18歳のときの母の死や乳がん…『銀河の一票』脚本・蛭田直美と佐野亜裕美Pが話した「対岸の火事」は対岸ではない現実

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“脚本を担当いたしましたドラマ #銀河の一票 第十話、まもなく22時より放送です! 『最終章・前編』です。 佐野さんと何回も何十回も話して話して話して、沢山の方の力をお借りして、迷って迷って迷って迷って『明るい方』を探しました。 どうかどうか届きますように。”

6月22日の20時ごろ、Xにこんなポストを投稿したのは脚本の蛭田直美さん。

『銀河の一票』(カンテレ・フジテレビ系)は選挙という勝ち負けの世界を描きながら、公約の届かなかった人、対立陣営の候補、そして自暴自棄の通り魔さえ、誰一人として切り捨てない。こんな温かいドラマはどのように生まれたのか。脚本・蛭田直美さんと、プロデューサー・佐野亜裕美さん(カンテレ)へライターの田幸和歌子さんがインタビューをした前編では、蛭田さんがポストしたように「話して話して話して」このドラマが生まれたことを伝えた。後編では、作品の根にある思想と、タイトルに込めた宮沢賢治『銀河鉄道の夜』のモチーフをひもとく。

「対岸の火事」じゃない--蛭田自身が立っていた“こちら側”

このドラマは、与党幹事長の父を持つ秘書・星野茉莉(まつり/黒木華)が、ある告発をきっかけにすべてを失い、政界復帰を懸けて、スナックのママ・月岡あかり(野呂佳代)を東京都知事選に担ぎ出す新たな「選挙エンターテインメント」だ。茉莉が選挙参謀を務め、政治の素人だったあかりが候補者として立つ、都知事選の50日間を描く。

ドラマの序盤、あかりの公約に、生活困窮者や生活保護世帯への支援を入れるかどうかが議論になる。「現役世代や子育て政策を前面に出し、貧困・障害・福祉は多くの有権者にとっては対岸の火事なので、メインに持ってこない方が戦略的に有利」――佐野さんが取材で得た“選挙のセオリー”を事実として伝えたとき、蛭田さんは止まった。

『え、なんで?』と。そんな戦略があるんだ、という衝撃と、どうしてみんな“対岸の火事”だと思っているんだろう、という疑問でした」(蛭田さん)

それは、蛭田さん自身の実感でもあった。

「第4話の『穴に落ちる』という言葉は、佐野さんが提案してくれた言葉なんですけど、私自身、ふいに穴に落ちてしまった、としか言いようのないことが何度かあって。子どもの頃、母の乳がんが判明して、私が高校三年生の夏に亡くなってしまったり、私自身も6年前に乳がんステージ2bが判明して、全摘手術や抗がん剤治療をしなければならなくなったり、本当に突然、自分の努力ではどうにもならないことが起きる、ということをそれなりに多く体験してきたんです。佐野さんも、同じような経験をされていて。

だからこそ、もし本当に多くの人が『自分は一生セーフだ』と思っているとしたら、お説教とかではなく、『そんなことないよ。いつ落ちるかわからないよ。だから、もし落ちても大丈夫な社会はみんなにとって必要だと思う』と、ドラマの中で伝えられたら、と思いました」(蛭田さん)

障害のある人を、“当たり前の風景”の中に

車いす利用者で、SNSで多くを発信する茉莉の義母・桃花(小雪)の「え、待って、なんでみんな、自分は一生歩ける前提?」というセリフも、今現在、障がいのない人たちの思い込みを揺さぶる。

「ドラマや映画では、障害がある人は主人公として、もしくは物語の中で障がいのない人に感動や気付きを与えたり、重荷になっている、という登場の仕方をすることが多いと思うんですけど、もう、そういうことではなくて、当たり前に、いち登場人物としてそこにいてもらいたい、と佐野さんと最初に話したんです」(蛭田さん)

ろう者の父と娘を描いた『しずかちゃんとパパ』(2022年、NHK)を手がけた際、ろう者やコーダの方々から聞いた言葉が、蛭田さんには残っている。

「これまでの日本のテレビドラマでは、聞こえないことは可哀想、不完全、聞こえることが完全体で、そこからマイナスのように描かれてしまう。ろう者はみんな聴者を羨ましがっていて、聞こえるようになりたいと思っている、という描かれ方がとても多くて現実的じゃない、多くのろう者は、ろう者であることに誇りを持って生きている、ただ、世界が聞こえる人用にデザインされているから不便、と教えていただいて。本当にそうだと思ったんです」(蛭田さん)

蛭田さん自身、生まれつき左耳が聞こえず、がんで体の一部を失ったり、治療の影響で視力が低下するなどの経験を重ねてきた。

「ただ、障害のある方を無理やり登場させたいということでもなくて、普通にいて、生きてらっしゃるので、ドラマの中でも普通にいて、生きていてほしい、という気持ちです」(蛭田さん)

通り魔さえ切り捨てない--“本当の自己犠牲”をめぐって

第6話、自暴自棄になった通り魔に対し、あかりと茉莉は咄嗟に身を投げ出す。「誰も切り捨てない」というスタンスに、加害者すら含まれることに、多くの視聴者が衝撃を受けた。蛭田さんは、その描き方に細心の注意を払ったと明かす。

「かといって、『辛かったから刺してもしょうがないよね』とは全く思っていません。そう取られてしまったらすごく嫌なので、そこは絶対に取り違えられないように気をつけました」(蛭田さん)

拠り所になったのは、『花さき山』『モチモチの木』などで知られる童話作家・斎藤隆介が、自己犠牲について語った言葉だったという。

本当の自己犠牲は、自己を犠牲にしようと考える間もなく、衝動的に、咄嗟に行ってしまうものだ、ということを仰っていて。あの場面でも、茉莉もあかりも咄嗟に、必死に動いた。勿論、死にたいという思いからでは全くなく、『この人がいなくなったら絶対に困る』という純粋すぎる思いで。前半で仲間を信じられないと言っていた茉莉から、咄嗟に『私が死んだ後、この人と仲間が改善に努めます』という言葉が出てしまった。私も書いててびっくりしました。(蛭田さん)

人から人へ受け継がれる「念のため」

本作には、一つの言葉が人から人へ渡され、意味を変えていく設計がある。「念のため」は、10年前、死のうとしていたあかりを引き止めた先代ママ・とし子(木野花)が、「わからなくて。なんのために、生きるのか」と言ったあかりに返した言葉だ。それが第6話では、追い詰められた通り魔へと、あかり自身の口から手渡されていく。

「作為的にそうしたわけではなくて、あかりの『生きてよ』という言葉に、自然と『なんのために』と彼が答えて、あかりが咄嗟に自分の宝ものであるその言葉を差し出した、と言う感じで、私もびっくりしました。あかりに言ってもらいたいと思っていた別の言葉があったので。(蛭田さん)

「最後に愛は勝つ」--性善説を超えて

罵詈雑言や誹謗中傷、勝つための手段を選ばない戦略が飛び交う選挙の世界を描きながら、なぜ希望の側を向き続けられたのか。蛭田さんは「性善説」という言葉を一度口にし、その直後に引き取って言い直した。

「性善説、という言葉が正しいかどうか、いま揺らいできました(笑)。私自身、散々ひどい目に遭ってきたし、『どう考えても悪』という人とも出会ってきたので、性善説ではないのかもしれない。ただ、佐野さんと『愛は勝つ』という歌について熱く話したことがあって。

あの歌ってそれこそ『”必ず最後に愛は勝つ”なんて、そんなわけない、きれいごとだ』と言われてしまうことも多いんじゃないかな、って。実際私もそうでした。でも、それなりにいろんな地獄を経験して、5周くらい回って、ああ、やっぱり最後にはどうしようもなく愛が勝つんだ、勝ってしまうんだ、と思い知ったんです。一度は愛ではないものが勝ったように見えても、10年20年、もしかしたらもっと時間がかかっても、最後には結局愛が勝っているところをたくさんたくさん見てきて、体験して、それであの歌が大好きになって」(蛭田さん)

佐野さんは、企画の立ち上げ期に読んだ政治学の言葉を挙げる。

「カール・シュミットだったと思うんですが、政治とは善か悪か、正義か不正義かに分けることではなく、“友と敵”に分けることだ、という言葉があって。それが腑に落ちたんです。昨日の敵が今日の友になることもあるし、その逆もある。どちらが正しい・悪い、ではなく、たまたま選挙戦の中で敵になったり友になったりするだけ。もちろん、一分の隙もない“純度100%の悪”のような人も、現実にはいるのかもしれない。でも、本当にそうなのかは分からないじゃないですか。せめてフィクションの中でくらい、人間の可能性を信じてみたい、と蛭田さんと話してきました」(佐野さん)

この「可能性を信じる」という構えは、企画の出発点からあったものだ。

『フィクションの中でくらい、夢や希望が見たいよね』という話を、本当に最初の頃にしていて。そういう雑談が、ずっと本作りの底に横たわっていた気がします」(佐野さん)

なぜ『銀河鉄道の夜』だったのか

タイトル『銀河の一票』、そして物語に通底する、『銀河鉄道の夜』を含む宮沢賢治の世界。賢治を選んだのは、もともと蛭田さんが、賢治の作品と賢治自身を深く愛していたからだ。

「得意ではない題材だったので、題材を自分に引き寄せるために、何か指針になるもの、道しるべになるものを……と考えていたときに、ふいに思い出したのが『世界がぜんたい幸福にならないうちは個人の幸福はあり得ない』という、宮沢賢治の農民芸術概論綱要に出てくる言葉でした。その言葉が、とても遠い所にあると感じていた政治の世界と私を繋いでくれるような気がして、すぐに佐野さんに伝えたところ、『すごくいいですね!』と即答してくださって。主人公がこの言葉を大切にしている、ということにすれば書けるかも、と思いました」(蛭田さん)

実際、働き、誰かをケアし、生活で精一杯でも、社会のことを考えたい女性は多くいる。政治を「遠いもの」「偉い人がやるもの」と思っていたスナックの常連客が、やがてあかりを支える側になり、支えることで自分自身も満たされていくーーそれは、読者自身の物語でもある。このドラマをどう手渡したいか、と尋ねると、蛭田さんはこう答えた。

「ドラマは、放送された瞬間にみんなのものになるので、自由に受け取って、自由に楽しんでいただけたら、それが一番嬉しいです。もちろん、『こう感じていただけたら……』というものはあるけど、それを押し付けたくはなくて、ただ『届きますように』と祈るだけです。感想という形で、皆さんの想いを届けてくださることも本当に嬉しいです。その方の感性や人生、今の状況や価値観が最後の一つのピースになって、ドラマは初めて完成すると思っています。生きてきてくださって、今のあなたで観てくださって、ドラマを完成させてくださって本当にどうもありがとうございます、という気持ちです」(蛭田さん)

放送が続く間、蛭田さんのもとには「いつもは憂鬱な月曜日が、『銀河の一票』のおかげで楽しく迎えられる」という声が届いた。

「そんな楽しみを私たちが作れているなら、すごく幸せです。あと、『私のことを書いてくれている』という言葉が、本当に本当に嬉しいです。『銀河の一票』は最終回を迎えてしまうけど、また楽しんでいただけるものをつくりたいと思っているので、もちろん、佐野さんともまたご一緒できるように頑張りますので、そのときまで、もし、穴に落ちちゃうようなことがあったとしても、『念のため』生きていてくださると本当に嬉しいです」(蛭田さん)

『銀河の一票』

与党幹事長の娘にして秘書だった茉莉(まつり)。母の死とも関係する病院の問題を調査する中で「元秘書」となり、出会ったスナックママ・あかりと都知事選に挑む。50日の戦いの行方、そして問題の真実は。

主演/黒木華

出演/野呂佳代

三浦透子 渡邊圭祐 倉悠貴 小雪 本上まなみ

シシド・カフカ 岩谷健司 山口馬木也

木野花 岩松了 坂東彌十郎 松下洸平

プロデュース/佐野亜裕美

制作プロデュース/植木さくら 森田美桜

演出/松本佳奈 藤澤浩和 瀧悠輔 稲留武

脚本/蛭田直美

カンテレ・フジテレビ系 月曜夜10時〜

蛭田直美(ひるた・なおみ)

脚本家。

2013年に第23回シナリオS1グランプリ/準グランプリ受賞。

2014年に第39回城戸賞/準入賞。そのほか作品や受賞作多数。

ドラマ『ガードセンター24』(2016)、『これは経費で落ちません!』(2019)『メンズ校』(2020)、『しずかちゃんとパパ』『舟を編む〜私、辞書つくります〜』『ワンナイト・モーニング』(すべて2022)『ウソ婚』(2023)『あの子の子ども』(2024)『日本一の最低男4.6.7.9〜11』(2025)

映画『五億円のじんせい』(2019)『スパゲティコード・ラブ』(2021)

アニメ『Turkey!』(2025)など多数。

佐野亜裕美(さの・あゆみ)

プロデューサー

『潜入探偵トカゲ』(2013)『99.9 刑事専門弁護士』(2016)『カルテット』(2019)『大豆田とわ子と三人の元夫』(2021)『エルピス―希望、あるいは災い―』(2022)など多数。

【前編】「一度断っていた」『銀河の一票』脚本・蛭田直美×佐野亜裕美Pに聞く「きれいなこと」を冷笑しないドラマが誕生するまで