まさかの「不法占拠」だった 浅草の名物商店街が消える日
東京浅草の「名物商店街」がついに幕を閉じた。浅草寺から歩いて数分の伝法院通り。この通りには「浅草伝法院通り商栄会」と呼ばれる商店街があり、服屋や占い屋、おもちゃ屋など32店舗のこぢんまりした店が並んでいた。だが、29日現在ほぼすべての店がシャッターを下ろしてしまっている。
それどころか、一部の店舗については既に取り壊されており、まるで商栄会という商店街なぞ最初から存在しなかったかのようにきれいサッパリな状態となっている。
浅草の名物商店街がこつ然と姿を消した理由はいったいなぜか。実はこの商店街、50年以上にわたり、公道上に無許可で建物を構えていたいわゆる「不法占拠」物件であったのだ。浅草に大量の不法占拠物件ができた理由は1977年までさかのぼる。
川崎に放置された「遊覧船」の異質さ 20日の時点で半分以上が撤去済み
当時の区長が、区画整理のために立ち退きにあった露天商に対し、浅草伝法院通りでの店舗設営および営業を認め、出店させていたのである。
だが、区長と店舗責任者の間の契約は書面などを通さない「口約束」であったため2010年代に区長が亡くなると、正式な形で営業許可を取っていない伝法院通りの不法占拠問題が浮き彫りとなったのだ。
台東区と商栄会は長年にわたり交渉を続けていたようだが、2022年には台東区が32店舗の責任者相手に東京地裁へ提訴。2025年に和解し、2026年7月末までに立ち退き、および損害金として800万円を支払うことが決まった。
商栄会は6月末の時点でほとんどの店舗の運営が終了してしまっているが、伝法院通りに立ち並ぶ個人商店は長年にわたり愛された「浅草名物」と言っても過言ではない存在であった。
ほとんどの店舗で撤去が進んでいる(筆者撮影) そのため、現在も浅草を愛した観光客たちのなかには撤去を惜しむ声も多い。だが、法治国家である日本では不法占拠は例外なく許されておらず、今回の浅草の商店街の一件は強い悲劇性を持って我々に訴えかけている。

