「給料44%減」なのに幸福度は1位…働く60代が30〜50代を抑えて「最も幸せな世代」になるカラクリ
※本稿は、長尾義弘『老後不安は「思い込み」が9割』(青春新書インテリジェンス)の一部を再編集したものです。

■なぜ「働く60代」は幸せなのか
じつは、「定年後のほうが幸福感が上がる」というのは、気のせいではありません。いくつもの調査で、はっきりその傾向が出ています。
パーソル総合研究所の「働く1万人の就業・成長定点観測調査2023年」によると、「働く幸せ」をいちばん感じているのは60代で46.6%。一方で、30代、40代、50代は、幸福感をあまり実感できていないという結果でした。
いちばんバリバリ働いている世代が、いちばん幸せを感じていない。ちょっと切ないですよね。この「定年後のほうが幸福度が高い」という傾向は、リクルートワークス研究所など、ほかの調査でも似た結果が出ています。もしいま、「もう働きたくない」「あと10年も働くなんてイヤだ」と思っているとしたら、それは40代・50代の働き方がしんどかったからかもしれません。
でも、どうやら定年後の仕事は、まったく別物のようです。ここで気になるのが、ひとつの矛盾です。定年後は、給料がかなり下がります。
パーソル総合研究所の「シニア従業員とその同僚の就労意識に関する定量調査(2021年)」によると、再雇用で「給与が下がった」と答えた人は9割。50%以下になった人が27.6%、ちょうど半分になった人が22.5%。平均で44.3%低下だそうです。ほぼ半分です。
■現役時代は出世競争や評価がつきまとう
実額で見ても、厚生労働省の「賃金構造基本統計調査(2025年)」では、60〜64歳の平均賃金は329.3万円(月27.4万円程度)、65〜69歳では285.3万円(月23.8万円程度)です。同じような仕事をしているのに、給料が半分近くになる。正直、モチベーションは下がりそうですよね。
それなのに、なぜ仕事の満足度は上がるのでしょうか。ポイントは、「何かを手に入れた」からではなく、「いろいろ手放した」から、なのかもしれません。現役時代は、常に競争の中にいます。社長を目指していなくても、同期と比べられる。あの人は部長になった、自分はどうだ。
売上は? 評価は? ボーナスは? 同僚との比較、部署内の順位、プロジェクトの成否。競合他社との受注競争もあります。競争そのものは悪いことではありません。努力を促しますし、成功すれば大きな達成感があります。充実感もあります。
でも、その裏側には常にストレスがつきまといます。イヤな上司に気をつかい、帰ろうとすると仕事を振られ、長時間働かないと評価されない空気があり、理不尽な指示にも従わざるを得ない。部下のミスの尻ぬぐいをし、報告書を書くたびに胃がキリキリする。
■他人との比較をやめるだけで幸せになれる
会社員なら、「ああ、あれね」と思い当たることがいくつもあるのではないでしょうか。定年後は、そこから外れます。もう正社員ではなく、多くの場合は契約社員または嘱託社員。出世レースは終わりです。役職の重圧もありません。「部長までいけるか」「役員になれるか」なんて考えなくていい。
それだけでも、かなり気持ちは軽くなります。もちろん、かつての部下が上司になることもあって、少し気持ちの整理は必要かもしれません。でも、責任の重さや評価競争から解放されるメリットのほうが大きいと感じる人は多いのです。
給料は下がる。でも、プレッシャーも下がる。競争のストレスから離れ、「できる範囲で、できることをやる」という働き方に変わる。それが、幸福感を押し上げているのかもしれません。「あと10年も働くなんて」と思っているその仕事は、もしかすると、あなたが経験してきた仕事とは、まったく別の顔をしているかもしれません。
ちょっと話はそれますが、じつはこれ、とても大事な話です。
他人と自分を比べるのをやめるだけで、人はかなり幸せになれます。なぜかというと、「比較」はほぼ確実に心をザワつかせるからです。同期の彼は部長にうまく取り入って出世コース。「あいつ、うまいよなあ」と思った瞬間、こちらの幸福度はスッと下がります。別に自分が不幸な出来事に遭ったわけではないのに、です。

■優越感は賞味期限が短い
たとえば一時的に自分が優位に立って、「よし、勝った」と優越感を味わえたとしても、それは長続きしません。誰かがもっと大きな成果を出した瞬間、あっさり抜かれます。すると、その場で幸福感は急降下。つまり、他人との比較で得られる幸せは、賞味期限がものすごく短いのです。
しかも厄介なのは、「抜かれないように」と思った瞬間から、ずっと走り続けなければならないことです。これはもう、終わりのないレースです。がんばっても、ゴールはありません。
定年は、ある意味でこのレースから降りる時期なのです。出世競争もない。同期とのポジション争いもない。「誰が上で、誰が下か」という世界から、スッと外れる。それだけでも、幸福感は自然と上がります。しかもフルタイムで働く必要もない。
責任の重さも違う。肩の力が抜ける。これは想像以上に大きい変化です。思想家・投資家のナシーム・ニコラス・タレブの言葉に、こんな一節があります。「真の成功とは、ラットレースから抜け出して、心の平穏のために生きることである」まさに、その通りだと思います。
現役時代は、知らず知らずのうちにラットレースの中にいます。速く走ることが正義で、順位がすべて。でも、本当の成功って何でしょうか。誰かより上に行くことなのか。それとも、穏やかに、自分のペースで生きられることなのか。
定年後の働き方は、後者に近い。だからこそ、給料は下がっても、幸福度は上がる。不思議でもなんでもなく、むしろ自然なことなのかもしれません。
■会社のためではなく、自分のために働ける
現役時代って、誰のために働いていましたか? まずは家族ですよね。生活費を稼がないといけない。子どもの学費もかかる。住宅ローンもある。仕事でイヤなことがあっても、「もう辞めます」と簡単には言えない。
家族のために、踏ん張る。できれば少しでも給料が上がってほしい、と思いながら。それに、会社のため、という意識もあったはずです。会社が成長すれば、自分の評価も上がる。出世もできる。肩書きもつく。そうやって、家族のため、会社のために走り続けてきたのが現役時代です。
では、定年後はどうでしょう。子どもたちは独立していることが多い。もう学費を払う必要もありません。
再雇用になれば、多くは雇用期間が決まっている契約社員。正社員ではないのですから、「会社のために人生をかける」という発想を、少し手放してもいい。ここで大きな変化が起きます。定年後は、「誰かのため」よりも、「自分のため」に働くという感覚に変わっていくのです。自分がやりたいからやる。
■「ありがとう」の言葉が胸に響く
自分の時間を充実させたいから働く。「やらされている仕事」から、「自分で選んだ仕事」へ。この違いは、思っている以上に大きい。さらに、転職や配置転換で仕事内容が変わることもあります。
ずっと本社の経理や営業管理など、いわゆる管理部門で働いてきた人が、定年後に現場に戻ることもあります。若い社員に直接教えたり、サポートしたり。「ありがとうございます」と言われる機会が増える。
これ、意外と胸に響くんです。以前お会いした方で、出版社の経理責任者をしていた人がいました。定年後は、資格をとって、介護のヘルパーになったそうです。まったく違う世界ですよね。でも、こう言っていました。「利用者さんから直接『ありがとう』って言われるのが、本当にうれしい」
管理部門にいたころは、直接感謝される機会は多くなかった。でもいまは、目の前の人の役に立っている実感がある。「人の役に立てている」と感じられることは、やりがいにつながります。そして、それはそのまま仕事の幸福度を押し上げます。

■定年後は純度の高い「やりがい」を得られる
ロバート・H・フランクの『幸せとお金の経済学』(フォレスト出版)では、こんな話が出てきます。

所得や物的な豊かさ、社会的地位のような「地位財」は、たしかに幸福感をもたらす。でも、その幸福感は長続きしない。一方で、健康ややりがい、心の充実、自由といった「非地位財」は、持続的な幸福につながる。お金があることは大切です。部長という肩書きも、現役時代は誇らしいでしょう。でも、退職すれば肩書きは消えます。
地位は過去になります。それに対して、「ありがとう」と言われた記憶や、人とのつながりから得られる満足感は、意外と長く心に残る。定年後は、たとえ小さな仕事でもいい。人と接し、感謝される。その積み重ねが、じわじわと幸福度を上げていきます。しかも、その幸福感はしっかり持続します。
これは、現役時代のデスクワークやバックオフィス業務とは、まったく違う充実感かもしれません。給料は下がるかもしれない。肩書きもなくなるかもしれない。でも、「自分のために働く」「誰かの役に立てていると実感できる」。その感覚こそが、定年後の仕事のいちばんの魅力なのではないでしょうか。

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長尾 義弘(ながお・よしひろ)
NEO企画代表、ファイナンシャルプランナー、AFP
徳島県生まれ。大学卒業後、出版社に勤務。1997年にNEO企画を設立。出版プロデューサーとして数々のベストセラーを生み出す。新聞・雑誌・Webなどで「お金」をテーマに幅広く執筆。著書に『コワ〜い保険の話』(宝島社)、『こんな保険には入るな!』(廣済堂出版)、『とっくに50代 老後のお金どう作ればいいですか?』(青春出版社)、監修書には年度版シリーズ『NEW よい保険・悪い保険』(徳間書店)など多数。
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(NEO企画代表、ファイナンシャルプランナー、AFP 長尾 義弘)
