ジョブズとゲイツの歴史的・合同インタビュー裏側! マイクロソフトを「地獄」呼ばわりされたゲイツは?
「デジタル革命の最も有名な記録者」によって、テック業界の巨人たちの素顔がすべて明かされる。
「その他大勢のマスク」だった頃からイーロン・マスクとつきあい、1990年にGoogleのセルゲイ・ブリンとラリー・ペイジをとことん取材し、犬猿の仲のジョブズとゲイツの奇跡の対談を成功させ、ジェフ・ベゾスを「野生のマングース」と呼び、マーク・ザッカーバーグを「クソ野郎などではない。それ以上にひどかった」と断じ、19歳のサム・アルトマンに「AIの未来」を語らせた凄腕ジャーナリストの見てきた30年とは?
しばしば偶像化される天才起業家たちが、志を忘れて邪悪に走るまでを、愛と怒りを込めて暴く「ニューヨーク・タイムズ」ベストセラー『世界を壊したビッグテックの悪党ども テック業界“ほぼ”全史の取材録』より、一部を抜粋してお届けする。
神格化されたジョブズ
スティーブ・ジョブズについて知っておくべき点が二つある。一つは、人生の有限性を常に強く自覚していた点、もう一つは、ビル・ゲイツをけなすチャンスを逃さなかった点だ。
実を言うと、私はジョブズのそういうところが好きだった。が、2007年、ATDカンファレンスの舞台裏から、ITジャーナリストのウォルト・モスバーグにインタビューされているジョブズを見て考えを改めた。そのとき、ジョブズは含み笑いを満面に浮かべていたからだ(あるいは、にこやかに得意げな表情をしていたというべきか)。
10年前、ジョブズはアップルを倒産の危機から救った(ビル・ゲイツから多大な資金援助を受けたおかげだ)。以来、アップルはマイクロソフト製品には欠かせないソフトウェア開発会社になったのではないか、とウォルトはジョブズに突っ込んだ質問をしたところだった。
ウォルト つまり、アップルはウィンドウズの一大ソフトウエア開発会社になったということですね。
スティーブ そうだ。
ウォルト それに対してどんな気持ちでいらっしゃるのですか?
スティーブ ユーザーからウィンドウズでいちばん気に入っているアプリは iTunes だと書かれた手紙がたくさん届くが、地獄にいる人間に冷たい水の入ったグラスを差し出すようなものだね。
地獄にいる人間に、冷たい水。この言葉がジョブズの口から出た瞬間、私は「ジョブズにしてやられた」と思った。
「あのスティーブ・ジョブズにしては謙虚ですね」とウォルトはやや動揺した様子で返したが、私には、ウォルトの頭の中でどんな思いが駆けめぐっているのかがわかった。数ヵ月前、私とウォルトはテック業界を代表するジョブズとゲイツを一緒に登壇させるという一大インタビューを企画し、二人を説得した。実現すれば歴史的出来事になる。それがあと数時間で実現するというときになって、ジョブズは挑発的になっていた。ジョブズとゲイツの関係は常に複雑で競争に彩られていたが、それが現代のデジタル世界を形作ってきた。なのに、マーケティングイベントを除き、この二人は一度も席を並べて、その関係をとくと議論する機会がなかった。世の中を相手に共闘し、互いとも闘いながら、それぞれの道を歩み、消費者をデジタルの世界へと導いてきたのは、間違いなく、テック業界の歴史だというのに、だ。
ジョブズとゲイツの歴史的・合同インタビュー
ウォルトはこの二人を合同インタビューの座に着かせようと、ひとかたならぬ苦労をして、入念に根回しをした。ジョブズとゲイツは長年犬猿の仲だった。ゲイツはジョブズをいやに気取った人間だと思っていたし、ジョブズはジョブズで、ゲイツはすばらしい製品づくりを軽視していると思っていた。その一方で、互いに対する羨望も明らかにあった。ジョブズはゲイツがマイクロソフトを巨大企業に育て上げたことをとても羨み、ゲイツはジョブズのように、アートとサイエンス、創造性と実用性、美とデザインを融合して神格化される存在にはなれなかった。ジョブズがシリコンバレーで言うところの「クール・キッズ」だったのに対し、ゲイツは「ギークの中のギーク」だった。もしも、この二人が同じ日に亡くなったとしたら、ゲイツの訃報記事には「世界一の大富豪」の見出し、ジョブズの訃報記事には「テック業界の偉大な先見者」の見出しが踊るはずだと、ある人が言っていた。要するに、ジョブズは言動にそつがなく、失敗を恐れない男だったのに対し、ゲイツは世界一金を持った冴えない男だったという意味だ。
ウォルトがまずジョブズにインタビューの企画を持ちかけたのも、ゲイツはインタビューのチャンスに飛びつくだろうが、ジョブズはなかなか首を縦に振らないだろうと思ったからだった。ウォルトほど、この二人と深い関係を築いてきたジャーナリストはいない。アップルとマイクロソフトがリリースする製品をきちんと評価できる稀なジャーナリストとしての地位を築いてからは特にそうだった。ウォルトがインタビューを申し入れると、まずジョブズが受け入れ、ゲイツもすぐに快諾した。通常、ATDはプレスリリースを出さないが、この二人が合同インタビューに応じるやいなや、プレスリリースを出した。この一大イベントの開催が世間に知れ渡れば、ジョブズもゲイツも引き下がれなくなるだろうと踏んでいたのだった。
アップルとマイクロソフトには単独インタビューのオファーも出し、マイクロソフトからは、2000年にCEOに就任したスティーブ・バルマーの登壇が決まった。一方のアップルには、自社の新製品と今後の事業方針を語れるのはジョブズしかいないため、彼がこちらも応じる手筈が整った。単独インタビューで基本的な質問をしておけば、合同インタビューでは、未来を見据えた、より高遠なテーマで、いろいろ話が聞き出せるはずだ。周知のように、過去30年間、ジョブズとゲイツは互いをけなし合ってばかりいて、そうなるのは避けたかった。「それぞれが何を考え、どんなアイデアを持っているのかといった大きな視点で話をうかがいたいので、悪口はなしにしてください」と冗談っぽく、マイクロソフトとアップルの広報担当であるフランク・ショーとケイティ・コットンにはあらかじめ釘を刺しておいた。それぞれ広報のプロとして、ゲイツとジョブズを説き伏せ、言い争いを回避するという困難な任務を負わされたわけだ。
それなのに、ジョブズは単独インタビューを受けている今になって、マイクロソフトを「地獄」呼ばわりしたのである。このあと合同インタビューを予定しているゲイツを地獄の主だと言ったのも同然だった。もちろん、この嫌味な発言は控え室で待機していたゲイツの耳にも届き、彼を煽った。聴衆の前でまたもやジョブズに馬鹿にされたゲイツは不愉快極まりない様子だった。
ご機嫌なジョブズとむっつりしたままのゲイツ
ウォルトが単独インタビューを締めくくると、ジョブズは、「よう、どうした?」みたいな態度で、ほくそ笑みながら控え室へ入ってきた。ウォルトと私は、ゲイツ、ジョブズ、それぞれの広報担当者を交えた6人で短い打ち合わせをし、次の合同インタビューをどういうものにしたいのかを質問を伏せて確かめた。ATDは講演者に事前に質問を知らせない方針を貫いていた。相手がゲイツとジョブズでもそれは変わらなかった。インタビューの流れを確認している間、ゲイツは終始むっつりとした表情で、「イエス」か「ノー」の短い答えしか返さなかったのに対し、ジョブズは鼻につくほど陽気にはしゃいでいた。このインタビューは大コケするのではないかと、他の4人は心配そうに目配せし合った。私とウォルトが辛抱強くゲイツに詳細を確認すると、彼はいきなり、「そんなこと私が知るわけがないだろう? 私は地獄の主らしいからね」と不満をあらわにした。
その瞬間、ジョブズ以外の全員が凍りついた。ジョブズが手に持っていた、キンキンに冷やした水の入ったボトルに水滴が付着している。それがポトポトと床に落ちた。ジョブズはそのボトルをゲイツに差し出すと、「助け舟は出すさ」と明るく声をかけ、幸いにも、その場の雰囲気が和らいだ。冷ややかな雰囲気にしたのは、他でもないジョブズだったのだが。
舞台裏での打ち合わせが終わると、私は「二人並んだ写真を撮りましょう」と声をかけた。その年のカンファレンスのスポンサーの一つがコダック社で、新技術を使って、各登壇者の写真を高解像度で撮っていたからである。ゲイツは渋々ながらジョブズと並んで写真を撮ることに同意し、私は二人に、「これは歴史的瞬間ですからね」と声をかけた。二人の上半身を写したその写真はまさに象徴的だった。左には、くしゃくしゃの髪をして、メタルフレームのメガネをかけ、ボタンダウンのストライプシャツを着たゲイツ。右には、数センチ背の高い、髪を短く刈ったジョブズがいて、こちらは縁なしの丸メガネをかけ、黒のタートルネックを着ている。ゲイツは歯を見せて微笑み、ジョブズは唇を結んだまま、いつもの含み笑いを浮かべている。
撮影が終わり、二人が舞台に現れると、聴衆はスタンディング・オベーションで迎えた。ジョブズもゲイツも驚いた表情を見せ、感動した様子だった。二人とも、自分たちが永遠に並べられる存在でありつづけると深く考えたことがなかったのだと思う。またしてもジョブズはゲイツをからかいたくなったのだろうか。インタビューが始まってまもなく、軽い質問から始めようと、私が「お二人の関係について、いちばん誤解されていると思う点は何ですか?」と質問すると、ジョブズは口角を上げ、またあの含み笑いを浮かべると、まじめくさった顔でこう答えたのだ。
「私たちは実は結婚しているのだが、それを10年以上隠してきた」
聴衆はどっと笑って盛り上がったが、ゲイツは違った。「俺たちはゲイだぞ」と言わんばかりの明らかに性的な含みのある冗談に乗って、自分をクールに見せたい気持ちと、自分はクールでもなんでもないのだと思う気持ちの板挟みで、格好がつかない様子だった。ジョブズは聴衆と一緒に笑ったが、ゲイツは笑わなかった。
しばらくすると、ゲイツもいくぶん態度を和らげた。本当の気持ちを伝えるのが不得手な人ではあるが、ジョブズに向かってこう言った。
「一緒に仕事ができて楽しかったよ。この業界から消えていった人たちもいるが、彼らがいないのがちょっとさびしいね。この業界は人の出入りが激しい。ここに長くとどまって、成功や失敗を語れる相手がいるのはありがたいよ」
会議室で一番若かった二人も…
ゲイツは仕事となると非常に攻撃的で、当然ながら、彼の主導するマイクロソフトもいろいろ批判を浴びてきたが、他方で、常に向学心を忘れなかった。その姿勢は称賛に値する。マイクロソフトのCEOを退任してからは、慈善団体であるゲイツ財団を通して、健康問題や気候変動に取り組んでいる。私はインターネット戦略が冴えなかった頃のマイクロソフトをずっと取材していたのもあり、ゲイツとはとげとげしい関係にあったが、2008年にマイクロソフトの第一線から身を引いてからのゲイツは、自分ばかりがしゃべるのではなく、人の話にもっと耳を傾けるようになったと感じた。自分にははるかに長い時間軸でかかわるべき領域があって、そこで影響力を発揮できるかもしれないと思えるようになったのだろう。
一方のジョブズはこの世で受けた命は短かったが、未来は永遠に続くという考えを貫き、数年前にがんを見事に克服してからは、これまで以上に死を意識するようになっていた。ジョブズはゲイツをまっすぐ見つめると、二人の長い歴史を振り返り、こう言った。
「ビルと初めて出会い、一緒に仕事をしていた頃、会議室でいちばん若かったのは我々だった。生まれたのは私のほうが半年早いが、ほぼ同い年だ。今はそれぞれの会社で仕事をしていて、君のほうはどうか知らないが、たいていは私が最年長だ。だから、ここにいるのはうれしいね」
そう言い終えると、ジョブズはウォルトに視線を向けた。ウォルトは二人より8歳年上で、髪はすでに白くなっている。聴衆が笑うと、ジョブズも笑った。カラッとした性格のウォルトが「おっしゃるとおりですね」と答えると、ジョブズはゲイツとの関係について話を続けた。
そのとき、例の「ワン・モア・シング」が始まった。「私は人生におけるたいていのことをボブ・ディランかビートルズの歌として捉えるのだけれど」と話しはじめたジョブズは哀愁を漂わせていた。そんな姿を見たのは初めてだったと思う。
「ビートルズの歌に、『You and I have memories longer than the road that stretches out ahead.(目の前に伸びる道よりも、君と僕には長い歴史がある)』という一節があってね」
パフォーマンスのうまいジョブズは、そこで、ちょうど良い間を置いてから、ゲイツを手で指し示し、「まさに我々だよ」と言った。すると、会場からは「おおぉ!」と歓声が上がり、万雷の拍手がわき起こった。ゲイツは目を泳がせ、壇上の誰とも目を合わせようとはしない。ここでインタビューを終わらせよう、ウォルトと私がそう判断して立ち上がると、ゲイツとジョブズは握手を交わし、並んで立った。(翻訳:新田享子)

