「銀座が庶民の街になってしまった」しゃぶ葉にオーケーも出店…大衆チェーンが増殖してもなお、銀座に悲観すべきではない理由〉から続く

 外国人旅行者の訪問地として、銀座は長年上位をキープし続けている。東京都産業労働局が実施する「国・地域別外国人旅行者行動特性調査」によると、2024年の訪問地ランキングで銀座は全体3位(51.9%)に位置する。

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 一方、かつてインバウンド人気の代名詞だった浅草は、2015〜2016年には銀座を上回る2位につけていた。ところが2017年以降は銀座を下回り、近年は4〜5位に定着している。

 2016年、政府は「明日の日本を支える観光ビジョン」を策定し、2020年の訪日旅行者4000万人という数値目標を掲げた。全国の観光地がインバウンド需要の取り込みに動き出したのはこの頃からだ。

 各地でインバウンドシフトする街が出てきている中で、銀座は「インバウンドに媚びない」街として独特の立ち位置を築いている。インバウンド向けに変化しつつある浅草が順位を落とす中で、人気を維持している背景には何があるのか。


根強いインバウンド人気を誇る銀座(筆者撮影)

インバウンド特化で「らしさ」を失う街もある中で……

 浅草の仲見世通りを思い浮かべてほしい。老舗の土産物店がいつのまにか姿を消し、食べ歩き用の抹茶ソフトやSNS映えするようなスイーツの店に変わっている。

 京都の錦市場なんかも同様だ。かつて地元住民が通った生鮮食品の市場は、外国人観光客向けの串揚げや映えフルーツが並ぶエリアへと様変わりした。

 これは印象論ではない。浅草を抱える台東区が2024年に実施したアンケートでは、浅草の住民が感じる課題の2位に「観光客向けの店が増え、昔ながらの店が減った」が入り、77.6%が「そう思う・ややそう思う」と回答した(台東区文化・観光特別委員会資料、令和6年9月25日)。ちなみに1位はゴミのポイ捨て(81.0%)だ。

 賑わいの裏側で、地元住民は街にあった「浅草らしさ」を失っていると感じている。インバウンド需要を取り込もうとした結果、その街固有の文化が失われていくという逆説は、日本各地で進行しているのだ。

 では銀座はどうだろうか。くら寿司やしゃぶ葉が出店し、庶民向けスーパーの代表格ともいえるオーケーも登場。「チェーン店化」「ロードサイド化」と言われながらも、浅草や錦市場のような「観光客向けに作られた街」に全振りしていないように見える。その理由はどこにあるのか。

銀座には“自浄作用”がある

 1つは、民間団体の「銀座デザイン協議会」による年間300件の地道な対話だ。看板の色やデジタルサイネージのコンテンツなど、細やかな調整を重ね、各社に対して「銀座ならではの店づくりをしてほしい」と粘り強く要望し続けている。法的強制力はないが、事業者との信頼関係を積み上げることで機能している。

 もう1つは「銀座フィルター」と呼ばれる自浄作用だ。銀座街づくり会議事務局顧問の竹沢えり子氏によると、「銀座にふさわしくない店」は自然と消えていくという。

 例えば、かつて吉本興業が銀座7丁目に設けた「銀座7丁目劇場」は、たった数年で撤退した。また、デザイン協議で銀座関係者との信頼関係を築けないまま1年も保たずに消えていった事業者もいる、と竹沢氏は挙げ、「結果的に、銀座のお客さまが選ぶお店が残っている」と話す。協議会が強制力を持たなくても、お客が選別する。それが銀座フィルターの正体だ。

 竹沢氏はこうも話す。

「自分たちだけがガバッと稼いで、売れなくなったら去っていくような人たちが一番銀座では嫌なんです。仲間として街に長く根付いてほしい」

 この言葉が示すように、銀座らしさは「信頼」の積み重ねによって成り立っている。店への信頼、店員への信頼、そして「あの人の手前、恥ずかしい商売はできない」という商人同士の信頼関係だ。前述の銀座フィルターが機能する背景には、こうした信頼の文化がある。コロナ禍は、その構造をはっきりと可視化した。感染拡大で人が来なくなったとき、真っ先に撤退したのはチェーン店だった。

 こうした街と事業者が一体となった、一過性のトレンドを追わない街づくりによって、興味深い逆説が生まれている。具体的には、インバウンド向けに特化しない銀座が、まわりまわってインバウンド客にとって「行きたい街」になっているのではないか、ということだ。

インバウンドは「日常の日本」を求め始めている

 政策投資銀行(DBJ)と日本交通公社(JTBF)が2025年に実施した意向調査(DBJ・JTBF アジア・欧米豪 訪日外国人旅行者の意向調査 2025年度版)では、訪日消費額が高い層ほど「本物体験」と「地域貢献」を重視することが明らかになった。

「なぜここでしか買えないのか」「なぜここでしか体験できないのか」というストーリーを持つ場所に、お金を払いたいと思っている訪日客が増えているのだ。

 同調査では、インバウンドの地方訪問意向も引き続き高く、「自然・食・温泉」を核とした体験型消費へのシフトが続いていることが分かっている。谷中や三ノ輪にある昭和の商店街が外国人観光客の間で人気を集めているのも同じ文脈だ。

 まとめると「インバウンド向けに作り出された日本」ではなく「日常の日本」「本物の日本」への関心が高まっている。

 銀座が守ってきた「信頼」と「本物性」は、実はこうした訪日客が求めていたものと一致している。インバウンドに媚びない街が、結果としてインバウンドに選ばれる。この逆説こそが、銀座銀座であり続けられる理由の一つかもしれない。

 竹沢氏は、銀座の良さを「空が広いこと」だと言う。周囲を超高層ビルに囲まれながら、銀座だけがヒューマンスケールを守り続けているのだという。高層ビル群を抜けて銀座に入った瞬間にビル風がハッと止む。その良さに気づく人がどれだけいるだろうか、とも話す。

 銀座が目指す未来は、2025年に発表された「銀座ヴィジョン2040」にまとめられている。それによると目標は、「街全体を歩行者天国に変えていくこと」だ。ヒューマンスケールの街並みを守り、歩いて楽しい空間を作る。車ではなく人の目線で設計された銀座を次の世代に引き継ぐ観点から、地下街の拡張にも消極的だ。「地下をひたすら目的地に向かって歩くのは単なる利便性。方向感覚もなくなる。銀座を歩く楽しみはそうじゃない」(竹沢氏)

 インバウンド6000万人時代に向けて、全国の街で再開発が加速している。しかし、より便利に、より多くの観光客を呼び込もうとする方向だけが正解なのだろうか。

 銀座が長年かけて守ってきたことは、ただ「高級な街を維持すること」ではない。街に根付いた人間関係と信頼を守ることで、銀座という場所が持つ本物の魅力を次の世代に引き継ごうとしてきた。それが結果として、インバウンド客にも選ばれる街を作っている。

「稼ぐことと、根付くこと」「インバウンドを呼び込むことと、街の本質を守ること」という対立は、どちらかだけが正解ではない。しかしどちらを選ぶかが、その街の未来を左右するだろう。

(杉浦 圭)