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 ◇パ・リーグ ソフトバンク1―8ロッテ(2026年7月4日 みずほPayPay

 ソフトバンクは4日、ロッテに1―8で敗れた。1日に支配下登録された育成ドラフト8位ルーキー・北斗投手(22)がプロ初登板初先発。新人の日本人投手では初となる初登板初先発での初球被弾し、2回には味方のミスから一挙7失点するなど2回8失点KOで初黒星を喫した。チームの連勝は6で止まり、2024年から続いた「鷹祭 SUMMER BOOST」の連勝も10でストップした。

 北斗はデビュー前から浮き足立っていた。「ああいう観客の前で投げたことなくて…。フワフワしてました」。人気漫画「北斗の拳」ファンだった父に名付けられた。その思いを受けた登場曲はテレビアニメ主題歌だったTOM★CATの「TOUGH BOY」。大音量で流れたが「何とか聞こえてました」。極度の緊張状態で初球を仕留められた。

 「カウントを取りに行った外角ツーシーム。詰めが甘かった」

 初回、先頭の藤原への初球を右翼のホームランテラス席に運ばれた。初登板初先発の新人で初球を本塁打された初の日本人となった。ただ、すぐに吹っ切る。「一発食らってから緊張しなかったし、切り替えられた」。後続は3人で斬った。

 だが、2回2死一、二塁で味方にミスが出る。友杉は遊ゴロに仕留めたかに見えたが、遊撃・庄子が間に合うタイミングだった一塁ではなく二塁送球する野選で満塁。勢いを増した向かい風の中、2者連続押し出し四球後に3者連続適時打で7失点。2回65球、5安打3四球8失点。初陣は黒星発進だった。

 昨秋のドラフト会議では12球団ラスト、116番目に名前を呼ばれた。幼少期はハンドボール、サッカー、バスケットボールに熱中した。小学校高学年から野球に本格転向し、興南を経て中大では準硬式野球部。ボールは大きく違うことで「滑りやすかったし、編み目を見ながらまずは投げていた」と筑後ファーム施設では実戦登板と並行しながら硬式球とのギャップを指先のトレーニングで克服し、成長。半年で背番号「43」をつかんだ。

 プロの世界は甘くなかった。「ストライク先行しないと苦しいし、2軍と違って高さを徹底しないと振ってくれない」と猛省。小久保監督も「投げっぷりはいいと聞いていた。でも、ゾーンでカウントが取れる中で満塁で勝負にいけない。打たれた打者(藤原)に腕を振れていなかった」と課題を指摘した。

 「北斗」は夜空に輝く北斗七星にも由来する。2人の妹は七星(ななせ)と、そら。次こそ白い“星”をつかむ。(井上 満夫)

 ◇北斗(大山 北斗、おおやま・ほくと)2004年(平16)3月10日生まれ、沖縄県糸満市出身の22歳。京都・向島南小5年時に向島シャークスで野球を始め、沖縄・兼城中では軟式野球部所属。興南では甲子園出場なし。中大準硬式野球部では3、4年時に全日本選手権を連覇。好きなものは抹茶。1メートル80、83キロ。右投げ右打ち。

 ▽準硬式野球 表面が軟式球と同じゴム製、中身がほぼ硬式球と同じ準硬式球(H号)を使用する。バットは硬式用の金属、木製バットが使用可能。塁間や投本間の距離は硬式野球と同じ。西武、広島でプレーした青木勇人(現西武ファーム投手コーチ)が準硬式出身で最多の通算9勝を挙げている。

<初登板初先発で初球被弾は日本人では初>

 ○…育成出身新人の北斗(ソ)が初登板で初回先頭の藤原(ロ)に初球を被弾。初登板で第1打者に初球を本塁打されたのは23年3月31日オリックス戦のティノコ(西=救援)以来11人目でチームでは初めて。うち先発で初球を運ばれたのは16年デイビーズ(ヤ)、22年シューメーカー(巨)に次いで3人目で日本人では北斗が初めてだ。なお、初球に限らず育成出身投手が初登板で第1打者に本塁打されたのは13年徳山武陽(ヤ)、19年神戸文也(オ)に次ぎ3人目。

<両親スタンドから声援>

 ○…北斗の両親が一塁側スタンドから声援を送った。ほろ苦いデビュー戦に父の秀嗣さん(53)は「この時点でドームに立てることは奇跡と思って見ていた。これがプロの世界。洗礼ですね」と悔しそう。母の恵里奈さん(48)は息子の新しい背番号43を着て観戦。「1年前は準硬式の球場で投げていたので」と感慨深げだった。