治安戦略アナリストの小比類巻文隆氏が、YouTubeチャンネル「元警視庁刑事・小比類巻文隆【最後の取調室】」にて、『【未解決・三億円事件】元警視庁刑事が考察する半世紀の謎』と題した動画を公開した。動画では、日本の犯罪史上最も有名な未解決事件の1つである「三億円事件」について、伝説の刑事・平塚八兵衛の捜査方針が事件を迷宮入りさせた可能性について考察している。

小比類巻氏はまず、1968年12月10日に発生した三億円事件の概要を解説する。偽の白バイ隊員が「ダイナマイトが仕掛けられている」と銀行員を騙し、約3億円を積んだ現金輸送車ごと奪い去ったこの事件は、暴力を使わず警察の威信を悪用した巧妙な「窃盗事件」であったと説明した。

現場には偽造白バイなど62点に及ぶ遺留品が残され、延べ17万人以上の捜査員が投入されたが、犯人逮捕には至らなかった。小比類巻氏は、数々の難事件を解決してきた名刑事・平塚八兵衛が、事件発生の約4カ月後に特別捜査本部へ加わったことに触れ、彼の捜査方針に焦点を当てる。

平塚は、事件前に公開された有名なモンタージュ写真について、目撃者の記憶があやふやだとして「犯人に似ていない」と結論づけた。さらに、事件直後から有力容疑者とされていた現職白バイ隊員の息子である「少年S」について、単独犯と仮定した場合のアリバイを理由に「シロ」と断定した。しかし、少年Sは事件から5日後に自ら命を絶っており、十分な事情聴取ができなくなってしまった。

小比類巻氏は、作家の松本清張が平塚の単独犯説に異論を唱えていたエピソードを紹介し、平塚が複数犯の可能性を排除したことが捜査を狭めたと指摘。モンタージュ写真の公開や単独犯説への過度なこだわりが、警察全体を確証バイアスに陥らせたのではないかと分析した。

小比類巻氏は、三億円事件が未解決に終わった背景には、名刑事の強い信念や単独犯説へのこだわりが、皮肉にも捜査の迷走を招いた可能性があると結論付けた。半世紀以上が経過した今もなお語り継がれる未解決事件の裏側から、捜査における思い込みの危うさや、多角的な視点の必要性が紐解かれている。

チャンネル情報

元警視庁刑事・国際捜査官。1993~2023年警視庁。爆弾処理班配属後、警視庁中国語通訳を経て国際捜査官に。以降、国内外の銃器・薬物犯罪の情報収集、秘匿捜査に従事する。ほか殺人、強盗、誘拐事件などあらゆる捜査に参加。退官後、30年に及ぶ警察人生の知見を世の中へ貢献すべく治安戦略アナリストとして活動中。