派遣社員として働くには人材派遣会社に登録しなければいけない。そして派遣会社は派遣元企業の支払いから手数料を差し引いた分を給与として支払う。このため派遣会社は「ピンハネ」や「利ザヤ業」と批判されることがある。だが、それでも登録者は増えている。なぜ「派遣」が選ばれるのか。主婦向けの人材派遣に特化してきたビースタイル創業者の三原邦彦社長に聞いた――。
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■エアポケットだった「時短×ハイキャリア」市場

-- ビースタイルでは時短勤務の人材派遣サービスを提供してきました。なぜ時短人材に着目したのですか。

私が大手人材サービス会社を辞め、「ビースタイル」を創業したのは2002年のことです。女性の総合職採用が本格化したのは男女雇用機会均等法が施行された1986年ですが、当時は女性の寿退社が当たり前でした。

ホワイトカラーの女性が、結婚・出産を機に高校時代にバイトをしていた飲食店に戻ることも多くありました。せっかく大学に行って、社会人になってキャリアを積み上げてきたのにもったいないと思って見ていました。

女性の選択肢は限られていました。無理してフルタイム正社員として働くか、キャリアを中断してパートで働くか、専業主婦になるか。キャリアを捨てざるを得ない人も多かった。「時短でもキャリアを活かして働きたい」という主婦層の需要は確かにあったはずなのに、それに応える仕組みがなかったんですね。

--そこから誕生したのが「しゅふJOBエグゼ」ですね。

はい。2012年に主婦向けに時短の正社員やハイキャリア派遣の仕事を斡旋する「しゅふJOBエグゼ」というサービスを始めました。当初はアシスタント業務を担う方が多かったのも事実です。しかし、10年前くらいから登録者の経歴がレベルアップしてきたのを感じていました。

撮影=プレジデントオンライン編集部

「しゅふJOBエグゼ」を通じて経歴に見合うお仕事を紹介できれば、その分お支払いできる給与も上がります。派遣の場合、立ち上げ当初の相場が1600〜1700円だったのに対し、今は2300〜2400円にまで上がっています。

中には、外資系企業で事業戦略を月次ベースで差異分析して、英文レポートを作成し本国へ送るという仕事をしている方もいます。その方の時給は7000円。昔だったら主婦が子育てしながらできる仕事といえば飲食店の接客などしか選択肢がありませんでしたが、今は積み上げてきたスキルを活かして働けるようになってきました。

■広がり始めた時短という働き方

--時短ハイキャリア派遣や時短正社員という働き方が増えた要因は何でしょうか。

スキルや知識によって生産性を高められる仕事が増えたからだと思います。例えば、エクセルのマクロ機能。昔は手打ちで何時間もかかっていたものが、操作方法を身に着ければ作業時間を大幅に短縮できます。労働時間と生み出される価値が必ずしも正比例しなくなったからこそ、スキルを持った人が時短で働くことを受け入れられる時代になってきたのでしょう。

そうした変化を受けて、2018年1月には「しゅふJOBエグゼ」を「スマートキャリア」にブランド変更しました。

--反応はどうでしたか。

登録者だけでなく、企業からの反応も良く、受注が増えました。短い時間でも大きな成果をあげられる働き方が増えたことで、企業側に「時短での人材活用」に抵抗がなくなってきたことが後押ししたのだと思います。

特に採用が増えたのがIT業界です。成長産業にあって多くの人材を必要としているのに加えて、「能力さえあれば働く時間は関係ない」という柔軟な考えを持つ若い経営者が多いんです。

2019年からは「スマートキャリアexecutive」(2019年12月よりBIZ‐directors:ビズ・ディレクターズに名称変更)という、男性も含めたさらにプロフェッショナルなビジネスパーソン向けのサービスも始めました。大手企業の早期退職者の年齢が45歳くらいにまで下がっている中で、人生100年時代のセカンドキャリアとして活用していただくことを想定しています。

■「利ザヤ」は本当に必要なのか

--人材派遣会社の仕事には「利ザヤをとっているだけだ」という印象をもつ人もいます。

人材派遣会社は、お客様である企業からもらう派遣料と、働き手にお支払いする時給の差額を収益にしています。それが「利ザヤ」と呼ばれるわけですね。しかし、人材派遣会社を利用することは、働く人にとってもメリットが多いと思います。

--どんなメリットでしょうか。

「利ザヤ」には給与計算や年末調整など、働く人へのサポートも含まれています。個人ではなかなか難しい派遣先との交渉も間に入ることもあります。

撮影=プレジデントオンライン編集部

世の中にはさまざまな会社があります。その中には法律違反を犯している企業も少なくありません。ハローワークが違法求人を受け付けない仕組みになってきたとはいえ、労働基準監督署もすべては精査できていません。私たちは斡旋先企業に足を運び、働く人が安心安全に働ける職場なのかをチェックしています。

有給休暇がちゃんと取得できるのか。ブラック企業じゃないか。当然、反社チェックもしています。働く人にコストを還元しています。だから私たちの収益は「不当な利ザヤ」ではなく、然るべきサービスコストだと思っています。

そもそも、「利ザヤ」と言われる理由は、時給の決め方を誤解されているからだと思っています。多くの方は、派遣会社は企業からお金を受け取り、そこからマージンを引いて働き手に渡していると考えていると思いますが、実際は逆です。

--どういうことですか。

労働市場の相場などと照らし合わせながら、「このくらいの時給であれば働く側にもメリットがあり、求人に応募してくれるだろう」という額を最初に設定し、そこに労務管理費や社会保険料、有給休暇費用、諸経費、そしてわずかな営業利益を上乗せしているという決め方をしています。2019年5月末現在、業界平均で営業利益1.2%という数字も出ています。

ただ、一部の悪徳業者がとにかく受注をとるために不当に低い派遣料を設定するようなことがあります。その中で利益を確保するために、本来の労働価値に見合わない低時給で人を集めるようなケースがあります。

ひどい場合には、そのような低い派遣料では利益が出ないからと、社会保険に入れない会社さえあるそうです。そのようなことが、「派遣会社はピンハネしている」という悪いイメージが業界全体に蔓延する原因となっているのでしょう。

■「正社員ならキャリアを磨ける」への疑問

--日本の労働法制は正社員が前提です。人材派遣会社だけでなく、「派遣で働くこと」に対してもネガティブなイメージがあります。また、「ずっと派遣ではキャリアが築けない」という現実もあります。

そのような状況だからこそ、多くの人が正社員を希望し、「派遣」という働き方は正社員になれなかった人のセーフティーネットという立ち位置です。ですが、正社員という制度は日本独特のもので、将来欧米のような職務型の働き方が広がっていけば、むしろ「派遣のほうが給料が高い」というのが常識になるかもしれないと思っています。

私は「正社員ならキャリアが磨ける」という前提も疑問です。正社員は会社の束縛がきつい反面、自分の描いたキャリアを異動や転勤で実現できないリスクがあり、必ずしも自分にとって望ましいキャリア形成が担保されているとは言い切れない面もあります。

--日本の正社員という制度に疑問を持たれているということでしょうか。

私は正社員を否定しているわけではありません。いまの日本企業においては、正社員は会社の事業戦略を担う「正規軍」として必要な存在であり、それがなくなると会社が提供するサービスが安定しなくなってしまうからです。

派遣社員は、正規軍に対するいわゆる「傭兵」。正社員が担う事業戦略に合わせて必要な人材を派遣で補足するような、正規軍と傭兵の組み合わせで経営をしていくのがベストな形だと思っています。

「正社員だから良い」とか「派遣社員だから悪い」という話ではなく、それぞれの希望に沿って、正社員と派遣社員を行き来できるようにすべきです。

それを踏まえて、私は「雇用の流動化」が重要だと考えています。日本では「転職はしないほうがいい」という考え方が支配的です。でも、経済効果を考えるなら、雇用は流動化したほうがいいはずです。

■雇用流動化と働く人の選択肢を用意すること

--雇用の流動化は「生産性」の向上につながりますが、働く側にとっての負担が大きいとも言われています。

将来的に定年が75歳くらいまでに引き上げられることを見越して、大手企業は希望早期退職者の年齢を55歳から45歳に下げました。でも実際はその年齢で退職する人はまだ少なく、活躍できなくても会社にとどまり続ける人が多いんですよ。

生産性の低い人材を預かり続けるのは企業にとってコストです。それは当人にとっても幸せではない。活躍の見込める違う場所へ積極的に動いてもらったほうがいいと思うんです。

たとえば、フランチャイズ業界。今までずっとコンビニで働いてきた人がいたとして、コンビニはもう飽和状態ですよね。そこで働き続けるよりは、新しい産業でフランチャイズのノウハウを活かせる機会があれば、働く場所を移って活躍してもらった方が良いのではないかと思うんです。企業はスキルや知見を持った人に投資したいと考えますから、そのほうがきっと給料も上がりますよ。

アイリスオーヤマは2012年に家電事業に参入し、そのとき家電メーカーのOBを大量採用しました。その後6年でグループ売上が2400億円から4750億円に上がったのですから、雇用の流動化が生産性を高め、働く人の幸せも高めることを示す良い事例だと思います。

--雇用の流動化と合わせて働く人に選択肢を準備しておくことが重要というわけですか。

「本当は正社員で働きたいけれど、不本意にも派遣で働いている」という方も世の中にはいます。でも、正社員にこだわるなら仕事なんて山ほどあるんです。それなのに、なぜそうした人が存在しているかというと、仕事を選ぶにあたっては仕事内容や働く場所などさまざまな要素が絡むからなんですよね。

「非正規雇用でもいいから、やりたい仕事をしたい」という人がいたときに、私たちは選択肢を極力多くして、本意の仕事が選べる環境を用意していきたいと思っています。

また、ベストな働き方は人生のその時々によっても変わります。今フリーランスがいいと思っている人も、10年経つと正社員になりたいという考えに変わっているかもしれない。そんなふうに、ライフステージによって変化する希望にも柔軟に対応できる選択肢を作っていきたいです。

■一番の望みは「スマートキャリア」が不要になること

--各企業が時短正社員などの選択肢を設けるようになれば、働き手にとって「スマートキャリア」が不要になる時が来るかもしれません。

時短正社員が特別なことではなくなるということですよね。それが一番の望みです。そのためには実績を作ることが大事だと思っています。

例えば、かつてネット通販は怖いものでした。ちゃんと注文通り商品が届くのか不安だったからです。しかし、今では怖がる人はいません。注文すればちゃんと届くという実績が積み重なったからです。雇用の世界も同じで、時短や派遣の人材をうまく活用できるという実績を我々が作っていきたいのです。

--早く社会が追い付いてこい、ということでしょうか。

私たちは大手のパーソルテンプスタッフさん、リクルートスタッフィングさんとともに、時短で働く人を増やす取り組みを行っています。競合他社ですが、「世の中を変えていくアクションくらい結束して起こしていかないと」という意識のもと、3社でイベントを開きました。

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でも、時短や派遣の人が当たり前のように働ける職場が増えたとしても、我々の会社がなくなるとは考えていません。働く人の希望というのは条件によって変動するもので、時代が変わればまた別の新たな課題が生まれるものだからです。

興味深いデータがあります。私たちのしゅふJOB総研という調査機関で、働く主婦にアンケートをとったところ、「いま最も望ましい働き方は?」という質問で「短時間非正規社員」もしくは「短時間正社員」と答えた人は合わせて71.0%でした。一方で「フルタイム正社員」と答えた人はわずか13.1%でした。

ところが、まったく同じ人に「もし100%仕事に時間を使えるなら最も望ましい働き方は?」という質問をしたところ、「フルタイム正社員」と答えた人は62.2%だったのです。希望する働き方が二層構造になっているんですね。

働く人の本音を探っていきながら次の時代に求められるサービスを実現していく。時代が変わってニーズが変わったら、別の課題が生まれてくるでしょう。今度はそこに向けてビジネスを変えていくだけ。これからどう社会が変化しても、「不本意な労働をゼロにしたい」という私たちの原点は変わりません。

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三原 邦彦(みはら・くにひこ)
ビースタイル社長
1970年生まれ,芝浦工業大学卒。1996年、株式会社インテリジェンス入社。2000年、同社子会社ECサーブテクノロジー(当時)代表取締役就任。2002年、株式会社ビースタイルを設立し、代表取締役に就任。
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(ビースタイル社長 三原 邦彦 構成=プレジデントオンライン編集部)