ONCE(杉本雄治)

今年2月に解散したピアノロックバンドWEAVERのピアノボーカル・杉本雄治がソロプロジェクトONCE(ワンス)の活動をスタート。7月19日に、ONCEとしてしての初めての楽曲「Amazing Grace」を配信リリースした。"You only live once”(人生一度きり)から名付けられたこのプロジェクトについて杉本雄治にインタビューを実施。ソロプロジェクトONCEに臨む姿勢から、楽曲「Amazing Grace」の制作背景、杉本が思うアーティストとしての理想像について、話を聞いた。

自分の音楽を1日でも早く届けたい

――ソロプロジェクトがスタートされましたね。もう少し休まれるのかなと思っていました。

1回見つめ直すという意味で、音楽とは違うことにチャレンジしたり、時間を置いてもいいのかなと思う自分もいました。WEAVERを応援してくれていた方々が、自分の音楽をこれからも必要としてくれるのか、というのは未知数ではあったのですが、WEAVER最後のライブ公演が終わってからもお手紙やメッセージをいただいて、少なからず「杉本雄治の音楽を待ってます」と言ってくれる方がいたので、その方たちに改めて自分の音楽を1日でも早く届けたいという思いが、どんどん強くなっていきました。

――ファンの皆さんの声が、アクションに繋がっていったんですね。

僕自身も忘れられたくないという気持ちもありました。自分の新しい音楽を見つける旅がここからの1〜2年だと思っていて、それをみんなと一緒に共有できたらと思っています。

――ONCEを発表するまでに考えていたことは?

ファンの方の思いももちろん、A-Sketchというレーベルに所属して、社長だったりスタッフが僕の音楽に期待を持ってくれている、というのがすごく伝わってきました。今まで僕の音楽に携わってくれた信頼できる人たちに対して、まだ恩返しができてないと思い、休んでいる暇はないなと思いました。最初は小さなライブハウスだったり、カフェなどで自由に音楽をやる1年でもいいのかなと思ったのですが、そうではなく新しい音楽を生み出し続けて、今までの僕を知ってくれている人たちに、目標を持って進んでいるということを感じてもらえる1年にしたいと思いました。

――色々思うことがあったわけですね。

杉本雄治としてのありのままの姿といいますか、そもそもの音楽の楽しみ方、自由に力を抜いてできる場もほしいと思いつつ、周りの人の期待だったり、生活と音楽を見つめ直す中で、やっぱり自分は音楽に生かされてきたんだと感じました。それとは別で自分の決意表明と言いますか、ここでもう1回本腰を入れて自分の新しい音を探す場所がほしいと思うようになったのが大きいです。

――本名をあえて出さないというのも意図が?

杉本雄治の音楽を否定してるわけではないのですが、14年間メジャーシーンの中でやらせていただいて、杉本雄治という名前を出すと、今までの先入感というのは、いい意味でも悪い意味でも間違いなくついてくると思っていて。ONCEとして作品を出して、先入観を取り除いて音楽を受け取ってほしいという思いがあります。

――ONCEには、一度きりの人生の中で新しい音楽が生まれるたった一度の瞬間。その感動や興奮を、これからもみんなと分かち合いたいという想いが込められているとのことですが、名前は温めていたんですか?

今年の3 月ぐらいから考え始めました。アーティスト名は3択ぐらいで、once in a blue moonというのも候補にありました。ブルームーンは稀にしか見れないじゃないですか?

稀にしか見られない奇跡の瞬間、奇跡の音楽を届けるみたいな意味といていいなと思ったのですが、シンプルにONCEにしました。

今の人生は音楽が導いてくれた

――ここで改めて音楽のルーツについて、お聞きします。杉本さんが音楽を始めるきっかけとなったのは、U2のチャリティライブの映像だったんですよね?

そうです。格好つけたいとかでバンドを初めたわけではなくて、U2のボノを観た瞬間に、音楽で世界変えられるんだと衝撃を受けました。その体験が歌うことの始まりでした。

――今でもその時の衝撃が残っていて。

残ってますし、今回のONCEの活動、リリースした「Amazing Grace」にもつながっていることです。U2の音楽を聴いたのは小学3年生頃で、英語もわからないし、MCとかも何を話しているのか全然わからないんですけど、メロディーだったり声の響きだけに心を動かされました。昔から自分はピアノはやっていたのですが、そのピアノでどうしたいとか何も持っていないところに、音楽で世界を変えれるという衝動をU2のメロディーが与えてくれました。言葉も大事なんですけど、音が響いた瞬間に空気が変わる、それによって心を動かしたりできるというのは、自分の中で大事にしている部分なんです。

――「Amazing Grace」が出来た背景にはどんなものがありました?

新しい杉本雄治、ONCEとしてどんな音楽がいいんだろう?

と思った時に生まれたのがこの曲でした。紛れもなくその思いがこの曲には詰まっています。歌詞にはイメージを共有するような名詞だったり、そういうものは出てこないんですけど、それは意図的でそれぞれが想像するものに委ねたいという思いがありました。今回は一人称に「僕」という言い方をしていないのも特徴です。最近はジェンダー問題だったりもある中で「僕」と歌ってしまうと、どこか人を限定してしまう気がしたので、全ての人がフラットな気持ちでこのメロディーを受け取ってもらえる、そういう世界観にできたらなと思い、あえて使いませんでした。

――タイトルにはどのような想いが込められているのでしょうか。

「Amazing Grace」には“神の恵み”といった意味があるんですけど、もう1回音楽と向き合ってきた時間の中で、いま自分がこうやって生きているのは、本当に音楽のおかげなんだなというのを感じて。音楽というのは言葉にできない自分の中にある感情に寄り添ってくれるじゃないですか?

僕自身にとって音楽は間違いなくそうでした。今までいろんなことがあったけど、それを乗り越えさせてくれたのも音楽で、今の人生は音楽が導いてくれたんだということを心から実感しました。今の現状というのは当たり前のことではないと思えたことが、このタイトルになった経緯です。

――サウンド面についてお聞きします。クラップのような乾いた音が入ってくるのが気持ちよいのですが、これは何の音なんですか?

クラップの音とパソコンで作ったオケを混ぜて鳴らしています。この曲を出したことでアルバムというのは間違いなく見据えていて、自分の音楽を探す旅に出たいと話した通り、この 1 年は自分1人でどういう風に音を鳴らせるだろう?

というのを色々模索したい、そういう時間を楽しみたいと思いました。

これから出す音源もいろんな音、クラップなどいれたりしますが、ステージに立った時に 1人でプレイして違和感のない、世界観がしっかり伝わる音にしたいなと思ったので、あえて生のドラムとかは入れていなくて。その選択肢としてクラップというのは自分で鳴らせる音だったので、取り入れました。

――ということはストリングスは打ち込みなんですね。とはいえかなりリアルですよね。

打ち込みです。「Amazing Grace」は煌びやかでブライトなサウンドにしたいなと思っていたので、ピアノも含め全て打ち込みサウンドでもいいなと最初は思っていたのですが、やっぱり打ち込みには出せない空気感というのは間違いなくあって、メインのバッキングは生で自宅で録りました。でも、上の方で重なっているピアノはあえて打ち込みにしています。

――生と打ち込みの対比があるんですね。ミックスダウンは杉本さんが?

最初は自分でやっていたんですけど、ちょっともう一段底上げしたいなと思ったので、エンジニアさんにお願いしました。どうしても1人で作っていくと先入観に縛られすぎる部分もありますし、そこにスパイスがほしかったのでお願いすることにして、おそらく今後出すアルバムもそうすると思います。

――歌唱するにあたって意識していたことは?

逆に今まで以上に意味を込めすぎない歌い方になったと思います。今まではほとんどの楽曲を河邉が歌詞を書いていて、その歌詞をWEAVER杉本雄治として歌っていました。そういった意味で言うと今回はよりダイレクトに、そのまま自分の感情というのは既にメロディーと歌詞に乗っているので、歌う時に意識はしてはいなかった理由だと思います。

――そういう意味ではすごい歌いやすかった。

もうそこすら無かもしれない(笑)。歌っている時に想像していたのはライブだったかもしれないです。きっと自分はこの曲をステージで気持ちよく歌っているんだろうなとか、そういうことを想像して歌っていました。

型にはまらず表現していきたい

――杉本さんにとって今ライブというのはどんな存在なんですか?

生き様だったり、裸になって思いを伝えられる場所だと今までも言ってきたのですが、本当にその通りだと今も思っています。僕がライブを始めた頃というのは、SNSと言ってもmixiぐらいしかない時代で、Twitterのような日常をつぶやくものはなかったので、音楽に込めている感情や、自分の生き様を伝えられるのはライブがメインでした。

TwitterとかインスタなどSNSが増えてきて、最初はただ日常をつぶやいて共感できる場所ですごくいいなと思う時期もあったんですけど、それがどんどん変わってきたと感じています。今は日常をつぶやくというよりも揚げ足取りといいますか、すごく伝えたいことを話したとしても1行を抜いて意図的に違った伝え方をされたり、炎上ツイートとかそういったものを見ると、負の感情に共感するものだけがどんどん盛り上がっている感じがしています。これが楽しいとか、これ最高だよね、というものが盛り上がることって意外と少ないじゃないですか?

――SNSの使い方がいま問われていますよね。

Twitterなどで思いを共有することは大事ではあるのですが、それがなかったとしても僕には音楽があるしライブもできる環境があります。そんなこと言っていたらみんなに忘れられるぞ、とか思われるかもしれないのですが、届く人には絶対に届くと思っています。ですので、ライブというのはありのままの自分のメッセージだったり、思いを乗せて届けられる一番大事な場所だなと思っています。

――今曲作ってる中でライブ『ONCE 1st Tour 〜ONLY LIVE ONCE〜』が 9 月14日に開催されますが、全曲オリジナルでやられるんですか?

全曲オリジナルはまだ難しいので、カバー曲を混ぜることになると思います。

――それこそU2とか聴いてみたいです。

それもいいですね。僕は去年から好きな作品があって、それは、ジェイコブ・コリアーのライブアルバムなんです。彼はワールドツアーの中で素晴らしいアレンジでカバー曲を披露しています。それを見た時に、思い入れのあるカバー曲だったら、自分の魂を注げるなと思いました。全力のカバーを混ぜてワンマンに挑みたいと思います。

――ライブのテーマやコンセプトは決まっていますか。

テーマは1人です。1人でこんな音を出すんだみたいなワクワクや興奮を届けたいと思っているので、ルーパーを使ったり多重録音で色々やりたいと思っています。

――最後に杉本さんの理想のアーティスト像はどんなものですか。

自分の中で2つあります。一つは杉本雄治として、おじいちゃんになっても小さい箱でピアノを弾いて歌っているような距離が近い、そういうミュージシャンでありたいなと思いつつ、自分の音楽を受け取ってくれる人と常に一歩先の夢を見れる、目標を一緒に持って進める、新しい場所と音楽を求めて進み続けるミュージシャンでもありたいと思っていて、その両方実現することが理想です。今はまだ「Amazing Grace」しかリリースできてないので、まだ皆さんに伝わらないところもあると思うのですが、型にはまらずに表現していきたいと思っています。(おわり)