家事を円滑に進めるためにAIを活用している人も徐々に増えつつある昨今。瞬時に私たちの困りごとに対応してくれるAIですが、そんなAIにも「間違いはつきもの」と、書籍『AI×家事 毎日バタバタな3児ママがAIを使ってみたら、一人で悩む時間が消えた。』の著者の宮崎真理さんは言います。今回、宮崎さんが実際に体験した「AI失敗エピソード」と、AIを活用する際に気をつけたいことについて語ります。

※ この記事は『AI×家事 毎日バタバタな3児ママがAIを使ってみたら、一人で悩む時間が消えた。』(扶桑社刊)より一部を抜粋し、再編集しています。

どうしてAIは「高級肉」でチャーハンをつくったのか?

ある日、小学生の息子と一緒に生成AIでお昼ごはんを考えていたときのこと。「冷蔵庫に牛肉あるから、これでなにかつくろう」と息子が言うので、「牛肉で簡単なお昼ごはんをつくりたいんだけれど」と入力してみた。

返ってきた答えは「牛肉チャーハン」。

しかも「肉を細かくきざんで、ご飯と一緒に炒める」という丁寧な指示つき。私はあわてて止めた。

なぜなら、その肉はいただきものの「すき焼き用の高級肉」だったから。サシの入った薄切り肉を刻んでチャーハンだなんてもったいない。せっかくの高級肉ならシンプルに焼いて味わいたかった。

でも息子は「え、なんでダメなの」とキョトン。

たしかに、入力内容は間違ってない。「牛肉で簡単なお昼」という条件には、ちゃんと合っている。AIは与えられた情報のなかで、最適な答えを出しただけ。

でもAIには、その肉が「特別なもの」で「大事に味わいたいもの」だなんて、わからない。言葉にしなければ、伝わらない。AIが参照できるのは入力された情報にかぎられると実感した。

AIには「暗黙の了解」が通じない

ここから学んだのは、AIには「暗黙の了解」が通じないということ。

「牛肉で簡単なお昼ごはん」と言われたら、AIは「牛肉=食材」として処理する。その肉が「いただきもの」で「特別」で「薄切りのまま味わいたい」という情報は、言葉にしない限り存在しない。AIにとって、言葉にない情報は判断材料として扱えない。

じつはこれ、AIだけの問題じゃない。事情を知らない夫に「牛肉でお昼つくって」って頼んでも、同じことが起きる。友人に何かを頼むときだって同じ。「共有されてない前提条件」があったら、だれだって間違える。

人間同士でも、言葉にしなければ伝わらないことは山ほどある。

ただ、AIを使うと、この「共有されてない前提」がすごくはっきり見えるようになる。人間同士なら「なんとなく察して」もらえることも、AIには通じない。空気を読んでくれない。

だから、自分が本当はなにを求めてるのか、言葉にする必要がある。最初は面倒に感じたけど、慣れてくると意外な発見もあった。

自分が無意識に前提としていた条件が可視化される感覚があった。

医療でもビジネスでも、同じ構造の問題が起きる

高級肉チャーハンは笑い話だが、同じ構造の問題がもっと大きな場面でも起きうるらしい。

たとえば医療の現場で「患者の苦痛をなくして」とだけ指示したら、副作用の強い鎮痛剤を大量投与するような、人間が意図しない方法を提案してしまう可能性もある。

ビジネスの場面で「成果を最大化して」だけだと、人間が重視している倫理や配慮が十分に反映されない提案が返ってくるかもしれない。

教育の場面で「成績を上げて」だけだと、子どもの興味や健康を無視した方法を示してくるかもしれない。

どれもAIの論理では合理的に見えるけど、人間の価値観から見たら「それは違う」となる場合がある。つまり、「やってほしいこと」だけじゃなくて、「避けたいこと」「守るべきもの」「なにを優先するか」まで含めて伝える必要がある。

台所でも、病院でも、会社でも、学校でも、構造は同じように思う。前提条件を具体化することで、解釈の幅が狭まり、意図に近い提案が返ってくる。

「早く片付ける」は手段で、目的じゃない

この「指示出し」の問題、じつは日常の生活でも起きてることに気づいた。

たとえば「早く片付ける」。これって手段であって、目的じゃない。本当のゴールは「家族が気持ちよく過ごせるリビングをつくること」だったりする。でも「早く」という言葉だけがひとり歩きすると、本来の目的を見失ってしまう。

もし仮にAIに片付けをまかせたとしたら、「早く」だけを優先すると、物を分類せずにまとめて収納して「完了」と判断する可能性がある。たしかに片付けは早く終わる。でも見た目は乱雑だし、必要なものを探すのが大変になる。家族がくつろげる空間とは程遠い。

だから「スピード」だけじゃなくて、「家族がくつろげる見た目」とか「子どもでも自分で戻せる配置」とか、そういう基準も必要になる。

手段と目的を取り違えない。日々の暮らしのなかで、つい忘れがちなことでもある。自分自身への戒めでもある。

●AI活用の壁は「言語化」の難しさ

AIを使っていて困ったのが、自分がなにを大切にしてるか、意外と言葉にできてないってこと。

「これ、なんとなくいい感じにして」とか「適当にやっておいて」とか、日常ではそういうあいまいな指示ですませちゃう。人間相手なら、それでもなんとかなることが多い。相手が気をきかせてくれたり、途中で確認してくれたりするから。

でもAIにはそのままでは伝わらない。だから、「いい感じ」って具体的にどういう状態か、「適当」ってなにを優先して、なにを避けるか、そういうことを自分で考えて、言葉にする必要がある。

正直に言うと、最初は面倒だった。でもくり返してるうちに、自分の中の優先順位が見えてきた気がする。「早く終わらせたい」のか「丁寧にやりたい」のか。「見た目」を重視するのか「使いやすさ」を重視するのか。

言葉にしようとすることで、自分でも気づいてなかった価値観がぼんやり見えてくる。

そしてそれは、AI以外の場面でも役に立つ。家族になにかを頼むときも、自分のなかで優先順位を整理してから伝えると、お互いのストレスが減ることに気づいた。これは思わぬ副産物だった。

AIの「できなさ」が、考えるきっかけをくれる

高級肉チャーハン事件以来、息子も「AIって、言わないと全然わかんないんだね」って学習した。今でも失敗はあるけど、「なんでそうなった」「じゃあ次はどう伝える」って一緒に考えるのは、意外と面白い。

そしてこの「どう伝えるか」を考えることが、結局、自分たちがなにを大切にしてるかを見つめ直す時間になっている。

AIが万能ではないからこそ、こういう対話が生まれる。AIの限界に触れることで、自分たちの意図や価値観を再確認する機会が生まれている。

それって、悪くないかもしれない。