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ジャガーの正規モデルのように高い完成度

トム・ウォーキンショー・レーシング(TWR)仕様のジャガーXJ-Sは、発注から1か月後に完成したが、愛犬を座らせる場所がないとオーナーのレイモンド・バートン氏は気付いた。そこで、1987年にリンクス社のワークショップへクルマは運ばれた。

【画像】魅惑的なフォルムのシューティングブレーク リンクス・イベンター XJを名乗ったジャガーたち 全142枚

1万1434ポンドと、ちょっとしたスポーツカーを購入できる費用が支払われ、シューティングブレークが完成したのは3か月後。ロンドンとグレートブリテン島北東部のヨークシャー州の間を、犬を乗せて夫婦で頻繁に往復したという。


リンクス・イベンター(1987年式/TWR仕様)

それから時は過ぎ、2020年に現オーナーのイアンがオークションで発見する。「自分は完璧主義者なもので、ボディの小さなサビを落とし、再塗装することにしました。最終的には大々的なレストアへ至り、完成したのは数年前です」と説明する。

粗大ごみの処分や週末の買い物に活躍

果たしてリンクス・イベンターは、英国南部の小さなコーチビルダーが手掛けたクルマだとは信じがたい。ジャガーの正規モデルのように、完成度が高いからだ。

優雅にカーブを描くルーフラインは、ジャガーのマスコット、リービングキャットの背中のよう。ウインドウより下側は、XJ-Sのフォルムを活かしつつ、見事にワゴンボディが融合している。大きな予算を投じて、開発されたように見えてしまう。


リンクス・イベンター(1987年式/TWR仕様)

リアシートには巧妙な機構が内蔵され、荷室の床面とフラットに倒せ、奥行き1.8m以上の巨大な空間を生み出せる。運転席からバックミラーを覗くと、リアウインドウが想像以上に遠くて面白い。スリムなサイドウインドウが、伸びやかな印象を強めている。

イアンは、霊柩車に見えるようにも思う、と口にするが、最近は粗大ごみの処分や週末の買い物に活躍しているそうだ。フランスへの旅行も計画中にある。

聴き応えを増すメカニカルな重奏

TWRのチューニングと聞くと、過剰なまでの大パワーを期待したくなるが、実際は一般道が似合うグランドツアラー。ステアリングホイールは軽く、サスペンションは柔軟にストロークし、スピードライン・ホイールを巻く16インチ・タイヤが凹凸を均す。

この車両は、足回りにアストン マーティンDB7用の部品が移植されており、その効果もあるだろう。ダッシュボードは、艶深いウォールナットで飾られている。


リンクス・イベンター(1987年式/TWR仕様)

テールパイプから、6.1L V型12気筒エンジンのハミングが聞こえてくるが、イタリア製ユニットのようにシンフォニックではない。しかし、カムシャフトとバルブ、ピストンの動きが激しくなるに連れ、メカニカルな重奏は聴き応えを増していく。

パワーにまったく不足はない。フロントピラーの風切り音はやや大きいが、傑出の洗練性は明らか。内に秘めたワイルドな側面が、充足感を高める。

使い勝手に優れた、優雅で強力なジャガー

美麗なシューティングブレークへ粗大ごみを積むのは、筆者ならためらう。4スポークのステアリングホイール・ボスには、TWRのロゴが刻まれている。ボンネット越しに流れる景色を眺めながら、地平線の向こうへ走りたいと願うだろう。

3速ATが高域までギアを保持するが、385psを生み出すとされるV12エンジンは、印象的なほどマイルド。スムーズに加速し、気付くと公道ではばかれる速度に届いている。


リンクス・イベンター(1987年式/TWR仕様)

許される環境なら、160km/hへの加速も静かにこなす。後方へ伸びたルーフラインは空力的に有利なはずで、クーペのXJ-Sより最高速度は若干高いと予想する。

使い勝手に優れた、優雅で強力なクラシック・ジャガー。正規に提供されていたら、XJ-Sの生産数を伸ばしたに違いないが、希少性は今ほど高くなかったはず。最も魅力的なXJ-Sだと感じるのは、挑戦的な技術者による特別な仕事であることも、理由といえる。

番外編:イベンター第1号車の行方は?

リンクス・イベンターの第1号車は、1982年にクリス・キース・ルーカス氏ら、同社のスタッフによって手作業で製作。3.2万kmのテスト走行を終えると、ミュージシャンのルパート・ハイン氏が購入している。

その荷室には、彼のランドローバー・レンジローバー以上に、多くのシンセサイザーを積めたという。「サンルーフ付きのイベンターは、このクルマだけなんです」と説明するのは彼の妻、フェイ・モーガン・ハイン氏だ。


フェイ・モーガン・ハイン氏が維持する、リンクス・イベンターの第1号車

1980年代には、歌手のティナ・ターナー氏をイベンターで迎え、バッキンガムシャーのスタジオまで頻繁に向かったとフェイは振り返る。「車内でテープを再生し、当日に歌う曲を練習していました。スタジオへ着く頃には、自分のものにしていたようです」

2000年にアメリカへ夫妻は移住するが、イベンターはフランスのガレージで保管。ルパートは2020年にこの世を去り、現在は妻のフェイが維持し、運転を楽しんでいるそうだ。「印税が入ると、イベンターのメンテナンスに充てているんですよ」

協力:ブロードウェイ・タワー社