肉も酒も食べていい、ただしこれだけはNG…「ダイエット」の語源にもなった92kg男性が1年で21kg落とした方法
※本稿は、イェンヌ・ダムベリ『脂肪と人類』(新潮選書)の一部を再編集したものです。

■靴紐も結べない92kgの巨漢
ロンドンの医師・ウィリアム・ハーヴィの診療所に、葬儀会社を経営するウィリアム・バンティングという男が足を踏み入れた。いや踏み入れたというと不正確で、足を引きずって入ってきた、とするほうがバンティング自身が感じていた現実に近い。

30歳を過ぎた頃からバンティングは肥満に苦しんできた。心底苦しんでいたのだ。彼が「邪悪」と呼んだ余分な体重は執拗な敵だった。今では65歳になり、順調な家族経営の会社で社長の座を退いたところだった。
19世紀から20世紀にかけては王室御用達の葬儀会社だったのが、バンティングの天才的なひらめきで事業を一般に広げて成功した。悲しくも豪華な行事を好む人々の役に立つビジネスだ。しかし次は自分の番ではないかと危惧していた。
バンティングは身長165センチながら体重が92キロにも及んでいた。ここまで太ると靴紐も結べず、階段では膝に負担がかからないように後ろ向きに降りるしかなかった。眠りも浅く、動悸と息切れがする。聴力もどんどん悪くなり、それでハーヴィの診療所を訪れたのだった。
「あなたは太り過ぎです」
ハーヴィはそう告げた。
「脂肪が片方の外耳道を圧迫している。体重を減らさないと」
■イギリス人医師が渡したメニュー表
バンティングが太り過ぎだと言われたのは初めてではなかった──今までにも同じことを言われ、数えきれないほどのアドバイスに従ってきた。冷たい風呂にも熱い風呂にも入ったし、何時間も乗馬をして、何キロもボートを漕いで、食べる量も減らし、カリウムを飲み、各地の保養地に滞在した。しかしどれも役に立たなかった。唯一の変化は体重がさらに増えたことくらいで。
しかしハーヴィはバンティングを納得させることができた。自分が飼っていた馬の話をしたのだ。その馬はとても太っていて「馬の大腹病」だと診断されたが、それがどういう病気であれ診断は間違っていた。単に食べている餌が悪かったのだ。
干し草ではなく穀物を食べていた。バンティングの健康問題を解決するにはその馬と同じように考えなければいけない。穀物その他の炭水化物を避ければウエストのサイズを制御できるようになる。ハーヴィはメニューを書いて渡した。
9時に朝食:120〜150グラムの牛肉、仔羊肉、腎臓、茹でた魚、ベーコンあるいはハム(豚肉や仔牛肉は避ける)、ミルクなしの紅茶またはコーヒー1杯、ビスケットあるいはトースト1枚。
14時に昼食:150〜180グラムの魚(サーモン、ニシン、ウナギ以外)あるいは肉(豚肉や仔牛肉以外)、野菜(ジャガイモ、パースニップ、ビーツ、カブ、ニンジン以外)、無糖のフルーツのコンポート、トースト1枚、赤ワインまたはシェリー酒2〜3杯。
18時に軽食:茹でたフルーツ100グラム、ビスケット2〜3枚、ミルクや砂糖を入れない紅茶。
21時に夕食:昼食と同じ種類の肉または魚を90〜120グラム、必要なら寝酒としてジンのグロッグ、ウイスキー、ブランデーまたは赤ワインを1〜2杯。
炭水化物が少なく、たんぱく質と脂肪が豊富な食事だった。アルコールを断つわけでもなく、経済的に豊かな人間向けのメニューだ。
■1年で21kg痩せた男性は「ダイエット」の語源に
その結果バンティングは12カ月で21キロ痩せ、1863年にはこの食事法を小冊子『市民に宛てた肥満についての書簡』にまとめて無料で配布した。その冒頭で、バンティングは“人間を襲うあらゆる寄生虫の中で最もストレスの強いのが肥満だ”と評している。
小冊子は版を重ね、間もなくバンティング(Banting)の名にちなんでbantという動詞までできた。英語からはそのうちに消えてしまったが、スウェーデン語では今でもダイエットすることをbantaと言う。

バンティングのメニューは21世紀に流行した低炭水化物ダイエットとそれほど違わない。同じ考えの人は他にもいて、ドイツの医師ヴィルヘルム・エプシュタインも1882年の著書『肥満と生理学的法則に基づく治療について』の中で、フォアグラのパテなど“太った美食家をくすぐるような”ある種の脂肪分は許可してよいとしている。“肉に関してはいかなる肉も禁止しない。肉の脂肪も避けるのではなくむしろ摂るべき”、その代わりに“炭水化物、砂糖、あらゆる種類の甘いものは制限する”。
肉や魚といったたんぱく質に重きを置いただけでなく、ワインも奨励されている。これは階級と性別を反映した食生活だと民族学者のフレドリック・ニルソンが『脂肪のクッション 肥満、男らしさ、階級の文化史』に書いている。
■「肥満」は何よりも仕事に就きにくい
肥満の人は他のどんなカテゴリーの人よりも差別されるという結果が複数の調査で出ている。2012年にはウプサラ大学と労働市場・教育政策評価研究所の研究チームが「仕事を得るために最適なプロフィールとは? 採用過程における実験的研究」という報告書を発表し、採用に最もネガティブな影響を与える要因は肥満であることを示した。
研究には民間企業および公的機関426カ所の採用担当者が参加し、その履歴書の人物を面接に呼ぶかどうか、そして架空の人物2人のどちらを雇うかに答えてもらった。採用担当者に知らされたのは架空の応募者の出生国、宗教、家族、体重、過去に疾病休暇を取得しているかといった情報だった。
面接に呼ばれる確率は55歳以上の人は30歳未満の人より64ポイント低く、非ヨーロッパ出身者は仕事に就ける可能性が28ポイント、イスラム教徒だと30ポイント低かった。最も苦労するのは非常に肥満という設定の人たちで、彼らは普通の体重の人に比べて仕事を得られる確率が83ポイントも低かった。
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イェンヌ・ダムベリジャーナリスト・作家
スウェーデンの主要朝刊紙に寄稿。デビュー作の『いただきます! 新しい定番料理の知られざる歴史』がスウェーデン食事アカデミーの「食にまつわるエッセイ」の部で最優秀賞を受賞したほか、食文化関係の著書多数。
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(ジャーナリスト・作家 イェンヌ・ダムベリ)
