【川粼 真規】今後は「74歳までが現役世代」になる? 高市政権下で見直し進む「社会保障改革」日本人の老後設計は激変する
70歳でも現役世代と同様に週5日働き、年金に加えて株式などの収入もある人がいます。一方で、65歳でリタイアし、年金のみで暮らす人もいます。この二人は制度上はどちらも同じ「高齢者」として扱われていますが、果たして「高齢者」とはいったい誰を指すのでしょうか。
2025年10月に自民・維新両党が交わした連立政権合意書には、現役世代の保険料率上昇を止めることを狙いとした、社会保障に関する13の施策が盛り込まれました。
合意書の根底にあるのは、強い危機感です。社会保障関係費が増えており、その負担が現役世代に重くのしかかっている。たとえば年収350万円の単身者が払う社会保険料は年間およそ50万円にのぼります。一方でその保険料は、親や祖父母の世代を支えてもいます。
後期高齢者の医療費のうち、医療を受けた方の窓口負担分を除いた費用の約4割は、現役世代が納めた保険料で賄われているのです。だからこそ合意書は、現役世代の保険料率の上昇を止めることを大きな狙いに据えました。
前編では、このうち私たちの家計に直結する「応能負担」を取り上げました。後編では、もう一つの柱である「高齢者の定義見直し」についてみていきます。
前編記事『現役並み所得の高齢者は原則「医療費3割」負担へ…高市政権下で進む「社会保障改革」の本質を読み解く』より続く。
「高齢者」の年齢定義が動くと、人生の節目が動く
もう一つが、高齢者の定義の見直しです。合意書の表現は「年齢にかかわらず働き続けることが可能な社会を実現するための『高齢者』の定義見直し」というものです。
これまで、「65歳以上=高齢者」という線引きがなされてきました。一方で、日本老年学会と日本老年医学会は、この10〜20年で高齢者の心身が5〜10歳ほど若返ったとして、高齢者を「75歳以上」、65〜74歳を「准高齢者」とする提言を、2017年にしています。
厚生労働省の意識調査でも、自分を高齢者だと考える年齢は「70歳以上」「75歳以上」が多数を占め、「65歳以上」と答えた人はごくわずかでした。制度上の線引きと、私たちの生活実感とのあいだには、すでにずれが生じているのです。
この年齢定義の「線」が動く意味は、小さくありません。医療保険では、74歳までの「前期高齢者」と75歳からの「後期高齢者」とで加入する制度が変わり、年金の受け取りも、60歳から75歳までの幅で選べます。
すでに2025年の年金制度改正では、在職老齢年金制度が設けられ、働いても年金が削られにくくなる方向へと動きました。「高齢者だから引退する」という状況から、「働ける人は働く」社会へと、制度の土台が移りつつあります。
「74歳までが現役世代」として働きつづける可能性も
これが私たちの生活にどう影響するのでしょうか。これはあくまでも私の想定ですが、たとえば、企業の定年や継続雇用の年齢基準がさらに引き上げられ、「65歳で完全にリタイアし、年金生活に入る」というかつての標準的なライフプランは大きく変わるでしょう。「70歳や75歳まで何らかの形で働き続ける」ことを前提に、若いうちからキャリアや資産形成を見直す必要もさらに出てくるでしょう。
また、身近なところでは、公共交通機関やレジャー施設、行政サービスなどの「シニア向け優待」の対象年齢が徐々に後ろ倒しになるなど、日々の生活の細部でも変化を今後少しずつ感じることになるはずです。
注意したいのは、この高齢者の年齢定義は、1年で抜本的に変えるものではなく、社会的な影響も踏まえて、徐々に変えていくものになるであろうという点です。これは、定義の見直しが「支える側」の線引きにも直結するなど影響がさまざま生じる可能性があり、たとえば、高齢者の範囲が狭まれば、これまで「支えられる側」とされてきた人たちの一部は、「働き、負担する側」へと位置づけられます。
より具体的に言えば、65歳から74歳までの層が現役世代に近い扱いとなれば、働き手として所得税や住民税を継続して納める期間が長くなります。さらに、健康保険や介護保険においても、現役世代と同水準の保険料負担が求められる可能性があります。
これまで20〜64歳の現役世代だけに集中していた社会保障の重荷を、元気なシニア層も一緒に肩代わりする構造に変わるため、国全体の制度の持続可能性は高まります。その一方で、当事者からすれば、各種控除が減り、手取り収入や家計のやりくりに直接響くシビアな変化でもあるため、納得感のある丁寧な議論が求められます。
生活者は、何を「備える」べきか
では、私たち一人ひとりは、この変化に何を備えればよいのでしょうか。
第一に、「年齢が自分を守ってくれる」という状況ではないことを認識し、70歳でも75歳でも、現役並みの収入や資産があれば現役並みの負担を求められます。退職後の家計は、「何歳になれば軽くなる」ではなく、「金融所得などでの収入があれば、それも加味して応分に負担する」ことになる点を想定して、設計しておく必要があります。
そして第二に、最大の備えは「健康」です。医療や介護のお世話になる時期を一年でも先送りできれば、それがそのまま家計の防衛になります。ただ、公的皆保険制度下の日本においては、健康を個人まかせにせず、企業・職場をとおした職域によるアプローチが求められるでしょう。
たとえば、40-50代の働いている方が、就業時間内に運動・食事・睡眠・マインドフルネスなどに時間を使える職場環境づくりや、従業員とその家族が健康的な行動を継続して行えるようにする健康保険組合の取組みがさらに求められると考えます。
制度の線引きを決めるのは、政治です。けれども、その新しい線の上で自分がどう生き、どう備えるかを設計するのは、私たち自身にほかなりません。年齢に頼って受け身でいるのではなく、働き方・資産・健康を、自分の手で整えていく。連立合意書が描く一連の見直しは、その入り口に、私たちを静かに立たせているのです。
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