小沢菜穂さん(43歳)

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2002年にデビューし、2007年に引退。それから長い沈黙を経て、2024年7月に配信特化型メーカー『FALENO』で復帰作を発表したセクシー女優の小沢菜穂さん。しかし、復帰後もメディアの取材に応じることはなく、引退の経緯や復帰の理由はほとんど語られてこなかった。
「子育てが一区切りした時に『“女”としてこれで終わっていいのか?』という疑問が頭をよぎったんです」

“小沢菜穂”は、若き日に何を思いセクシー女優を辞めたのか。そして月日が流れ、なぜ再び表舞台に立ち始めたのか。秘密のヴェールに覆われてきた、彼女の素顔が今明かされる。

◆デビューをしたのは、事務所に就職するための足掛かりだった

――2002年にデビューし、2007年に高い人気を誇ったまま引退。まさにレジェンドなセクシー女優さんですよね。

「その呼ばれ方、嫌なんですよ(笑)。なんだかしっくりこないんですよね。私としては、セクシー女優を“やらせていただいていた”という感覚なので……」

――謙虚ですね(笑)。もともとどういったきっかけでデビューをしたのですか?

渋谷にいるときに『セクシー女優のスカウトですが』と声を掛けられたんです」

――ぼかすこともなくハッキリと。当時としては珍しいような気がします。

「ね(笑)。向こうも『もしよかったら……』みたいな姿勢だったので、私もノリで『お話聞きます』と。どんな話をされたのかはあんまり覚えていないんですけど、1〜2週間くらい考えてからデビューを承諾しました」

――葛藤はなかったのですか?

「私、その頃はフリーターだったんですよ。学校を卒業した後で、入社予定だった就職先が潰れてしまったんです。だから普通の仕事に就きたいという気持ちが強くて。1本出演したら、その後は事務所で社員として働かせてくれないかな〜と思っていたんです。つまり、就職の足掛かり(笑)」

――予想外のデビュー秘話です。

「でも、本当に何本か撮ったら辞めるつもりでいたんです。ただ、6〜7本目くらいになってくると、すっかり環境に慣れてしまっている自分がいて。そのままズルズルと続けて、気が付いたら25歳になっていました」

――この業界は想像していたよりも居心地が良かった?

「というよりも、自分がやれることをただ頑張っていたという感覚です。社会のことを何も知らなかったので、『セクシー女優も世の中にたくさんある仕事のひとつなんだ』と思えた気がします。でも、その分この仕事に対する偏見など、やってみなければわからないことも多かった。人として成長させてもらった部分もあったと思います」

◆引退したのは、早く“母親”になりたかったから

――デビューから5年後に引退を決めたのはなぜですか?

「本心を言うと、早く“母親”になりたかったんです。とにかく子育てがしたかった!」

――好きな人がいてその人の子どもを産みたいとか、そういうことではなく?

「全く違います(笑)。でも幸運なことに、引退してからすぐに妊娠することができて、翌年に娘を出産しました。そこからはずっと母親業がメインの人生早坂ひとみちゃんとお店をやったりはしていましたが、子どもと一緒にいることが第一でした。もちろん生活のために仕事はしなければいけなかったけれど、あくまでも母親としての比重が大きかったです」

――引退後は小沢菜穂としては一切何も発信していませんでしたよね。

「そうですね。SNSもやっていなかったし、表舞台に出ていこうとも思わなかったです。本当に子育てに対して前のめりでしたね。PTAもやっていたし、親同士の交流も積極的にしていましたよ」

――元セクシー女優であることが周囲に知られるかもしれない、とは思いませんでしたか?