ハウス食品「のっけてジュレ」は、震災で最需要期の販売がかなわなかったという逆風の中で、1年間で8億円を売り上げた。玉石混淆のソース市場の中で、なぜこれほど消費者の支持を得られたのだろうか。

■競合商品に対する不満点にヒントがあった

伝統的な製品ジャンルという縦割り思考ではなく、別の製品ジャンルのものと「結合」したり、これまでなかった新しい用途に「応用」したりすることによってミュータント(新種)を生み出すことができる。これらが水平思考で、成功例には「食べるラー油」や「山スカート」など枚挙にいとまがない。水平思考によって、閉塞状態に陥っていた既存市場は活性化のチャンスを得ることができる。

ソースやドレッシングなどの分野でも水平思考の取り組みは実行されており、高業績を挙げる製品が出てきている。ハウス食品の「のっけてジュレぽん酢」は、その典型例といえる。昨年2月21日発売以来1年間で、約8億円の売上高を達成した。この数字は当初目標としていた7億円を優に上回っており、3月に起こった東日本大震災の影響で最需要期の4カ月間の販売がかなわず、事実上のスタートが8月であったことを考えると、「見事」と評してよい水準と思われる。

それでは、「のっけてジュレぽん酢」とはどのような製品なのだろうか。

一言でいえば、「ジュレ」というゼリー状のソースである。このソースはぽん酢を名乗りながらもその用途は多岐にわたり、トンカツ、サラダ、冷奴など、数多くの和洋の料理にマッチする。ハウス食品では、これのひな型となる業務用の「ゼリーソース」を2006年に開発していて、それを一般家庭向けに応用したのだ。

「ゼリーソース」の開発の経緯には、業務用ならではの理由がある。例えば居酒屋で出てくる「突き出し」は、前もって大量に仕込んでおかねばならない。必然的に仕込み時点から消費時点までのタイムラグが発生する。仕込み時点で食材に通常の液体調味料(醤油やぽん酢等)をかけてしまうとそれの鮮度や味覚が格段に落ちてしまう。このような問題を解決するためにゼリーソースはつくられた。

つくり上げたのは、R&D部門である。ハウス食品には、ソマティックセンターという研究の専門部署があり、基礎研究と製品開発研究の人員を約300名も擁している。ここの業務用ゼリーソース開発の人員が、後に一般消費者向けの「のっけてジュレぽん酢」の開発にも携わったのだ。

ただし、06年当時はまだ、一般家庭向けにこの製品を出していこうという意図はなかったそうだ。というのは、家庭での食事の際に調味料を使うのは食べる直前が普通で、居酒屋の突き出しのようにつくり置きして長時間放置しておくことはほとんどないからだ。

それではなぜ家庭向けにこのような特殊な調味料を出していこうと考えたのだろうか。それは、同社のお家事情が影響している。

ハウス食品では、1995年から「冷しゃぶドレッシング」という液体調味料を市場化している。この製品は最盛期に年間15億円ぐらい売れるヒット作だったが、次第にその成果も陰りを見せてきた。液体調味料事業を何とかしなければならないという大きな課題を意識するようになったのだ。

この冷しゃぶドレッシングには、用途の限定という問題点があった。いうまでもなくこの製品は冷やしたしゃぶしゃぶ専用の調味料だ。このような極端な用途限定型製品は不況期には好まれない。最初は物珍しさで購買されたものの、次第にポン酢で済ませてしまう消費者が増えてきたのだ。

そこで汎用性の高いポン酢に取り組もうということになったのだが、この分野にはミツカンの牙城がそびえていて、真っ向勝負は難しい。そこで業務用で実績のあったゼリーソースに白羽の矢を立て、その利点を生かしながら汎用性の高い調味料ができないものかと思案を巡らせ、「のっけてジュレぽん酢」が誕生した。

ハウス食品マーケティング本部香辛食品事業部開発マネージャーの栗本宜長氏は開発当時の事情をこう語る。「ポン酢の不満点というのを調べてみると、(液体なので)下に全部落ちてしまって、例えばサラダなんてビチョビチョになるんですよ。同時にゼリーソースのほうも何とか家庭用にできないかという課題がありましたので、それで(ぽん酢とゼリーソースとを)合体したのです」。

発売に際して、用途の広さをアピールするため、トンカツ、サラダ、冷奴への使用例をパッケージに載せた。テレビCMでもその用途を明確にするため、タレントの大沢あかねがこれをトンカツにかける映像にしている。

また、暗に脂っこさを中和してくれるメリットを訴えている。トンカツのような揚げ物の場合、脂っこさやカロリーが気になるところだが、「のっけてジュレ」は液体ソースのように流れ落ちてしまうことがなく、食材によく絡むので中和度が高い。加えてパッケージに「ノンオイル」をうたっているのでカロリーも気にならない。

さらに慣習的にトンカツソースは、茶色や黒色の液体が多く、ダークでハードな印象を受けるが、「のっけてジュレ」の場合、キラキラと黄金色に輝いているので華やかで、オシャレで、ビジュアル面でも女性に好感を持ってもらえる。

ジュレの透明感とゼリー独特の物性を生かすため、テレビCM(大沢あかねバージョン)でも、ジュレが遠くから飛んできてトンカツにかかるようなイメージに演出した。このダイナミックなCMは、今流行のCGではなく、実際に飛ばしたものだというから驚きだ。幾度も撮り直しをしたそうで、同社によるジュレの特性へのこだわりの強さを感じさせるエピソードといえる。

同様にパッケージ・カラー面でも伝統的調味料のぽん酢との区別性を意識した取り組みを行っている。通常ポン酢といえば、液色を反映して黒っぽいパッケージという印象である。しかし、「のっけてジュレぽん酢」の場合、あえてパッケージを純白にした。ここにはハウス食品のコーポレートイメージを踏まえたメッセージ性が生きている。カレーであまりにも有名な同社はパッケージを白色にすることで、洋風のイメージを前面に押し出し、区別化を果たしたのである。

■若い世代をファンに変える情報戦略

いざ家庭向け製品の発売の段になって、ネーミングに関して一悶着あったという。それは「ジュレ」という言葉を使ったとして、どれだけの人が知っているか未知数だったからだ。加えて、社内では「ゼリーソース」で通っており、そのままのほうがわかりやすいのではという意見が根強かった。しかし、欧風料理で使われている用語は「ジュレ」であり、そのニュアンスにはそこはかとない高級感が漂っていた。

対照的に「ゼリーソース」にしてしまうと、いわゆるお菓子の「ゼリー」をイメージされてしまい、甘ったるいものと思われてしまう可能性があった。それゆえ「ジュレ」という言葉が選択されたのだ。さらに、液体のようにするため、「のっけて」を加え、「のっけてジュレ」となった。

この製品には、発売時期に絡んで奇妙なシンクロニシティ(有意な偶然の一致)がある。ハウス食品が「のっけてジュレぽん酢」を発売した11年2月には、ヤマサ醤油も「昆布ぽん酢ジュレ」を出している。正確には、同社は2月15日発売で、21日発売のハウス食品より約1週間早いのだが、無論その時点でハウス食品もすでに製品を出荷する準備が整っていた。

同種の製品がほぼ同時に発売されるシンクロニシティ現象があることはしばしば耳にする。だが、ハウス食品とヤマサ醤油は、時期、ネーミングの「ジュレ」、包装形態や容量、価格も類似していて驚きである。これら2社に比べ、ぽん酢最大手のミツカンは、8月19日と半年ほど遅れて「ぽんジュレ香ゆず」を発売している。しかし、上記の通り、震災の影響で事実上のスタートはハウス食品も、ヤマサ醤油も夏以降なので、ほぼ同時期のスタートといえる。

3社揃い踏みとなってから最も売れたのは、ハウス食品の「のっけてジュレぽん酢」であった。なぜ同社が突出できたのかというと、そこには緻密な調査があったからだ。同社では、デモグラフィック別の定期調査や味覚調査は以前からしばしば行ってきたが、この製品の場合、すでにサンプルとなる業務用製品があったので、比較的大規模な味覚調査を無理なく実施することができた。600サンプルの被験者に「オイシイ」かどうか、そのテイストを判断してもらって、その後に自宅に持ち帰ってトライアルしてもらっていたのだ。

この結果が良好だったので、一般家庭向け製品の市場化とあいなった。上記の通り、競合企業とほぼ同時スタートでありながらも、比較優位の成果を挙げられたので、その原因がどこにあるのかを年代別に調べたという。これにより興味深い事実が判明した。栗本氏によると、「40代以上のお客様はどこのメーカーでも同じようにつかんでいました。しかし、私どもが突出していたのは、それよりも若い世代、20代、30代の方に使われていたという点です」とのことだ。

若い世代に好まれた理由に、同社の巧みな情報戦略が挙げられるだろう。11年8月からの再スタートの折に、「のっけてジュレ」でツイッターの公式アカウントを取得し、積極的に若い人々とコミュニケーションを交わすようになった。カスタマーコミュニケーション本部広報課の前澤壮太郎氏は、「ツイッターは強いという印象を持っています」と実感を込めて指摘する。

また、春と秋に開催される問屋の展示会も有効活用している。ここでは、雑誌「Mart」(光文社)の読者モデルが呼び集められ、展示製品に投票をしてもらっている。得票率が高く、人気の製品は、ヒットする確率が高くなる。そこで、ハウス食品では、セールストークの巧みな実演販売士にお願いして「見てください。このぽん酢を。垂れません」といった口上で積極的に呼び込みを行った。この展示会には、マスコミも多数来場しているため、得票率が上がると、「話題」として取り上げてもらえる。栗本氏は感慨深く「パブリシティは本当に大きな効果がありました」と語る。

■水平思考によって閉塞市場を掘り起こせる

さらに、ハウス食品では興味深いブログとツイッターとのクロス・コミュニケーションを実施している。アイランド株式会社運営の「レシピブログ」というポータルサイトにサンプルを提供すると、それをブロガーに配ってくれる。これは、サンプルを使ったレシピをブログにアップしてもらうためなのだが、それに「コンテスト」という要素を加えると非常に盛り上がるという。

レシピブロガーが自分のレシピをアップすると、それを見た読者が投票を行うことになる。レシピブロガーとしては、順位が何番になっているかで自分のメニューの評価がわかるので、例えば「あともうちょっとで何番目になれるからお願いします」というメッセージを読者に送り、それを受けて読者が支援するという形になる。

コンテストの投票はパソコンやスマートフォンで行うのだが、投票者の中にはツイッターを行っている人も少なくない。彼女ら/彼らは、「こういうレシピが登場しています」とか、「この人のメニューが人気急上昇になりました」とかをリアルタイムでつぶやいている。このような実況中継に対し、ハウス食品サイドも独自の情報提供を行ったり、つぶやいたりして双方向のコミュニケーションを成立させ、重層的な盛り上がりを見せるのだ。

ハウス食品では、数多くの香辛料を抱えている。これらは個別のCMは行わず、レシピブログとツイッターでのクロス・コミュニケーションに注力している。「のっけてジュレぽん酢」もこの手法を活用したのだが、「結果として、若年層がすごく熱くなってくれて、これが一番のブランドになれた理由だと思います」と栗本氏は語った。

あらためて水平思考と双方向コミュニケーションの重要性を、この事例は教えてくれる。

(早稲田大学社会科学綜合学術院教授 野口智雄=文)