被災地に移住を決意した家族 広島から安芸郡坂町へ
西日本豪雨で大きな被害を受けた坂町小屋浦地区に、災害後、新たに移り住んだ家族がいます。慣れ親しんだ土地をやむなく離れる人もいる中、なぜ被災地の小屋浦を移住先として選んだのか、その思いを取材しました。
いつも食卓は、にぎやかです。安芸郡坂町の小屋浦地区で5人で暮らす鶴崎さん一家です。
■夫 鶴崎 晋也 さん
「自分でも(野菜を)作るし、もらう。夏野菜とかとれる時期は家が、きゅうりやトマトだらけに。」
西日本豪雨の翌年、小屋浦に引越してきた鶴崎さん。被災地で暮らす万が一への備えは怠りません。
■夫 鶴崎 晋也 さん
「基本的には災害が起こりそうなら、この家は2階に逃げるようにしています。基本的に2階に家族5人が1~2日耐えられることを前提に考えていて。基本的なグッズですが、市販の防災バッグを。」
鶴崎家から避難所が遠いため災害の恐れがあるときは、自宅2階への垂直避難を想定しています。玄関には飲み物をたっぷり用意。子どもたちが飲みやすい麦茶は多めにストックしています。
夫の晋也さんは坂町の隣、呉市の出身です。子どもたちが生まれる前、妻の優さんと広島市内で生活していましたが、実家に近く、大好きなアウトドアを楽しめる引っ越し先を探していました。
2018年5月、住宅メーカーに相談して見つけたのが小屋浦の土地でした。
Q.小屋浦の魅力は?
■夫 鶴崎 晋也 さん
「1番は自然ですね、山と川と海があって。そのときはいなかったんですけど、子どもが生まれたら、こういう所で育てたいねというのが一番だったと思います。」
移住先の近隣住民にあいさつを済ませ、無事、契約を終えた直後、西日本豪雨が発生しました。夫婦が移住を予定していた周辺では、床上浸水が発生。大量の水と土砂が町に流れ込みました。
■鶴崎 優 さん
「当時のSNSで、たまたま小屋浦3丁目、ここら辺の被害の様子が出てきて、これ私たちがここら辺に住む予定の所じゃないかと主人と見て。(災害の)一週間前くらいに見に来たばっかりだったので、(小屋浦が)こんなことになるのかと、ビックリしましたね。」
画面左下が夫婦が引っ越す予定だった場所です。周辺道路は土砂に埋もれ、流された車や建物が道をふさいでいました。
■夫 鶴崎 晋也 さん
「土石流よりも泥水につかることが深刻な被害。私が立つと腰上、 ここまで泥水で全部つかったという状況ですね。」
夫婦は災害ボランティアとして小屋浦で活動。そこで見たのは、災害に打ちのめされながらも、前を向こうとする住民の姿でした。
■夫 鶴崎 晋也 さん
「何度かボランティアをさせてもらうときに、町の人の『なんとかしてやるぞ』という気持ちが強くて。町の生命力というか、生きようとする力に、そのときは希望を持っていました。」
親戚や会社の同僚からは心配する声があがりましたが、夫婦は改めて移住を決意。予定から一年遅れて2019年に新居が完成しました。
小屋浦に移住したあと生まれた3人の子どもたち。近隣住民は子どもたちを、とてもかわいがり地域に見守られながら3人は、のびのびと暮らしています。思い描いていた小屋浦での暮らしが今、形になっていると鶴崎さんは言います。
■夫 鶴崎 晋也 さん
「いい町だから住みたいと思った。 自然ももちろんあるし、この町の人の温かさも。災害が起きてリスクの高い町というふうになるが、それで町の良さが消えるわけじゃない。」
長女の汐莉ちゃんは来年から小学生。この町が大好きだと教えてくれました。被災地・小屋浦の未来を担う子どもたちは、地域の中ですくすくと育っています。
【テレビ派 2026年7月7日 放送】

