自分が欲しい赤ちゃんの特徴をワンクリックで選ぶことができる――。そんな、ディストピアSF小説のような技術が現実のものとなりつつある。

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 ここでは国際ジャーナリストである堤未果氏の『堤未果の『すばらしい新世界』 スマホで赤ちゃんを注文する日』(集英社新書)より一部を抜粋。遺伝子選別技術や人工子宮など、人間の倫理観を問うような出生にまつわる技術の“衝撃の最前線”に迫る。(全4回の1回目)

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最高の赤ちゃん

 2025年11月。マンハッタンの地下鉄は、赤ちゃんの顔で埋め尽くされた。

 駅構内の通路、改札、頭上からの垂れ幕のあどけない顔の横には、こんなキャッチがついている。

〈「IQは50%が遺伝です」

「身長は80%が遺伝です」

「もっと背の高い赤ちゃんを!」

「もっと頭のいい赤ちゃんを!」

「あなたの最高の赤ちゃんを!」〉

 これらは、新進気鋭のスタートアップ企業、ニュークリアス・ジェノミクス(Nucleus Genomics)社(以下、NG社)が仕掛けた、史上最大の遺伝子最適化キャンペーン広告だ。地下鉄駅構内だけではない。1000枚の車内広告に加え、ニューヨーク市内1000カ所の壁に広告が貼られ、ソーホー地域数十カ所には、赤ちゃんの顔写真付きの大きなパネル型広告が一斉に取りつけられた。


2025年11月18日にニュークリアス・ジェノミクス社がXに投稿した「遺伝子赤ちゃんキャンペーン」の広告

 NG社が提供するのは、人工授精した胚の遺伝子検査結果を分析し、そこから生まれる赤ちゃんの身長や体重などの身体形状と認知能力、精神疾患も含めた病気リスク約2000種類を数値に変えて、胚をランク付けするサービスだ。

 親はそのスコア表を見ながら、自分が欲しい赤ちゃんの特徴を選ぶことができる。25歳の創業者キアン・サデギ氏は、同社が開発した、赤ちゃんの髪の毛や瞳の色をワンクリックで選べる専用アプリについて誇らしげにこう語る。

「遺伝学の美しいところは、それが運命ではないことです。我が社は、すべての赤ちゃんが、人生の最良のスタートを切る権利があると信じています」

 生まれる前から、病気の発病率が数値化されていれば話が早い。

 賢くて背の高い赤ちゃんを選ぶのにかかる費用は8999ドルだ。

 批評家や一部マスコミから、「ナチスの優生学再来」「正確性に疑問」などの批判が出る一方で、オックスフォード大学の実践倫理学のジュリアン・サヴレスク教授のように、擁護する声もある。

〈〈カップルは、持てる可能性の中から、最も良い人生を送る、あるいは少なくとも他の子供と同等の人生を送れる子供を選ぶべきです〉〉

 治療法のない難病の子を持つ親たちからも、「事前に治療できたら絶対にやりたかった」「当事者以外が倫理を語るな」「生まれてくる我が子が苦しまないよう技術を使うのは親の愛情であり権利」「遺伝子疾患を持つ娘が、結婚する前に活用させたい」など、続々と期待の声が寄せられている。

スマホで赤ちゃんを買う日

 2025年10月末。

 遺伝子編集学者のルーカス・ハリントン博士は、健康に有害な遺伝子を修正したり、有益な遺伝子を外から入れることで胚のDNAをつくり変えて病気を回避する、新しい予防医療の公益法人プリベンティブ社を、3000万ドルの資金で立ち上げた。

 ハリントン博士によると、この技術の安全性が認められて実用化された場合、胚の編集費用は5000ドルほどになるという。

 人を救う「新しい予防医療」と言われたら、誰が反対できるだろう?

 いくらタブーと言われても、需要が見込める以上、この分野に挑む企業は、次々に立ち上がる。

 イーロン・マスクが自分の子供の胚の遺伝子チェックをしたとされるオーキッド社や、ジェノミック・プリディクション社もまた、DNAから子供の特徴や病気リスクを予測し、親が好きな胚を選べる「遺伝子スクリーニングキット」を販売中だ。

・PGT-A(染色体異常): ダウン症などの染色体数の異常をチェック(一般的なもの)。

・PGT-M(単一遺伝子疾患): 特定の遺伝病がないかチェック。

・PGT-P(多遺伝子リスク): 心臓病や糖尿病、がんなどの病気リスクだけでなく、「推定IQ」や「身長」「教育達成度」などの項目をスコア化し、「最も優秀な受精卵」をランク付けしてくれるサービス。

 日本では、染色体をチェックするPGT-Aは一部使えるものの、身長や知能を選別するPGT-Pは倫理的な観点から認められていない。

 だがグローバル化した今の世の中、この欲望はお金で買える。

 NG社のような米国のクリニックで実施するための費用に、渡航費や滞在費を含め、1000万円ほど支払える経済力があれば、十分可能だろう。

 胚の段階でのDNA分析によって、生まれてくる赤ちゃんの身長や知能を予測できると謳う企業には、投資家たちから巨額の資金が注がれる。PayPal の創業者ピーター・ティールや、仮想通貨大手「コインベース(Coinbase)」のCEOブライアン・アームストロング、世界最大級のSNS「レディット(Reddit)」の共同創業者アレクシス・オハニアン……。

 彼らはこれが将来とてつもなく大きなリターンに化けることを知っているのだ。

 民間企業は、そこに市場がある限り、走り出したら止まらない。

 そして国家にとってもまた、バイオ技術は将来化ける「巨大な権力」だ。

 制御できない科学と権力が組み合わさった時、その破壊力は核兵器の比ではないだろう。

『ウォール・ストリート・ジャーナル』紙によると、これらのバイオテクノロジー企業は、国内で禁止されている「遺伝子組み換え赤ちゃん」をつくるために、ホンジュラスやUAEのような規制のゆるい国々で、秘密裏に実験している。

 当局の規制や監督下にある学術機関ではなく、規制に縛られない業界の資金でどんどん進められているのだ。

 スタンフォード大学生物学センターのハンク・グリーリイ所長は、こんな懸念を口にする。

「これは優れたSFの筋書きだ。すなわち、富裕層が遺伝的に優れた階級を作り出し、それが支配者になり、残りは労働者階級となる」

 これが単なる金儲けのためなら、倫理的に規制すべきだろう。

 だが遺伝子選別が、子供に最良の条件を与えてやりたい親心によるものや、女性の身体的負担からの解放を目指す手段、高速で進化するAIから〈人類を救うプロジェクト〉だとしたら、どうだろう?

人工子宮で女性たちを自由に!

 シリコンバレーで起業するコリンズ夫妻は、知能が高い人々の子供を増やすことが、人類の文明を救う方法「プロナタリズム(出生主義)」だと信じている。

 妻のシモーヌはこの考えに沿って、28歳の時に体外受精を実行、その段階で遺伝子検査をし、複数の受精卵の中から、将来の「推定IQ」が最も高く、精神疾患や肥満や心臓病などの病気リスクが最も低い数値を出した「Aランク」の受精卵を確保した。

 感情や愛着を一切挟まず、「ポリジェニック・スコアリング(多遺伝子スコア)」の数値のみで、理性的に判断したという。

 だが、この受精卵がすぐに使われることはなかった。

 夫妻にとって、20代から30代半ばまでの10年間は、自分たちの事業を軌道に乗せ、シリコンバレーでの安定した地位と潤沢な資産を形成する重要期間だからだ。

 シモーヌは、20代の最もエネルギーに満ちた時間を、女性のパフォーマンスを著しく下げる〈妊娠〉の犠牲にする気は、さらさらなかった。

 それよりも、10年間ビジネス拡大に全力を注ぎ、子供に最高の環境を与えられる経済力を手に入れたタイミングで〈出産〉というタスクをこなす方が、遥かに効率がいい。

 10年経てば、生まれてくる子供の病気や知能を予測する遺伝子スコアリング技術も、さらに大きく進んでいるはずだ。

 女性の身体への負担を減らし、より効率的に出産するための「人工子宮」も商品化が近い。2017年にフィラデルフィアの小児病院が、羊の胎児を人工子宮の中で4週間成長させることに成功し、人間での臨床実験に向けて準備を進めている。中国では、これが少子化解決の糸口として注目が集まっているという。

 宗教的な反発がある一方、人工子宮を望む声は、時代とともに大きくなってきた。

 医療的理由で妊娠が難しい女性や、シモーヌのように〈出産という非効率を、テクノロジーで解決する〉合理的なシリコンバレー富裕層、先鋭的フェミニストやLGBTからも、社会的平等のために女性たちを肉体的に解放する〈革新的テクノロジー〉として、賛同されているのだ。

イーロン・マスクと重役の14人の子供たち

 シモーヌは、36歳で事業を成功させ十分な経済力を手に入れると、凍結していたAランク受精卵を解凍し移植、1回の出産を効率化するために、意図的に複数の受精卵を移植して、37歳で双子(男児と女児)を産んだ。20代で質の高い卵子を凍結しておき、30代後半で進化した遺伝子選別技術を使う。

 彼女にとって37歳という年齢は、「母体としての限界」ではなく、「投資家(親)」としての準備が整い、かつ技術(選別)が完成した、最も利益率が高い収穫期だった。

「出生主義」を信奉するイーロン・マスクやコリンズ夫妻にとって、女性の身体を使わず、工場のように一度に10人、20人と「選別された子供」を安全に育成する人工子宮は、「子だくさん」のためのものでは決してない。

 それは、「戦略的エリートの再生産」のためであり、優秀な知能を持つ人間を量産し、AIに文明を奪われないための、重要なバイオテクノロジーなのだ。

 IQが際立って高い者を優先的に採用することで有名なイーロン・マスクは、その信念を、あちこちでこう呼びかけている。

「高い知能を持つ者が子供を増やさないと、人類全体のIQが下がり、文明が維持できなくなるぞ」

 マスクは自社の重役たちにも「賢い君たちはどんどん子供をつくるべきだ」と熱心に勧め、女性幹部には、IQの高い自らの精子を提供することを提案、自身も遺伝子検査と体外受精を大いに活用し、複数の女性たちとの間に14人子供をつくった。

 彼らは、いずれは父親の事業であるテスラやスペースX火星移住などを引き継ぐ「ハイスペックな次世代チーム」の一員だ。

 マスクはその子たちを、古代ローマの軍団を意味する「レギオン」と呼び、テキサスに広大な敷地を購入、そこに子供たちと母親たちを住まわせる計画を立てている。

「700万円で復活させます」「死んだ後絶対に凍らせないこと」アメリカで実際に始まった“ペット復活”サービスは飼い主を救うのか〉へ続く

(堤 未果/Webオリジナル(外部転載))