ホンダF1後半戦は「逆襲できる」。夏休み中も栃木で絶賛開発中
「ある意味では、ハンガリーGPの7位よりも嬉しかったくらいです」
シーズン前半戦最後となるドイツGPを終えて、ホンダの長谷川祐介F1総責任者はそう言った。
ジェンソン・バトンが8位、フェルナンド・アロンソが12位。3強チーム6台に次ぐ7位を実力でもぎ取ったハンガリーGPよりも、フォースインディアに20秒の差をつけられたドイツGPのほうが嬉しかったというのは、少し意外な気がした。
マクラーレン・ホンダは予選でも、2台ともにQ2敗退を喫した。ドイツ南東部の森のなかを走るホッケンハイムリンクは、60%を超えるスロットル全開率と、1kmを超える長いバックストレートゆえに、パワーの大小が結果に直結する。
フリー走行では3強に次ぐポジションにいたのに、予選では見事にメルセデスAMG製パワーユニットを積むウイリアムズやフォースインディア勢に逆転を許してしまった。彼らが"予選モード"で出力を上げ、想像以上に大きくその効果がラップタイムに表れたからだ。
「見事にメルセデスAMGユーザーに前に行かれてしまいました。正直言って、彼らの金曜日は相当パフォーマンスを落として走っていると思いますが、ここまでパワーエフェクト(出力がタイムに与える影響)が大きいとは思っていませんでした」
予選でパワーの差がタイムに直結するということは、決勝では燃費が競争力に直結することになる。
一般論として、パワーが小さければ、それだけ燃料消費は少ないように思われがちだ。よりパワフルなメルセデスAMGのほうが、ホンダよりも多量の燃料を消費しているのだと。
しかし、F1のパワーユニットは最大100kg/hという燃料流量制限のもとで回っている。つまり、使う燃料量は同じ。その上でこの出力差が出ている。
ということは、パワーの小さいパワーユニットのほうが燃費効率は悪いのだ。
ルノーがモナコGPで燃焼室を完全刷新するアップグレードを施して以来、4メーカーでもっとも出力が乏しいホンダのパワーユニットは、もっとも燃費が悪いパワーユニットでもあるということになる。となれば、100kgの燃料しか使うことができない決勝では、他車よりも燃費セーブをしなければならなくなる。
「かなり燃費セーブをしなければならなかったよ。特に最後の10周は厳しかったね。常にステアリング上のダッシュボード(液晶ディスプレイ)を見ながら、どれだけ燃料をセーブしなければならないのかを確認して走っていたんだ」
8位でフィニッシュしたバトンは言った。その表情には、ストレートエンドでスロットルを戻さなければならないというフラストレーションの跡がはっきりと見えた。
もっとも回転数が高くなるストレートの最後の50mや100mでスロットルを戻し、できるだけタイムロスのない範囲で燃費を稼ぐ。"リフト&コースト(※)"と呼ばれるテクニックは、レースではもっとも効率のよい燃費走法だ。
※リフト&コースト=ドライバーがアクセルをオフにして惰性でクルマを走らせること。
「ダッシュボード上の(理想値に対する現状差を表す)プラスマイナスの数字を見て、ドライバーが自分で調整するんですが、本当によくやってくれるなと思います。最後はコンマ何%かの差、つまり残っている燃料がたったの200gとかですからね」(長谷川総責任者)
ライバルたちと戦いながら、巧みに燃費セーブをして、305kmのレースを100kgの燃料で走り切る。パワーで劣るパワーユニットを巧みに操りながら。
もちろん、全開率がもっと高く、燃費がもっと厳しいはずのサーキットは他にもあった。しかし、レースとしてこれだけ厳しかったのは、戦う相手がウイリアムズやフォースインディア、つまり中団グループのトップになったからだ。
「たとえばロシアGPも燃費は厳しかったですが、あのときは燃費セーブをしながら戦っていた相手がルノーやハースだったわけです。でも今は、フォースインディアやウイリアムズやトロロッソと戦っているわけですから、それだけ一段ステージが上がっているわけです。彼らと戦いながら燃費をセーブするというのは、はっきり言って無理ですから」
それでも戦い抜いて、最後にウイリアムズを抜き去り8位を奪い取ったのは、チーム全体としての成長の証(あかし)だ。初日からリアのグリップ不足に苦しみながらも、新パーツに微調整を重ねてなんとか使いこなすところまで持っていき、マシンパッケージをまとめ上げた。
長い迷走の末に、前戦ハンガリーGPでようやく手応えを掴むことができた"逆襲の土台"は、ここホッケンハイムでもしっかりと証明された。
バトンは言う。
「トップとの差が大きいから、その進化が見えにくいかもしれないけど、最近の僕らは6位とか7位とか安定してポイント争いができているし、着実に前進してきている。毎レースのように新しいパーツが入ってきて、こんなのは他のチームにはないことだし、本当に素晴らしい仕事をしてくれているよ。まだトップ3チーム6台に戦いを挑むことは難しいけど、その次のポジションを争うことができるようになっているし、その進化の度合いは素晴らしい。後半戦にはさらに進化できると思う」
夏休み明けの後半戦には、ホンダもパワーユニットをアップデートすべく開発を急いでいる。ICE(内燃機関エンジン)を改良してパワーアップを果たせば、ホッケンハイムで苦しんだ燃費の問題も緩和されることになる。
チーム周辺からは、次のベルギーGPにアップデートが投入されるという声が漏れ始めているが、これはまだ確定したものではない。ずっと以前から、そこを目指して開発が進められているということはたしかだが、長谷川総責任者は投入の明言を避けた。
「秘密でも何でもなくて、もちろんできたらすぐに入れたいですし、出せるものなら出したいですよ。ダイナモ上では、『これを入れたらよくなるね』と確認できている"タマ"はいくつかあるわけです。しかし、もちろんそのすべてが入れられるわけではありませんし、そのなかからどのタマを入れるのが効果的か、どれが間に合うかということを勘案して仕様を決めなければなりません。今はその信頼性を確認しているところです」
シーズン前半戦の最後にようやく固まった逆襲の土台の上に、後半戦の開幕となるベルギーGPから逆襲の火蓋を切ることができるのか――。3週間のインターバルの間にも、栃木のF1開発拠点『HRD Sakura』は止まることなく努力を続けていく。
米家峰起●取材・文 text by Yoneya Mineoki