トップ解説者からJ3指揮官へ。未知なる地・岩手に赴いた松原良香が偽らざる本音を吐露「日本サッカー界にも貢献できる」
7節終了時点では3勝2分2敗の勝点11で7位という位置にいるが、首位のAC長野パルセイロとのポイント差はわずか3。本当の勝負はここからだと言っていい。
「今季のJ2昇格ラインは勝点80。2勝1敗のペースで行けば、十分に到達できる数字だと考えています。4月末からの鹿児島、長野、八戸との直近3連戦は1つのポイント。10節終了時点で上位につけていたいですね」と、今季から指揮を執る松原良香監督は力を込める。
近年は筑波大学大学院人間総合科学研究科スポーツ健康システム・マネジメント専攻で学び、修士号を取得。ストライカーやGKの研究を進めて論文を発表している。こうした学術的な知見を活かしながら、解説業にも注力。Jリーグはもちろんのこと、チャンピオンズリーグや欧州5大リーグの試合中継にはほぼ毎週、出演していて、トップ解説者の1人として八面六臂の活躍を見せていた。
そんな松原監督が今、このタイミングで未知なる地・岩手に赴くというのは予想外の出来事。周囲を大いに驚かせた。
「僕自身は2〜3年前から現場の監督をやりたいと強く思うようになっていました。2015年にSC相模原で3試合だけ監督をやったことはあったのですが、本腰を入れて選手を間近で見たいと感じていたんです。
そんな時に秋田(豊)さん(いわて社長)が僕にオファーしてくれた。東北は自分にとってはあまり縁のない土地でしたけど、慣れた静岡や関東ではないところで一からスタートしたいなと意欲が湧いてきた。このクラブを成長させられれば、日本サッカー界にも貢献できる。そう思って未知なる土地に行く決断をしました」と偽らざる本音を吐露する。
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新たな指揮官への期待は一気に高まったが、クラブの新シーズンに向けての動きが順風満帆だったわけではない。J3降格に伴い、昨季の主力だった牟田雄祐(→琉球)、奥山洋平(→町田)、ブレンネル(→PTプラチュワップFC)らが流出。野澤大志ブランドン、蓮川壮大もレンタル元のFC東京に復帰することになったからだ。
そこで松原監督は丹野研太、田代真一、藤村怜、石田峻真、新保海鈴らを積極補強。「1年で再昇格できるチーム作り」に着手した。
「僕自身が合流したのは年明け。神野卓哉強化部長も昨年末まで琉球で働いていたので、多くの部分を秋田さんにお願いすることになりました。ただ、石田や新保、丹野なんかは僕が口説いて来てもらった選手。彼らと一緒にやっていけば必ず勝てる集団を作れると考え、プレシーズンに突入したんです。
真っ先に考えたのは、昨季80失点した守備の改善と、35得点に終わった攻撃のテコ入れ。昨季は5バック気味でカウンター主体のスタイルでしたけど、相手をスカウティングして受け身になってばかりいてはダメ。僕は改めて攻撃的サッカーを掲げ、ハイプレスからダイレクトプレーを目ざす時と、主導権を握りながら遅攻に行く時の使い分けができるチームにしたいと考えました。
それは非常にハードルの高いことですが、一から積み上げていくしかない。そう考えて地道に取り組んだんです」
あえてJ3優勝という高い目標を設定したのも、選手たちの意識を向上させるため。「ターゲットが高くないと成長できない」というのは、自身のプロ選手経験によるところが大だと松原監督は語る。
「アトランタを目ざしていた当時の僕たちは、『世界』というキーワードのもと、奮闘していました。だからこそ、僕自身もウルグアイに行ったわけです。そういう経験を踏まえて、どんな言葉が今の選手に響くのかを熟考した結果、浮かんだ答えは『昇格』じゃなくて『優勝』だった。大いなる野心を持たせることが重要なんです」と彼は語気を強める。
指揮官の飽くなき情熱と闘争心がチーム全体にプラスに働いたのだろう。いわては序盤5戦を3勝1分1敗と好発進。和田昌士や宮市剛が得点ランキング上位につけるなど、まずまずの一歩を踏み出した。松原監督自身も3月のJ3月間最優秀監督に選出され、かつてプレーしたクロアチアのメディアにも報道された。これは本人の大きなモチベーションになったようだ。
「第2節(3月11日)の琉球戦に負けたり、第5節(4月2日)の福島戦で退席処分になったりといろいろありますけど(苦笑)、僕は逆境を乗り越えることに魅力を感じるタイプ。選手のマネジメントやスタッフ間での役割分担などを含めて、指揮官の仕事は人間力が問われるんだなと痛感する日々です。
ウルグアイ代表の名将タバレス前監督も『サッカーで重要なのは創意工夫だ』という名言を残されていましたけど、目の前にあるものをベストな方向に変えていかなければいけない。やるべきことが本当に多いですね」と彼はしみじみと話す。
ただ、環境的には難しい部分も否めない。専用練習場を持たない、いわては複数グラウンドを転々としながらトレーニングを行なっている。練習試合1つ取ってみても、Jクラブとのゲームを希望するなら仙台、八戸、秋田あたりまで足を延ばさなければならない。さらに温暖な沖縄や九州などに比べると気候的にも厳しい。
本拠地・いわぎんスタジアムの集客にしても、3月25日のホーム開幕・アスルクラロ沼津戦が1843人、4月8日の相模原戦が892人と伸び悩んでいる。小笠原満男のような名プレーヤーを輩出した地域ではあるものの、松原監督が生まれ育った静岡のような圧倒的なサッカー熱があるわけではない。それを地道に掘り起こしていくのも、彼に託された重要タスクの1つなのである。
「地元の方々の応援が多ければ多いほど、選手はエネルギーを得られます。お客さんが2000人、3000人と増えていくように、自分からどんどん発信しなければいけない。勝つことで人々の関心も高まりますし、足を運んでくれる方も増えると思います。だからこそ、優勝して上のカテゴリーに行くことが肝心。自分もここで確固たる居場所を築けるように頑張ります」
みちのくの地で松原監督はどんな爪痕を残すのか。ここから旋風を巻き起こすべく、彼は「良香イズム」をチーム、そして地域に全力で伝えていく覚悟だ(続く)。
取材・文●元川悦子(フリーライター)
