて行った。当日、八王子の街中や中古車店ではあたりをキョロキョロうかがって、防犯カメラがないかどうかチェックするなど、明らかに挙動不審だった。八王子の中古車店でモトムラは黒色のマークIIを30万円で購入した(04年4月。捜査で裏付け済み)。警戒が異常だったので、どうしたのか問いただすと、こう答えたんだ。“昔、八王子でデカいヤマを踏んだことがある。未解決の事件だ”と。強盗のことは平気で話すのに、このヤマについてはそれ以上、喋ろうとしなかった。ただ俺はすぐにスーパー強殺のことだと思った。“八王子のヤマ”で“未解決”なら、それしかないでしょう。武田、K、モトムラの話を総合すると、奴らの福建省グループの中に事件の実行犯は必ずいると確信した〉
モトムラの彼女が勤めていた錦糸町の中国人クラブは「パブS」と判明した。
「パブSに潜入捜査を行い、モトムラの彼女に客を装って近づき、協力者にしようと試みました。しかしその女性はすでに退店してしまっていた」
その後もモトムラの彼女を探す捜査を続けたが、あと一歩のところまで迫りながら、錦糸町捜査は中止を余儀なくされた。捜査本部内の身内による捜査妨害が原因だったが、紙幅の関係でここでは割愛する。
“この人ね、八王子のスーパーで人を殺したんだよ”
「私は昨年5月、錦糸町の捜査を再開しました。すると、たまたまSに勤めていたホステス二人と出会いました。そのうちの一人、50歳代のA子と食事をする約束をした。食事の際、私はさりげなく彼女に、“Kという人は知っているか?”とKの名を中国語読みで尋ねてみました。A子は、“どんな漢字を書くの?”と聞き返してきたので、メモ帳に書いて見せた。すると彼女は、“なんだ、K・Rか。知っているよ。私の家の近所だったよ。私と同じくらいの年でしょ。あの子、若くして日本に行ったよ”と答えました。そしてA子は急に私に顔を近づけると、小声で“この人ね、30年くらい前になるけど、八王子のスーパーで人を殺したんだよ”と話し出したのです。私はびっくりして、腰が抜けそうになりました。平静を装って、“その話は誰から聞いたの?”と問うと、A子は私のメモ帳を手に取って、ある名前を書き、“この人はKのいとこで”、続いて女性の名を記しながら、“この人はその奥さん。この女性から聞いたよ。彼女と私は仲良しだから”と答えました。“いつごろ聞いたの?”と聞くと、“私がまだ中国にいる時。私は05年1月に日本に来たから、それよりずっと以前”と。“地元では、有名な話だったのか”と質問を続けると、彼女は“そうだよ”と言ったのです」
武田から情報がもたらされた08年以前に、すでにKの地元の龍田鎮(福建省の省都、福州市に隣接する福清市の田舎町)では、彼が八王子スーパー3人射殺事件に関与していた話が広まっていたのだ。
「私が、“なぜ殺してしまったのか、知ってるか?”と問いただすと、A子は、“情報では、事務所に誰もいないか、誰かいても1人ということだったけど、実際は思った以上に人がいて、パニックになって殺してしまったと聞いているよ”と答えました。この話は、北京で武田がカルロスに語った内容と類似するものでした。そしてA子は、“数年前、Kは飛行機で外国から日本に連れて来られたから、事件は解決したのでは?”と言って不思議そうにしていました」
“遺族と約束したからだよ”
Kと同郷の女性に会えた原氏は彼女に素性を明かし、“一緒に中国に渡航し、龍田鎮を案内してくれないか”と持ちかけた。彼女は“あなたは警察を退職したのに、なぜまだ捜査をするの?”とけげんな顔で聞いてきたという。
「それに対して私は、“遺族と約束したからだよ”と諭すように答えました」
Kの郷里で親族や知人を探し、情報を集めようと思い立った原氏。A子の協力で現地の案内人も手配された原氏は昨年7月9日、中国に飛び、福州長楽国際空港に降り立った。
向かったのはKの実家がある龍田鎮の龍一路。龍田鎮界隈は区画整理がされ整然としていたが、龍一路の一帯だけは舗装されていない凸凹道ばかりで、道沿いには廃墟があるのみ。牛が2〜3頭、目に入るが、人が住んでいる気配はない荒涼とした地だった。Kの家族や親戚は引っ越したものとみられた。
「龍田鎮の路地裏で昼間からポーカーや麻雀に興じる賭場の客たちに対して、Kの顔写真を見せながら聞き込みも行っていきました。だが、残念ながらKを知る人物には行き当たりませんでした」
時がたち過ぎたということだろう。
横浜で違法薬物パーティー
龍田鎮では成果は得られなかったが、日本での交友関係の捜査ではもう一人、重要な人物が浮かんでいた。Kと武田にカルロスを紹介した人物だ。
「その人物は薬物事件で刑務所に長期服役中でした。彼の口から出た名前はC。極めて粗暴な男とのことでした。確かにCとKは非常に仲が良く、横浜の中国人クラブで一緒にヤオトウパーティー(ケタミンなどの違法薬物パーティー)をしていました」
そして原氏は会議室に用意したホワイトボードに3人の名前を書き出した。
〈K モトムラ C〉
おもむろにこう言った。
「この3人が再捜査の必要な重要参考人です。事件を解決する上で、捜査しなければならないグループです」
最後に彼はこう語った。
「捜査が必要な“錦糸町人脈”としてもう一人、キーパーソンとなる女性がいます。所在は確認していますが、八王子署特捜本部が再捜査することを想定して、私はまだ接触していません。この女性は確実にモトムラのことを知っています。また、Cの面倒を見ていた日本人男性の存在も分かっています。特捜本部が解決に向け、本気で再捜査するならば、私は協力を惜しみません」
前編では、09年9月に原氏ら計5人の捜査員が大連に飛び、武田から聴き取った「超重要情報」や、一度はカナダにいるKを日本に連行することができたにもかかわらず、原氏の後任の捜査担当者がナンペイ事件についての供述を得ることに失敗し、カナダに逃げ帰らせてしまった顛末などについて報じている。
「週刊新潮」2026年7月30日・8月6日号 掲載
