(※写真はイメージです/PIXTA)

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親元で暮らす成人した子どもは珍しくありません。家賃を抑えて貯蓄できる一方で、親の定年や老後資金の問題が近づくと、家族内のバランスが崩れることがあります。子どもが働いていて貯金もある場合、「いつまで実家にいるのか」という問題は、経済的な支援というより、親の生活設計そのものに関わる課題になります。

「お金がないわけじゃない」…37歳息子が実家を出ない理由

正弘さん(仮名・63歳)は、65歳定年を目前に控えた会社員です。妻の尚子さん(仮名・61歳)と、37歳の長男・拓也さん(仮名)の3人で暮らしています。

拓也さんは会社員として働いており、年収は約420万円。浪費するタイプではなく、貯金は1,000万円ほどありました。家には毎月4万円を入れています。

「お金がないなら分かる。でも、貯金があるのに出ていかないんです」

正弘さんは、そう話します。

拓也さんは食事も洗濯も母に任せがちでした。休日は自室でゲームをし、家族との会話は最低限。結婚の予定もなく、一人暮らしについて聞くと、いつも同じ答えが返ってきました。

「家賃がもったいない」

「会社にも通えるし、別に困ってない」

「そのうち考えるよ」

その「そのうち」は、何年も続きました。

正弘さんも、以前は強く言いませんでした。息子が働いていて、家にお金も入れているなら、無理に追い出す必要はないと思っていたのです。

しかし、定年が近づくにつれて考えが変わりました。

退職後は収入が減ります。住宅ローンは完済済みですが、固定資産税、光熱費、食費、家の修繕費は続きます。夫婦二人なら生活を小さくできますが、成人した息子が同居していれば、食費や水道光熱費、日用品の支出はその分かかります。

総務省『家計調査(2025年)』によると、65歳以上の夫婦のみ無職世帯では、可処分所得約22.2万円に対し、消費支出は約26.4万円で、平均では毎月約4.2万円の不足となっています。年金生活では、日常の支出だけでも貯蓄を取り崩す世帯が少なくありません。

正弘さんは、定年後の家計を試算して初めて、息子の同居が重く感じられるようになりました。

「このままでは、夫婦の老後を息子の生活に合わせ続けることになる」

そう思ったのです。

「出ていってくれ」…親子だからこそ必要な線引き

ある夜、正弘さんは拓也さんに話を切り出しました。

「来年の春までに、一人暮らしを考えてほしい」

拓也さんは驚いた顔をしました。

「急に何?」

「急じゃない。もう何年も考えていた」

拓也さんは不満そうに言いました。

「毎月お金は入れてるだろ。迷惑はかけてない」

その言葉に、正弘さんは首を振りました。

「迷惑かどうかの話じゃない。俺たちにも、これからの生活がある」

尚子さんは黙って聞いていました。息子を追い出したいわけではありません。けれど、食事を用意し、洗濯をし、生活の細かな負担を引き受けてきたのは主に尚子さんでした。

「私も、そろそろ夫婦二人の暮らしを考えたい」

母の言葉に、拓也さんは黙り込みました。

国土交通省『平成25年版 国土交通白書 第2節 住まい方の変化』によると、独身者で親と同居する人の割合は20代だけでなく30代でも増加傾向にあり、35〜39歳では1995年の10.9%から2010年には20.1%へ上昇しています。親との同居には合理的な面もありますが、親の高齢化とともに、家族の役割や費用負担を見直す必要が出てきます。

正弘さんは、息子に期限を示しました。半年以内に部屋を探すこと。初期費用は自分の貯金で出すこと。家に残るなら、食費や家事分担を明確にすること。ただし、親が老後資金を削ってまで息子の生活を支えるつもりはないこと。

「出ていってくれ」

そう言うのは、正弘さんにとってもつらいことでした。

拓也さんは数日間、口をききませんでした。しかし、その後、不動産サイトを見るようになりました。初めて家賃、管理費、光熱費、食費を自分で計算し、「一人で暮らすにはこんなにかかるのか」と漏らしました。

正弘さんは、その姿を見て少し安心しました。

「独立してほしいのは、縁を切りたいからじゃありません。自分の生活を自分で組み立ててほしいんです」

親子で暮らすこと自体が悪いわけではありません。経済的にも精神的にも、助け合える面はあります。

しかし、成人した子どもが働き、貯蓄もあるのに実家に居続ける場合、親の老後設計や生活の自由が後回しになることがあります。とくに定年後は、収入も体力も変わります。

正弘さんが突きつけた退去期限は、親の老後と息子の自立を守るために、家族が避けてきた現実と向き合うための一線だったのです。