「無理してたんだね…」年金月16万円・退職金1,700万円、地方移住した父の家で娘が見た現実
「田舎で静かに暮らしたい」「生活費を抑えたい」――退職後の生活設計として、地方移住を選ぶ高齢者は少なくありません。しかし、いざ移住してみると「思っていた生活イメージ」と“現実”とのズレに直面するケースもあります。退職後の生活設計と地方移住の両立には“想定外の壁”があるようです。
移住後に思い描いていた“スローライフ”と現実
「お父さん、無理してたんだね…」
埼玉県内のマンションで暮らす会社員の川崎由美さん(仮名・49歳)は、年末に久しぶりに父の家を訪れ、そうつぶやきました。84歳の父・雄二さん(仮名)は2年前、都市部の賃貸住宅を売却して、故郷の山間部にある古い家に移住していました。
雄二さんは定年まで都内の中堅企業で技術者として働き、退職時には約1,700万円の退職金を受け取りました。加えて月々の公的年金は約16万円。一般的にこの水準であれば、地方であれば生活できるとされるケースもあります。
「最初は、畑で野菜を作ったり、釣りに行ったりしてね、『いい暮らしができそうだ』って言っていたんです。でも、だんだん疲れが見えるようになって…」
雄二さんが思い描いていた“スローライフ”は、現実には、近所付き合いや寒暖差、交通の不便さなど、日常の小さなストレスが積み重なる生活でした。
「年金と退職金があれば十分、と思っていたんです。でも、車は必需品だし、雪が降れば庭木の雪下ろしも自分でやらなきゃいけない。医療機関まで片道30分は当たり前で、タクシー代がバカにならないんですよ…」
「こっちの方が物価が安いと思っていたけど、都市部と変わらない支出がかさむんです。医療費、光熱費、交通費…合計すると年金だけではとても足りない。退職金を取り崩して補填しても、これがずっと続くと思うと不安で…」
由美さんは父にこう問いかけたことがあります。
「お父さん、本当にここでいいと思ってる?」
しかし雄二さんは、どこかうつむき加減に笑うだけでした。
退職金や年金があれば、老後は何とかなる。そう思っていた人ほど、実際の生活とのギャップに戸惑うことがあります。
「老後は田舎でゆっくり、なんて簡単に言えない」ワケ
また、地方の暮らしには「医療や介護へのアクセスの不便さ」という現実もあります。大都市部では病院や在宅医療のネットワークが比較的整備されている一方で、過疎地域では高齢者が医療機関にたどり着くまでに10キロ以上移動しなければならないケースも珍しくありません。こうした地域差は、日常的な通院や診察の頻度に影響し、意外な負担につながることがあります。
由美さんが父・雄二さんの暮らしに違和感を覚えたのは、体力的な疲れだけが理由ではありません。
「最初のころは電話でも元気そうだったんです。でも、ここ最近は、声が急に小さくなっていて…。なんだか“しんどい”って言っているように聞こえました」
高齢者の社会的孤立が健康に影響するという指摘は多く、内閣府『孤独・孤立対策の重点計画(令和4年度)』でも、人とのつながりが希薄になることで精神的な不調をきたすリスクがあるとされています。特に高齢の単身世帯では、外出の機会や人との会話が減ることによって、うつ傾向や認知機能の低下につながる可能性もあります。
「もっと早く来ていれば、違ったかもしれないですね」
年金や退職金の金額だけで老後の安心が決まるわけではありません。移住先の医療や介護サービスへのアクセス、人とのつながり、地域との距離感――そうした要素も含めて見通しておく必要があります。
「老後は田舎でゆっくり、なんて簡単に言えないですね。お金があっても、支えてくれる人やサービスがなければ、安心して暮らせないと思います」
