ウクライナ戦争でロシア軍兵士として戦った日本人がいる。ドローンが24時間空を飛び交うロシア軍の最前線で、兵士たちはどのように生活しているのか。ロシア軍の特殊部隊「アフマット」に現在も所属している金子大作さんは「排泄物の温度で存在が敵に感知されるため、戦場では工夫が必要だった」という――。(第3回)

※本稿は、金子大作『ロシア軍の日本人兵士 最強の特殊部隊「アフマット」で見た地獄』(講談社)の一部を再編集したものです。

写真=iStock.com/EvgeniyShkolenko
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/EvgeniyShkolenko

■仲間が200人死んでもなにも思わなくなる

僕がいたブリンダッシュは谷間の森にあった。この森は毎日、迫撃砲で攻撃され、倒木ばかりとなり、まともな小道も消え失せた。

周囲に友軍はほとんどいなかった。急斜面を50m以上登り、そこからさらに進んだ場所に国境警備隊のブリンダッシュがあるだけだ。僕のポジションからかなりの距離がある。そんなたった一つの友軍に無線連絡したが、応答が5回連続返ってこない。もしウクライナ兵の夜襲に遭っていれば、僕らは完全に孤立したことになる。アルメニア人と2人で戦うしかない。

だが、強がりでも何でもなく、こうした逆境に慣れてしまってまったく恐怖心を抱かなかった。

ロシアに来てからずっと最前線に送られ、死んだ仲間はゆうに150人、いや200人を超えているかもしれない。一緒に戦った仲間だけでこれほどの人数だ。周囲の友軍も含めれば、さらに激増する。ロシアの通信アプリ「テレグラム」には、二度と既読が付かない仲間たちのトーク履歴が毎日溜まっていった。

仲間の死を知っても、恐怖も悲哀も何も感じなくなっていた。だが、自覚症状がないだけで、精神的には少なからず異常をきたしていたのかもしれない。

ブリンダッシュでいつものように仮眠を取ろうとしたが、なぜだか頭の据わりが悪い。寝床がやたら狭く感じて、どのような体勢になっても窮屈だ。睡眠不足なのに、なかなか眠れない。

■戦場で精神が壊れるロシア兵たち

アフマットでは、PTSD(心的外傷後ストレス障害)になる兵士はほぼいない。PTSDを訴えたのは、僕が所属した1年半でわずか1人だけ。とはいえ、脱走兵は数十人いたから、何らかの精神的な病を抱えた兵士は多かったのかもしれない。

そんなことを考えていたとき、国防省の兵士が幹線道路で銃を乱射した。明らかに正常な状態ではなかった。彼がこちらに銃を向けたら撃ち殺すしかない。僕は銃を構えた。しかし、彼は笑顔でこちらに歩いてきた。意味不明な言葉を発しながら僕に近づいてくる。すると突然、大声で叫んだ。

「あそこにピータラがいる! ピータラがいるんだ!」

「ピータラ」とはウクライナ兵の蔑称だ。何度も、何度も連呼した。酒とマリファナの臭いはしない。精神的におかしくなったのだろう。彼を追い返した5分後、再び怒号が聞こえてきた。通りに出てみると、国防省の兵士らが彼を羽交い締めにして何度も殴打し、そのまま拘束して連行していった。

この1年で同様に連行される兵士を見たのは4度目だ。戦地でおかしくなった奴が異常なのか、それとも凄惨な現場で平然としていられる奴が異常なのか。僕はこんなことを考えていた。

■まともな連携も取れていない前線部隊

無線連絡の応答がなかった国境警備隊の兵士は無事だった。だが、1週間後、彼らのブリンダッシュ付近に敵の戦闘車両2台が夜襲をかけたとの情報が入ってきた。すぐに撤退したようで、何の目的で侵入したのかはわからなかった。国境警備隊の兵士は戦闘することもなく、身を隠してやり過ごしたようだ。

初めて敵の攻撃ヘリもベルゴロドに飛来した。ウクライナ軍が本気でベルゴロドを狙っていたことは間違いない。国境警備隊は夜襲に備えて兵士15人を増員した。だが、増員した事実は国防省とアフマットにはまったく知らされていなかった。

ロシアは日本と同じで組織が縦割りだ。SVOの渦中でも、その弊害が浮き彫りになった。共闘するためのブリーフィング(要点をまとめた情報共有)すら行われないから、チグハグな戦いを続ける。警備隊が夜襲を受けたと僕が知ったのは目撃したからではない。たまたまアフマットの兵士がその場に居合わせたからだ。

アフマット、国防省、警備隊、各々が独自に戦っている。ネット接続ができないベルゴロドの前線では兵士同士が言葉を交わして情報共有するという、前時代的な戦いを強いられていた。前線がどんなに苦境であろうが、別の部隊の支援はいらない。アフマットは孤高の部隊だと再認識させられた。

写真=iStock.com/Tomas Ragina
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■40日間足らずで民家は破壊し尽くされた

しかも僕は、夜戦用の暗視装置も持っていなかった。5月のロシアは月の位置が低く、月明かりが照らす範囲は狭い。僕がいる森のなかでは、あたりは闇と化す。真っ暗闇の中、裸眼で戦うことは不可能だ。

国境警備隊のブリンダッシュに敵の戦闘車両が来たとき、兵士を潜伏させていった可能性もあった。そして深夜0時過ぎ、500m先で襲撃が起きた。真っ暗闇で何もできずに、ブリンダッシュに隠れているしかなかった。敵に見つかれば間違いなく殺されるが、運よくこちらには現れずに難を逃れた。

ウクライナ軍の猛攻は収まる気配がなかった。わずか40日間足らずで、見通しの良い道路の両側に連なった民家を、迫撃砲やミサイル、カミカゼ、バーバ・ヤーガによって破壊し尽くした。まともに建っている民家はなかった。死傷者も相次ぎ、15人が一度に死傷したこともあった。

僕らの部隊で残る兵士は、アフマット5人と国防省10人、そして国境警備隊の兵士たちだ。死傷者があまりにも多いから、無線報告も1時間に1度から30分に1度に変更された。これでは仮眠すらまともに取れない。さらに過酷な環境下に陥ったのだ。

経験豊富な兵士がおらず、アルメニア人とも連携が取れない現状を踏まえると、僕一人で戦うしかなかった。

写真=iStock.com/Sofiia Potanina
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■40日間の移動で6人が殺された

40日間を僕は最前線で過ごした。5月9日は第二次世界大戦時のドイツに対する「戦勝記念日」である。プーチン大統領は前日の8日から3日間の停戦を表明したが、ウクライナ軍は応じなかった。

5月7日の夜11時半からバーバ・ヤーガが飛び回り、日付を越えた深夜0時半、普段通りに敵軍は攻めてきた。だが、9日の戦勝記念日を迎えると、無線で突然「村に戻れ」との指令が下った。

アフマットの拠点があるクルスクの村だ。相棒のアルメニア人には帰還命令はなく、僕だけへの通達だった。村に戻れば、脅威はバーバ・ヤーガの爆撃とカミカゼのみ。最前線の暮らしに比べれば天国のようなものだ。

危険なのは村まで帰る道中である。車両に乗っている間の道のりは常に攻撃に晒される。国防省とアフマットを合わせて、この道中だけで40日間に6人が亡くなっていた。負傷者はその倍だ。

戻る準備をしているときも、隣のアルメニア人はため息ばかり漏らしていた。僕の代わりに来る兵士が新兵だった場合、彼が先頭に立って戦うほかないからだ。

ベルゴロドで過ごした40日間は、精神的にも肉体的にも限界に近かった。前線で見たことについての僕の意見は、アフマット全体ではなく、あくまで僕が所属した中隊について述べたものだ。さまざまな意味で、ベルゴロドでの戦闘は特異だったと言わざるを得ない。

■命がけの「ペットボトル排泄」

人間は必ず排泄する。それは戦地であっても同じだ。現代戦はドローンの赤外線カメラで四六時中、敵軍から監視されているため、気温の低い夏場の夜や冬に野外で排泄はできない。排泄物の温度で感知され、人間の存在が明らかになってしまうからだ。

ではどうやって用を足すのか。仲間たちがいるブリンダッシュのなかで排泄をしている。ペットボトル上部の細くなった部分をカットして、そこに肛門を密着させて大便をするのだ。

写真=iStock.com/Caroline Diaz
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ちなみに、一緒に小便を出すのは御法度である。ブリンダッシュを汚してしまうからだ。大便だけを出した後、拭き取ったティッシュを便の上に載せてそこに小便をする。ティッシュは跳ね防止の役割も果たす。これが兵士の排泄行為のルールである。

ただ、悪臭を放つ排泄ボトルをブリンダッシュのなかには置いておけない。そこで、ボトルに穴を開けて紐を通し、鞄のストラップのような状態を作る。そのストラップを持って、排泄ボトルをブンブンと振り回すのだ。ふざけているのではない。野外に向かって遠投をするために、全力で振り回す。遠心力を上手く使わないと理想的なアーチを描けない。

なるべく遠くに飛ばす必要があるから、目一杯振り回す。この動作を誤ると、中の排泄物をブリンダッシュにブチまけ、仲間との対立を招く恐れすらある。非常に繊細な技術がいるのだ。

こうして僕らはドローンから逃れていた。

■“死臭”に耐えられず新兵は必ず嘔吐する

前線ではブリンダッシュを造り、そこに兵士は仲間数人と身を隠す。戦地で戦うのは敵だけに限らない。

何週間もシャワーが浴びられず、汗と汚れで真っ黒になった軍服を基地に戻るまで着続けなければならない。僕は今ではどんな死体を見ようが何の感情も湧いてこないが、仲間の汗臭さと周囲に転がる死体の異臭で、新兵は決まって嘔吐する。

さらに、臭いは蚊と蠅を呼び寄せる。蚊と蠅の音で睡眠を邪魔されるだけでなく、見たこともない虫やネズミに噛まれて体中が痛痒くなる。ネズミ捕りのトリモチを仕掛けると、一度に20匹が引っかかったこともあった。

夏場だと食べ物はすぐに腐り、腐った食べ物にウジがわく。缶詰なら大丈夫だろうと思うかもしれないが、腐らない代わりに重くて持ち運びが困難だ。お湯を注ぐ食品は軽いが、お湯を沸かすには火がいる。前線では火の熱と光は敵に発見されやすく、命取りになる。

戦地では食料と水が頻繁に尽きる。いつも喉が渇き、いつも空腹だ。雨が降れば喉を潤せるが全身はずぶ濡れだ。着替えがないから乾くまで我慢するしかない。不快さに加え、朝と夜の冷えとも戦う。そして秋を飛び越していきなり冬になる。極端に気候が変わって、痛いほどの寒さだ。

■氷点下20度でもニット帽は被れない

ビタミン不足で兵士は病気になりやすい。水のボトルはみんなで回し飲みするので、風邪はすぐに蔓延する。

日本で一度もコロナに罹患しなかった僕が、戦地で4回もコロナに罹った。高熱でうなされ、体中の関節が痛い。息苦しさを感じて味覚もなくなった。だが、病気になっても戦いは終わらない。熱があるからと戦わずして殺されることを選ぶか、銃を握って戦うか。戦場では体調が優れているときなどない。

金子大作『ロシア軍の日本人兵士 最強の特殊部隊「アフマット」で見た地獄』(講談社)

氷点下20度まで気温が下がる冬場は、耳がちぎれそうな痛さを我慢して戦っている。ニットで耳を塞ぐと迫撃砲弾の飛来音やドローンの飛行音を拾えない。足のつま先の感覚もない。この季節の雪や雨は地獄だ。服や靴、靴下が濡れて、乾き切るまで3〜4日は掛かる。

冬場は森の木々の葉が散り、ドローンから丸見えになってカミカゼが兵士に向かって森に突っ込んでくる。雪が積もれば行軍速度も著しく低下する。敵には足跡を追われ、雪のせいで腰も下ろせない。

そして、戦闘が始まると、今度は極限の緊張状態が体温を上げる。防寒着のなかのインナーが汗で濡れて、動きを止めるとそれが凍り始める。解決法は、ロンTとアウターのみを着用することだ。極寒に耐えられる体質に自分自身を変えるしかない。

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金子 大作(かねこ・だいさく)
ロシア軍特殊部隊「アフマット」所属
1975年、大阪府生まれ。20代で大阪府内に板金塗装会社を設立。2000年代初頭の「VIPカーブーム」に乗り財を成した。2023年8月にロシアへ渡り、外国人傭兵部隊「ピャトナシュカ旅団」に狙撃兵として採用。現在は特殊部隊「アフマット」に所属する。アウディーイウカ、ルガンスク、クルスクなど激戦地での戦闘を経験。2026年5月現在は、ベルゴロドで戦う。著書に、『ロシア軍の日本人兵士 最強の特殊部隊「アフマット」で見た地獄』(講談社)がある。
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(ロシア軍特殊部隊「アフマット」所属 金子 大作)