近年では、病気や障害の治療法として、ゲノム編集による遺伝子治療の研究が進められています。遺伝子治療によって、先天性難聴を持つ子ども5人の聴力を回復させることに成功したと上海の復旦大学付属病院の研究チームが報告しています。また、同様のケースはアメリカ・フィラデルフィア小児病院でも報告されています。

AAV1-hOTOF gene therapy for autosomal recessive deafness 9: a single-arm trial - The Lancet

https://www.thelancet.com/journals/lancet/article/PIIS0140-6736(23)02874-X/fulltext



Children's Hospital of Philadelphia Performs First in U.S. Gene Therapy Procedure to Treat Genetic Hearing Loss

https://www.prnewswire.com/news-releases/childrens-hospital-of-philadelphia-performs-first-in-us-gene-therapy-procedure-to-treat-genetic-hearing-loss-302042233.html

Gene therapy breakthrough enables deaf boy to hear for the first time - The Week

https://www.theweek.in/news/health/2024/01/24/gene-therapy-breakthrough-enables-deaf-boy-to-hear-for-the-first.html

Gene therapies restore hearing in several kids with inherited deafness | Live Science

https://www.livescience.com/health/genetics/gene-therapies-restore-hearing-in-several-kids-with-inherited-deafness

遺伝子治療とは、病気の原因となる遺伝子を健康なコピーに置き換えたり、機能不全に陥った遺伝子を不活性化したりするなど、個人の遺伝子を改変することで病気を治療する技術です。

生まれつき聴力に問題がある先天性難聴は、オトフェリンと呼ばれるタンパク質が突然変異を起こすことによって発生するものと考えられています。そこで、復旦大学付属病院の研究チームは、生まれつき耳が聞こえない1歳から6歳までの子ども6人に対し、タンパク質をオトフェリンに置き換えたアデノ随伴ウイルスを投与しました。

研究チームは対象の子どもに対し、中耳と内耳を隔てる膜に遺伝子を投与。投与は片方の耳に対して行われ、治療の結果、6人中5人が26週間以内に聴力を回復したことを示しました。

研究チームによると、聴力の改善は治療後約4〜6週間で現れ始めたとのこと。同時に、子どもたちの話す力に改善が見られたことも報告されています。



今回治療の効果が現れた5人中3人の子どもは、治療を行った反対側の耳に聴覚を補助する「人工内耳」を装着していました。しかし、治療を行った後、この子どもたちは人工内耳のスイッチを切った状態でも発せられた言葉を知覚し、口頭でコミュニケーションを取れるようになりました。また、人工内耳を装着していない残り2人の子どもは、難聴によって言葉をまったく知覚できない状態から、治療によって初めて言葉を聞き取れるレベルにまで改善しています。

一方で研究チームは「今回の治療には重篤な副作用はありませんでしたが、発熱や白血球数の一時的な増加など、軽度の副作用が確認されました」と報告し、「治療に際し、最も効果を示す投与量や、その安全性を判断するには、さらなる大規模な研究が必要です」と述べています。

同様の研究はアメリカでも行われており、2023年10月4日、フィラデルフィア小児病院の研究チームは11歳のアイサム・ダムさんに対し、鼓膜を部分的に持ち上げ、中耳と内耳を隔てる膜に対し注射を行う遺伝子治療を行いました。

治療の結果、ダムさんの聴力は飛躍的に改善。治療前、「重度の難聴」と診断されていたダムさんの聴力は、約4カ月経過時点で、「軽度から中等度の難聴」との診断結果に変わっています。



これらの遺伝子治療の成功例は、遺伝子変異に伴う難聴に苦しむ世界中の患者だけでなく、医療界全体に希望をもたらす可能性が期待されています。フィラデルフィア小児病院の耳鼻咽喉科医であるジョン・ジェルミラー氏は「難聴に対する遺伝子治療は、難聴を専門とする医師や科学者が20年以上にわたって取り組んできたものです。今回の成功によってついに難聴の遺伝子治療が実現しました」と述べました。

なお、アメリカ食品医薬品局(FDA)は、安全上の理由から、低年齢の患者での治療や研究を行う前に、まずは年長の患者で治療の有効性や安全性を評価すべきと主張しています。