中邑真輔の“気になる今”を訪ねて―― プロレス実況・清野茂樹、片道24時間の長旅で目にした“たゆまぬ努力” 改めて思いを強くした自らの使命

WWEの試合を実況する度、完成された世界観に圧倒されてしまいます。あの華やかなテレビショーの裏で、スーパースターたちはどんな日常を過ごしているのか? 最近はNetflixで「WWE UnREAL」が配信されたり、イヨ・スカイに密着した「情熱大陸」が放送されたりしましたが、あれも言うなれば、テレビの世界。やはり、この仕事をしているうちに一度は、自分の目でリング外の彼らに密着したい。そんな思いで私は、中邑真輔に連絡を取ってみました。
【画像】ムエタイや弓道でトレーニングを行う中邑真輔(複数カット)
彼とは新日本プロレス在籍時代に何度も仕事をしてきましたし、私にとって大学の後輩でもあります。WWEに入団してから10年、日本での試合は毎回客席から見ていますし、オンラインでのやりとりはありますが、直接会ってはいません。アメリカでどんな暮らしをしているのか見たい、知りたい、感じたい。そこでフロリダ州オーランドにある自宅を訪れたい旨を伝えると、快諾してくれました。東京から地球の反対側にあたる、片道24時間の長旅です。
中邑は現在、毎週土曜日に配信されている「SMACKDOWN」の登場人物の一人で、ストーリー上、ソロ・シコアが率いる悪のユニット「MFT」に襲われて負傷し、リングを離れています。かつて日本のリングで一緒だったフィン・ベイラーやタマ・トンガとの関係が今後どうなるか、WWEユニバースにとっては気になるところです。
■ソロ・シコアが率いる悪のユニット「MFT」に襲われる中邑真輔 復活する姿が待ち遠しい

WWEスーパースターたちは基本的には週に一度のテレビショーに足を運ぶことになっています。日本のプロレス団体とは違って、各自で飛行機を予約して、空港からレンタカーを借りて自力で試合会場に行かねばなりません。航空運賃は会社の負担ですが、宿泊費に関しては自前。中邑の場合、試合後は即ホテルに移動し、軽く夕食を済ませてベッドに入ると、翌朝のフライトで自宅に戻るという生活を繰り返しているそうです。
出番は試合に限らず、バックステージだけ、あるいはテレビに映らないダークマッチやハウスショーの可能性もあります。WWEユニバースならご存じの通り、日本のプロレスと違って、前もって対戦カードが発表されることは多くありません。つまり、我々が目にする「RAW」「SMACKDOWN」の試合は、変更に次ぐ変更の上に成り立ったものなのです。
中邑のようなベテランであっても、試合をするつもりで会場に行ったのに休みになることもあれば、休みのはずが、突然呼び戻されることもあります。本人は「もう慣れました」と笑いながら言いますが、日本では考えられません。ストーリーラインによって起用が左右されますし、ここ一年は若手の起用が進んでいるので、競争はますます激しくなっています。したがって、突然巡ってくる試合で最高のパフォーマンスを見せられるよう、準備しておく必要があります。したがって、中邑真輔の日常は試合に向けての練習が第一です。ウエイトトレーニングはもちろん、46歳になった今も格闘技ジムへ足を運び、ムエタイや柔術のトレーニングを積んでいます。ちょうど私がオーランドを訪れた期間にはムエタイのクラスに参加。20代の若者と交代で、ヒザ蹴りやキックをミットに打ち込むハードなもので、息を荒くして汗だくで座り込む姿は、まるで「キンシャサ」という刀を研磨しているようにも見えました。
■精力的にジム通いや弓道を行い“来る日”に向け研鑽を怠らない

さらに、初段の腕を持つ弓道の稽古にも同行させてもらいました。こちらは静寂の世界。中邑の言葉を借りると「弓を引くための様々な作法は、感覚を刺激する身体との対話」だそうです。また、弓道と並行して稽古を積む空手や居合術は、以前のサムライキャラの役作りに活かされたとか。オーランドの都市部から道場まで中邑の運転する車の助手席から1時間半、目の前に延々と続く一本道を眺めていると、改めてアメリカという国の広大さを感じ、異国の地での苦労を想像してしまいます。
さて、オーランドと言えば、WWEの養成機関であるパフォーマンスセンターがあることでも知られています。中邑に案内してもらって中に入ってみると、倉庫のような高い天井の建物内にはリングが5つ、その周辺にウエイトトレーニングのマシンがずらりと並べられていていました。アメリカは何から何まで大規模です。
訪れた時間はちょうど「NXT」に所属する若いスーパースターたちが練習中で、メインロスターである“シンスケ・ナカムラ”の姿を見つけたコーチや関係者が次々に挨拶にやってきました。その中には、引退したばかりのAJスタイルズの姿も。中邑とAJは過去に何度も名勝負を残し、昨年秋の日本大会では引退を控えたAJのメッセージを中邑がリング上から日本語で代弁するなど、固い友情で結ばれています。2人が笑顔で抱き合って旧交を温める姿を至近距離で目撃できたことは幸運でした。
■WWEの熱狂を生み出す原点ともいえる場所「パフォーマンスセンター」

パフォーマンスセンターはトレーニング施設だけではなく、スタジオ施設も兼ねています。週に一度、観客を入れて「NXT」のテレビショーも行われていることは熱心なWWEユニバースならご存じでしょう。スタジオには、入場ゲートがあって、カメラがあって、客席に囲まれたリングがあり、いつも「NXT」の配信で見る景色を目の前に胸が躍ります。
中邑自身も「NXT」在籍時には1年ほどこのスタジオに通った経験もあり、施設を眺めながら「ここは試合だけではなく、他にもプロモ(マイクパフォーマンス)やコンディションなど、いろんな分野にコーチがいて、凄い育成システムです」と語っていました。一流のプロレスラーには、人を惹きつける言葉が求められるわけで、WWEがマイクパフォーマンスを重要視していることがわかります。たった一語で観客を大熱狂させるスーパースターのマイクはここで培われるのでしょう。
また今回、中邑が後輩たちに試合や生活について頼もしくアドバイスする姿を目撃し、彼らの精神的支柱だと実感しました。WWEで中邑真輔が10年もの長きにわたって生き抜いてきたのは、試合内容はもちろんのこと、異国での順応力や団体に対して自分の考えを主張できる交渉力、自らアイデアを提案する創造力、周囲とのコミュニケーション力、そして、後輩たちの面倒を見るリーダーシップもあるのではないかと、考えます。
私との会話で中邑は自身のキャリアの終え方についても口にしました。やり残しているのは、日本人男子の誰も手に入れていないWWE最高王座を獲得すること。山の頂は高いですが、何が起こるかわからないのがWWE。オーランドでの日常に密着し、静かに己の技を磨く姿を目の当たりにした今こそ、過酷な生存競争を生き抜く中邑真輔のことを日本のWWEユニバースのみなさんにできる限り伝えたい。それは私の使命だと思っています。
野球にMLB、バスケットボールにNBAがあるように、プロレスのトップレベルが集うのがWWEです。どんなジャンルでも最高レベルのものを見るのがベストに違いありません。日本人目当てでもいいし、他に“推し”を見つけるのもいいでしょう。スポーツとエンタメが入り混じった唯一の世界。「レッスルマニア」と並ぶ年間2大イベントになりつつある、夏の祭典「サマースラム」をぜひこの機会にご覧ください。
文/清野茂樹
Ⓒ2026 WWE, Inc. All Rights Reserved.
