京都移住計画
田村篤史
コトコト

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そうだ京都、行こう。

あまりにも有名なこのコピーは、JR東海の京都観光キャンペーンのもので、誕生してから、もう20年。

このコピーの影響力で、「そうだ京都・・・」と思って、どれだけ京都に出かけてしまったことか。
今年の桜の季節にも、このフレーズを頭に浮かべた人たちはたくさんいたのではないでしょうか。ええ、私もそのひとりです。

京都は、桜をはじめ、自然もいっぱい。
お寺や神社、伝統文化もいっぱい。
しかも、その、どこもかしこにも、自転車で行けるくらいのこじんまり感が、
誰にもウェルカムな印象です。
言ってしまえば、京都全体が「日本のテーマパーク」みたいなもの。
特に外国人は、ディズニーランドに行くような気分で来ているのではないかと思ってしまいます。

京都はあくまでも観光地で、数日そこで楽しめば、すぐまた地元に戻っていく存在という印象が強いですよね。
ですが、京都に遊びに行くと、ここで暮らしてみたいなあ、と思ったことも少なからずありませんか?

実際に、そうだ京都・・・という思いが高じすぎて、そこを地元にしてしまった人たちもいるのです。

「京都移住計画」という本は、生まれ故郷ではない京都を「地元」にしてしまった男女10人に取材し、京都移住のWHYやHOWを書いた本。

サラリーマンに向いてないので自営業をやろうと思った男性。
震災を機に、東京生活に疑問を感じた女性。
ふたりでデートした思い出の場所・京都で結婚生活をはじめた夫婦。
暮らすにあたり京都検定3級を取得した意欲ある男性。
京都でアート活動に励む女性。
などなどが、それぞれの、出自から京都に住むことになったきっかけ、京都生活のエピソードや可能性などを、写真を交えて語っています。

観光の本は、桜の木やお寺の数ほどありますし、京都在住の方の本もたくさんありますが、京都に移住しようとしている人たちの過程を描いた本というところがユニークです。
「移住者」と呼ばれる、本の登場人物の写真も、いわゆる観光地として京都に存在するものではなく、ごくふつうに京都の街にたたずんでいる自然な写真ばかりで、ページをめくっていると、京都=特別な場所というイメージが変わっていきます。

とはいえ、そうだ京都、住もう。と思っても、いざ、行動に移すとなるとなかなか簡単にはいきません。
元々、関西出身の人なら、なんとなくなじみもありそうですが、そうではない人にとっては、住む場所、人間関係、就職など、悩みはつきないものです。

この本にも「〜〜一番不安だったのが、古い街特有のしきたりや排他性だった」という記述もあり、よく言われる、京都の人の言葉と心の中との差異は心配の種ですが、実際に生活してみてわかる、その真意などが書かれてあり、京都生活の不安のハードルが下がります。

一番の問題点・住む場所や就職を見つける方法も、「移住者」たちのインタビューの中で、町家の物件を紹介してくれる団体、格安シェアハウス、京都移住希望者たちのネットワークなどの存在が具体的にあげられているので、ちょっと安心。古い町家に暮らせる可能性もあるんだ、と思うとわくわく。

今、「京都移住茶論」なんていう、移住希望者と移住者との交流会があるそうです。
そもそも、この本も、「京都移住計画」という、本のタイトルまんまのプロジェクトの主催者・田村篤史さんが書いたものなのでした。

田村さんは、京都で生まれて、東京で就職した後、京都にUターンし、他所から京都への移住を推進するプロジェクトをはじめたそうです。
京都を知らない人たちが勝手に「そうだ京都そうだ京都」と騒いでいるのではなく、京都が地元の人が、「京都おいでよ」と言ってくれている感じが、このプロジェクトの安心なところです。

え。まさか、これも、京都の方特有の、言葉と心が違っていることで、本気にして京都に移住したら、本気にしたんだー、なんて笑ったりしないですよね。どきどき。

そんな杞憂はおいておきまして、この本の巻末の資料を読むと、近年、京都に移住する人が増えていることが数値で記されています。

震災後、他府県からの移住者が増えているようで、本に登場する「移住者」の中にも、震災後、東京の生活に疑問を感じて、京都に来た女性の話があります。

ただ、「京都移住計画」は、震災がこわいので東から避難しようという本では決してなくて、「自分は生きたい場所で生きているのか?」という問いかけの本です。
表紙をめくると、まず、この言葉が書いてあるんですよ。

震災が、自分の生き方、生きる場所を考え直すきっかけになった人は多く、その結果、京都を選んだ人たちもいたということでしょう。

地元は、誰かに決められるものではなくて、自分で決めていいということは、
昨年話題になった朝ドラ「あまちゃん」でも描かれていました。
東京で生まれ育ったヒロイン・アキ(能年玲奈)が、母の故郷・北三陸を自分の「地元」に選び、東京から転校して、方言までしゃべって、だんだん土地に馴染んでいき、アイドルとして東京でデビューする時は、帰京ではなく、地元を背負ってやってくるのです。

アキの生き方を、東北から京都に置き換えて考えてみるとわかりやすい。

自分の生き方に迷った時、住む場所から考え直してみるのもよいのではないか、
京都になぜそんなに惹かれるのか、考えた結果、そこで暮らしてみるという選択もありなのではないでしょうか。
故郷じゃないし、よそ者だから、など、そんな心配は関係ない。
「京都移住計画」は、そんな気になる本です。

本に登場する移住者は、20〜30代の若い世代ばかりですが、高齢化社会のおり、40代以降の移住の可能性も提示されるともっと面白い気がしました。

合わせて、他所から京都にやって来た人たちの姿を書いた本を何冊かご紹介。
これらを読むと、観光気分から次第に生活者の視点になっていく流れが味わえ、京都への思いの質が変わっていくかも。

「京都ごはん日記」いしいしんじ/河出書房新社
大阪生まれで京都大学を卒業した著者が、松本から京都に引っ越し、食べ物を通して、京都を見る

「そうだ、京都に住もう。」永江朗/京阪神エルマガジン社
京都の町家を購入し、リノベーションする過程を書いたノンフィクション

「いちげんさん」」 デビッド・ソペティ/集英社文庫
留学生が京都で出会った、盲目の日本人女性との恋を描いた、すばる文学賞受賞作

「エスケイプ/アブセント」絲川秋子/新潮文庫
革命をあきらめた活動家が、ある人物の面影を追って、京都へやって来る。そこで、奇妙な神父と出会い・・・

「らんる曳く」佐々木中/河出書房新社
厄災によって最愛の妻を亡くした男が、2年間の絶望の果てに、京都へ行き、
そこで2人の地元の女性と関わり合いになって・・・
(木俣冬)