ST-Zクラスに8号車として「青山学院大学自動車部 GR Supra EVO2」が参戦した

“つなぐ”という精神を、自動車レースでも

「青山学院大学」と聞いて、多くの人が思い浮かべるのは箱根駅伝ではないでしょうか。仲間から仲間へタスキをつなぎ、ゴールを目指す。その姿は、毎年多くの人の心を動かしています。
繰り広げられる筋書きのないドラマに、私自身も毎年テレビに見入ってしまう一人です。数年前には大手町でゴールの瞬間を見届け、その感動を現地で味わいました。
今や青学大は、大学スポーツ界を代表する存在です。箱根駅伝では3年連続、通算9回目の総合優勝を果たし、その圧倒的な強さで多くの人を魅了してきました。そんな青学大が、今度はモータースポーツという新たな舞台に挑戦します。駅伝で受け継がれてきた“つなぐ”という精神を、自動車レースでも体現しようという取り組みです。
舞台はスーパー耐久シリーズ第3戦「富士24時間レース」。その中のST-Zクラスに8号車として「青山学院大学自動車部 GR Supra EVO2」が参戦しました。チーム名は「青山学院大学自動車部S耐チーム」です。

後輩たちに本物のレースを経験してほしい

青山学院大学の青山キャンパスにて

「青山学院大学スーパー耐久プロジェクト」が始動したのは2024年。 もともと青学大自動車部はジムカーナやダートトライアルを中心に活動してきた伝統ある自動車クラブですが、この挑戦の裏にはレーシングチームを運営する株式会社ゼロワン「TEAM ZEROONE」のチーム代表で青学大卒業生である河野初樹氏の存在がありました。
河野氏は、「若者のクルマ離れ」や「競技費用の高騰」といった課題に直面する母校の自動車部を救うべく、「後輩たちに本物のレースを経験してほしい」という思いを抱き、今回のプロジェクトをプロデュース。これまで培ってきたレースはもちろん、さまざまなノウハウを活かして、共に24時間レースを目指しました。
しかし、スーパー耐久シリーズ、とりわけ富士24時間レースへの参戦には莫大な費用がかかります。

ケン奥山氏(右)と筆者

そこで大きな力となったのが、多くの企業やOBからの支援でした。「若手人材の育成」と「大学自動車部として史上初のスーパー耐久フル参戦」という、社会的意義の高いストーリーに共感した企業がスポンサーとして参加。また青学卒業生たちからの強力なサポートも、大きな支えとなっているようです。
その成果は、青山学院大学青山キャンパスで開催された参戦マシンのお披露目会にも表れていました。会場にはOBをはじめスポンサーが数多く集まり、プロジェクトへの期待の大きさがうかがえます。
ちなみに会場には、日本人として初めてフェラーリのデザインを手がけた工業デザイナー、ケン奥山氏の姿も。青学大自動車部の挑戦にエールを送っていました。

青学大自動車部の24時間レース

富士24時間レースは現在、日本で唯一の24時間レースです。勝敗を左右するのは、ドライバーの速さだけではありません。車両整備やレース戦略、ピット作業、そしてチームワーク。そのすべてが噛み合って初めて、24時間を走り切ることができます。まさにチームの総合力が試される舞台であり、そこには教室では決して学べない実践があります。
そんな舞台で、青学大自動車部の学生たちはドライバーだけでなく、メカニックやチームスタッフとしてもそれぞれの役割を担いました。
彼らは2026年の富士24時間レースを目標に、2024年と2025年には「もてぎEnjoy耐久レース」に参戦。2026年にはスーパー耐久シリーズへのフル参戦を果たし、3月の開幕戦を経て、いよいよ富士24時間レースに挑みました。

富士スピードウェイのスタートグリッドに青学大のマシンが並んだ!

このプロジェクトの立ち上げ当初から取材を続けてきた私も、2025年のキックオフ記者会見や、今年の参戦マシンのお披露目会など、その歩みを見届けてきただけに、スタートグリッドに青学大のマシンが並ぶ姿を目にしたときは、思わず胸が熱くなりました。
ドライバーは田中優暉選手、清水啓伸選手、佐藤公哉選手、JAMES PULL選手の4名。このうち清水選手は、現役の青山学院大学3年生です。幼少期からレーシングカートで腕を磨き、2022年にはスーパーFJで優勝。2025年にはSUPER GT GT300クラスにも参戦するなど、学業とレーシングドライバーを両立するチーム期待の存在です。
24時間レースには、清水選手を含む自動車部のメンバー7名が参加。それぞれが自分の役割を果たしながら、過酷な24時間の戦いに挑みました。

次の世代へつないでいく

順調に周回を重ねる8号車の「青山学院大学自動車部 GR Supra EVO2」

スーパー耐久富士24時間レースは、11クラス、62台が参戦する中、予選はST-Zクラスで9位。レース開始後の混戦をうまくすり抜け、安定したラップを刻み、一時はクラス7位に浮上。ピット裏では、モニターの前やマシンの横で、学生たちがメカニックやエンジニアの作業を現場でサポートし続けます。
視界の悪い夜間セッションでは、無理をせずに安定して走ることに徹底し、他者がトラブルやペナルティで後退する中で、粘り強く9位を死守。その後も順調にラップを重ねて無事に完走。最終はST-Zクラス7位でチェッカーを受け、多くの人に感動を与えました。

スーパー耐久富士24時間レースの夜間セッション。チームの疲れはピークに達した。

しかし、彼らの挑戦の価値は、順位だけではありません。
箱根駅伝で受け継がれる“タスキ”のように、富士24時間では“ハンドル”を通じて、知識や経験、そして挑戦する思いが次の世代へと受け継がれていきました。
学生たちが手にしたのは、レースのノウハウだけではありません。完走することの尊さ、仲間とひとつの目標に挑む喜び、そして受け継いだ経験を、今度は自分たちが次の世代へつないでいくという使命です。
2024年のキックオフに参加した学生のなかには、すでに卒業し、今回のレースには立ち会えなかった人もいます。それでも、その思いは後輩たちへ受け継がれ、24時間という長いレースの中で確かにつながれていました。
青山学院大学自動車部の挑戦は、まだ始まったばかりです。

青山学院大学自動車部として初参戦となったスーパー耐久富士24時間レースは、ST-Zクラス7位で完走。無事レースを終えた。