ふたりにしかわからない「何か」があるのだろうが…妻の本心は

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【前後編の後編/前編を読む】母の悲惨な再婚を見て育ち「僕の恋愛観はブレブレです」 “天女”、職場恋愛、アブない愛人を渡り歩いて

 岸谷匡志さん(55歳・仮名=以下同)は、10歳で父を病気で亡くし、再婚した母も継父との生活に我慢を重ねたのち、匡志さんが15歳のときに命を絶った。叔父一家の明るさに救われつつも、家族観や結婚観はなかなか定まらなかった。人妻との関係、大学時代のジャズバーで見た濃い人間模様、「愛人」と噂された年上女性への恋……短い恋を重ねながらも、「結婚」というものには踏み込めないまま、匡志さんは社会へ出ていった。

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 当時はバブル崩壊後の就職氷河期に入ったばかり。留年したために、匡志さんにとってはさらに条件が悪くなっていた。

ふたりにしかわからない「何か」があるのだろうが…妻の本心は

「結局、オーナーからの紹介をたどって、エンタメ関係の小さなイベント会社に入りました。給料は安かったけど、机にしがみついて仕事ができるとも思えなかったし、いずれは企画を考えて自分でイベントを作れたらおもしろいなと思って」

“ブラック”会社で見つけた居場所

 今思えばブラックな会社だった。残業、徹夜は当たり前。それでも彼は「なんだか楽しかった」という。向いていたのだろう。

「入社して3年目に、ようやく小さなイベントの企画が通ったんです。ジャズのイベントだったから、バイトでお世話になった店にも相談して巻き込んで……。誰も損しないでなんとかやり通せたのがうれしかった」

 同じ会社の2年先輩にあたる女性とつきあうようになった。どうやら彼は、身近なところで女性とつきあうことが多いようだ。

「言われてみればそうですね。僕、ナンパとか合コンとかしたことがないんですよ。どこに行っても素敵な女性はいるものだと思っていた。見ていて素敵だなと思うとつきあいたくなる。そういうことなのかもしれない。今まで、自分の恋愛傾向なんて考えたこともなかったけど」

 なにやら楽しそうな彼を見ていると、妙にいい人に見えてくる。人懐こいところがあるのだ。見ようによっては「人たらし」かもしれない。

 だが、長続きしないのも彼の特徴である。その先輩とは2年弱で別れた。彼女は転職していき、彼は会社に残った。長続きしないのは、自分が人に執着しないからだろうと彼は分析している。

「とりあえず生きていればいい。両親が早くにいなくなったから、生きてさえいれば、いつかまた会えるかもしれないと思っちゃう。世の中すべて、自分の思い通りになんていかないし、特に人の気持ちを変えるなんてできない。先輩が転職してもつきあっていたかったけど、彼女が新たな人生を送りたいというから、それじゃしょうがない、またねと別れたんです。楽しい思い出だけを残したほうがいいから」

 それを刹那的というべきか、彼の来し方を考えればやむを得ないというべきか。

「結婚って何なのか」

 30歳のときに同業他社に転職したが、相変わらず恋をしたり破れたりしながら生きてきた。結婚というものには踏み込めなかったそうだ。

「結婚を恐れていたのか、家庭を作るのが怖かったのか自分でもわからないんですが、結婚には縁がないとずっと思い込んでいました。叔父には、怖がらずに結婚してみればいい、ダメなら離婚すればいいんだからさと言われたけど、そう簡単にはいきませんでしたね。そもそも結婚って何なのか。人と一緒に人生を歩いていくなんてできそうにないし、長い期間、同じ家に誰かがいるわけでしょ。それがそもそも慣れてないことだし」

 常に誰かを慮り、気遣って生きるなどということができるはずもないと彼は言った。お互いに思いやりをもって共同生活を送るというイメージも現実的ではなかった。

「高校時代の寮生活から、僕はほぼひとりで暮らしてきた。女性の家に転がり込んだこともあるけど、それはあくまで一時的なもの。生活をともにするという感覚がわからないんですよ。ドラマのように、誰かが僕のために料理をしてくれたり、あるいは僕の給料を誰かが使ったりするのがよくわからなかった。ルームシェアみたいな状況ならと想像したこともあったけど、それなら結婚する必要もないですしね」

 気づいたら40歳になっていたが、彼の生活は変わらなかった。仕事が中心、学生時代にバイトをしていたジャズバーにときおり顔を出した。転職して落ち着いたころから、趣味の範疇で自分でもサックスを吹くようになっていた。楽器は楽しいですよねと彼は笑った。

45歳の「交際0日婚」

 そんな彼が45歳のときにいきなり結婚した。相手は10歳年下で、交際0日だという。

「例のジャズバーで、1回だけサックスを吹かせてもらったことがあるんです。その日はライブがなかったのと悪天候だったためお客さんが少なくて顔見知りばかり。サックスを習ってるなんてほとんど人には言ってなかったんですが、オーナーが『吹いてみれば』と言ってくれて。本当に申し訳ないと思いつつ、お客さんたちに1杯おごって聴いてもらいました」

 いつか人に聴かせたいと思っていた曲を吹いた。可もなく不可もないような演奏だったが、席に戻ると、顔見知りの朋香さんという女性がやってきた。

「お疲れさまと1杯奢ってくれたんですよ。『すごくよかった』とも言ってくれた。お世辞であってもうれしかった。オーナーやお客さんとも話し込んで、その日は珍しく酔い潰れるくらい飲みました。気づいたら、彼女の部屋にいたんです。いい年してなにをやってるんだろうと思いましたよ」

 まだ夜は明けていなかった。彼女と一緒にベッドに寝ていたが、何かした記憶はない。彼自身も上着を脱いだだけで寝ていた。そのまま帰ろうとすると彼女が目を覚ました。

「『帰るの? ここから会社に行けば?』と言われました。彼女は寝ていなかったのかもしれない。僕はその日、代休をとっていました。そう言うと彼女は『私も今日は休みなの』と。週末が休みではない仕事だからって。じゃあ、もう少し寝ようかと言っているうちにまあ、あれやこれやと……」

 関係をもってしまった。「私はピルを飲んでいる」という彼女の言葉を信じた。それに彼自身、自分に子どもができるとは考えてもいなかった。ところが数週間後、彼女から妊娠したと言われた。

「びっくりしました。それが僕の45歳の誕生日だったんです。実は、父も母も45歳で亡くなっている。僕にとって、45歳という年齢は何か意味があるのではないかと思いました。親と同い年になった、親より生き延びられる可能性が高まった。だとしたら生き方を変えるのもありかもしれない。そう思って結婚しようと言ったんです」

 例のジャズバーでは常連さんたちがお祝いしてくれた。人にそんなに祝ってもらうのは初めての経験だった。

「朋香はバツイチでしたが、僕はそんなことは気にしてなかった。彼女には共同生活が怖いと正直に話しました。だったら今のままでいいじゃないと彼女が言った。ただ、子どもが生まれたら近くにいないと不便だからと、僕が彼女の部屋の近くに越しました」

近くに住む妻と娘

 仕事で帰宅が深夜になるときは、彼女の部屋には行かない。ただ、連絡だけは密にとった。幸い、出産時には妻の手を握っていることができた。「怖いからほとんど見ていませんでしたが」と彼は照れたように言った。

 それでも彼は、結局のところ変わらなかった。あれほど感動したのに、娘が産まれて半年後には別の女性と関係をもってしまった。

「仕事で知り合った女性なんですが、お互いに私生活は知らなくて。関係をもったあと、彼女に『結婚してるの?』と聞かれて、してると答えたら、『先に言ってよ』と怒られました。婚姻届を出しているかどうかだけで、僕の評価が変わるのかと聞いたら、『不倫なんてしたくないのよ。奥さんが私に慰謝料請求することだってできるのよ』と言われて、そういうものかとちょっと驚いた。世間知らずでした。ちょっと勉強しましたが、人の心を縛ることなんてできないのに、結婚したら恋しちゃいけないなんて変な話ですよね。まあ、秩序を保つという意味では一夫一婦制がいいんでしょうけど」

 ただ、とにかく子どもはかわいかった。娘がしたいということはなんでもさせたかったし、娘のためなら何でもできると思っていた。

それでも浮気は…

 それなのに「浮気」はやまなかった。朋香さんもずっと仕事を続けており、彼女の母親が手伝ってくれることも多かったから、匡志さんはよく妻と娘と義母を外食に連れだした。みんなで遊園地に行ったり旅行をしたりもしている。

「朋香は、いつもおかあさんを大事にしてくれてありがとうと言ってくれた。あなたの母は僕の母も同然だよと言いました。本当にそう思っていたから」

 同居してずっと一緒にいるわけではないからか、妻に浮気がバレたことはなかったが、2年前にとうとうバレた。相手の女性がなぜか朋香さんのことを嗅ぎつけて職場を訪ねたのだ。

「朋香は怒りを前面には出さず、『えーっと、私も浮気していいってことだよね』って。いきなりそういう角度から来るとは思わなかったから、『理屈ではそうなるけど。僕がいちばん愛しているのはあなただよ。最高のパートナーだと思ってる』と言いました。それは本音です。そうしたら朋香は、ずるいと言って泣きました。朋香が泣いたのは初めて見たから、うろたえてしまった」

娘の「パパ、浮気してるの?」で気づいたこと

 その後、8歳の娘が「パパ、浮気してるの?」と言ったときは面食らった。さすがに子どもを巻き込むのはよくないと妻に伝えたが、「わかっていて言ってるわけではなくて、テレビで聞いたことをそのまま言っただけ。タイミングが合っただけ」と言われた。

「世間の価値観もわかっていないといけないなと、そのとき改めて思いました。子どもをもつということは、そういうことなのだと」

「上司と寝ちゃった」と告げた妻

 ある日、朋香さんがさりげなく言った。「上司と寝ちゃった」と。そういうこともあるかと納得しながら、だが匡志さんは心が乱れた。

「でも朋香は『恋愛じゃないの。上司の転勤が決まって、1度くらいしてみたかったから自分から迫ってみただけ』って。驚きません? そんなことができるんだと、なんだか朋香を見直したというか、すごいことするなというか。恋愛じゃないからこそ潔いとも言えるなあと。『あなたみたいにコソコソしたくなかったから言うけど。私の体と性を管理しているのは私自身だから。不快だったらごめんね』って、あっけらかんと言ったんですよ。それが彼女の復讐なのかもしれないけど、僕はむしろ感動すらした。そう言ったら『あなたはやっぱり変わり者だわ』と呆れられました」

惚れ直した先に残る不安

 ふたりの関係は、その後も変わっていない。匡志さんが朋香さんのところに泊まることもあるし、男女関係もある。

「不倫というものを朋香がどう思っているかわかりませんが、僕としてはこの先も彼女にそういうことがあっても不思議はないと感じています。嫉妬はないけど、僕自身が彼女に飽きられないようにしないといけないとは思ってる。まあ、彼女が僕よりずっとぶっ飛んだ感覚をもっていることがわかって、よかったような悪かったような……という気持ちはありますが」

 なぜか目覚めたように朋香さんに惚れ直したと匡志さんは言う。一般常識からはかけ離れているが、ふたりにしかわからない「何か」があるのだろう。ただ、朋香さんが本心ではどう思っているのかがなかなか見えてこないと、少し不安そうだった。

 彼は話している最中、1度も「妻が」とは言わなかった。常に朋香さんを名前で呼ぶか「彼女」という言い方をした。そこに彼の女性観が表れているのかもしれない。

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 妻への思いを深めながらも、匡志さんはなお「結婚とは何か」を考え続けている。記事前編では、10歳で父、15歳で母を失った匡志さんが、数々の出会いを経て、結婚観を定められないまま大人になっていく過程を紹介している。

亀山早苗(かめやま・さなえ)
フリーライター。男女関係、特に不倫について20年以上取材を続け、『不倫の恋で苦しむ男たち』『夫の不倫で苦しむ妻たち』『人はなぜ不倫をするのか』『復讐手帖─愛が狂気に変わるとき─』など著書多数。

デイリー新潮編集部