「こんな何もないところ」と吐き捨て実家を出た次男(当時18歳)…月収38万円、東京に染まった10年ぶりの帰省で目の当たりにした〈驚きの光景〉
「給料の額面は増えているはずなのに、生活に余裕が生まれない」。そう感じている若者は少なくないでしょう。総務省の家計調査(2025年平均)によれば、単身者を含む「総世帯」の勤労者世帯において、実収入は名目で前年比3.0%増加したものの、物価変動の影響を除いた実質では0.7%の減少となっています。都市部でどれだけ稼いでも、その多くが生活コストに吸収されてしまう現代において、「どこで、どう生きるか」は極めて重要なテーマです。本記事では、タクミさん(仮名)の事例から、豊かさの多様な選択肢を紐解いていきます。
10代の東京への憧れ
10年前、高校生だったタクミさんは、自身の将来を巡る切実な決断の前に立っていました。
彼の出身は高齢化ランキングでも常に上位に入る県。若者が「ここで働きたい」と思えるような求人は、探してもなかなか見つかりませんでした。「地元にとどまれば、いつでも家族と顔を合わせて親孝行ができるし、いずれ結婚すれば親に孫を会わせて安心させてやることもできるかもしれない」。そんな未来が容易に想像できる一方で、東京への強い憧れもまた、どうしても捨てきれずにいたのです。
若者向けの出会いの機会や娯楽が少ないこの土地に辟易したタクミさんは、「こんな何もないところ」と、地元愛溢れる父に吐き捨てました。田舎ゆえの周囲の目も気になり、少しお洒落をして歩くだけで浮いてしまうような空気感。外の世界へ出て自分の力を試したい、もっと広い選択肢に触れたい――。
「東京へ行くからには、中途半端な気持ちでは戻らない」。強い覚悟を胸に、タクミさんは奨学金を借りて東京の大学へと進学し、生まれ育った街を後にしました。
それからの10年間、彼は一度も地元へ帰ることはありませんでした。上京当時は日々の生活費や学費のやりくりに追われて余裕がなかったうえに、何より東京での暮らしが新鮮で、その刺激を夢中で楽しんでいたからです。気づけば28歳。現在のタクミさんは、都内のWebマーケティング会社で働いています。大都市だからこそ得られたキャリアや充実感は、18歳で故郷を飛び出したタクミさんにとって確かな価値でした。
しかし、兄の結婚報告を受けて10年ぶりに故郷の土を踏んだタクミさんは、自分が抱いていた「都会と地方」の固定観念を揺るがす、新たな現実を目撃することになります。
東京の「月収38万円」と、10年ぶりの実家で迎えた驚き
10年ぶりに乗ったローカル線の窓から、変わらない山並みを眺めながら、タクミさんは東京での自らの暮らしを客観的に見つめ直していました。
現在の月収は38万円。地元の同世代と比較すれば、十分に稼いでいる部類でしょう。ただ、近年の物価高騰と、1Kマンションの家賃9万円、多忙ゆえにかさむ外食費、そして毎月の奨学金の返済などを差し引くと、手残りは決して潤沢とはいえません。「東京はチャンスや刺激が多い反面、生きるためのコストも高い」。それが、日々の暮らしの中でタクミさんが実感しているリアルでした。
そんななか、実家の敷地へ足を踏み入れた彼は、さっそく最初の驚きに直面します。
玄関のドアを開けた瞬間、目に飛び込んできたのは、かつての薄暗い間取りからは想像もつかないモダンな空間でした。見事にフルリノベーションされた居間の中心には、大画面テレビがでかでかと鎮座しています。
「なんだこれ……」
驚きを隠せないタクミさんに、「10年も帰ってこなきゃ、そりゃいろいろ変わるよ」と苦笑いを見せたのは年子の兄でした。兄は地元の役所に勤める地方公務員になっていました。派手さこそないものの、この地で堅実にキャリアを重ね、生活の拠点をしっかりと築いていたのです。
10年の月日…同級生たちの変化
翌夜、地元に残った同級生たちと、駅前に新しくできた居酒屋で集まることに。そこでタクミさんが耳にしたのは、かつての閉塞感とは異なる、変わりゆく街のリアルな姿でした。
「最近はネットがどこでも繋がるからさ、みんなそれぞれの場所で好きなことや趣味を楽しんでるよ」
そう語る友人の言葉に、別の同級生も頷きます。
「そうそう。それにここ数年、地方移住ブームで都会から若い人が結構移住してきてさ。この辺りも、若い世代の人口が少し増えたんだよね。新しいお店やコミュニティもできて、結構面白いよ」
「出会いがないっていうのも昔の話だよ。いまはマッチングアプリがあるからな。いまの俺の彼女もアプリで出会ったし」
タクミさんは、この10年のあいだの変化に圧倒されていました。
東京の「刺激」と、地方の「ゆとり」
会話が進むにつれ、タクミさんは「豊かさの定義」の多様性を肌で感じるようになります。
地元に残った彼らは、家賃がかからないか、あるいは親の土地を譲り受けて格安で広い家を手に入れていました。物価の安さも手伝い、日々の生活費は低く抑えられています。
月収の額面こそタクミさんの38万円には届かなくとも、自由に使えるお金は、地元暮らしの彼らのほうが余裕がありそうです。週末になれば、混雑とは無縁の大自然でキャンプを楽しみ、趣味の車を走らせ、家族や友人に囲まれて穏やかな時間を過ごしていたのです。
最先端のトレンド、大規模なビジネス、多様なエンターテインメントに溢れ、自己成長の機会に満ちた「東京」。一方で、デジタルを活用し、生活コストを賢く抑えながら、身近な人との繋がりやゆとりを構築している「地方」。どちらが良い悪いではなく、それぞれが異なる強みを持っていました。
10年越しの帰省で思い知らされた、自分の「視野の狭さ」
「東京で頑張っててタクミはすごいよ」。帰り際、駅のホームで兄からかけられた優しい言葉は、タクミさんの胸に深く染み渡りました。
10年前、タクミさんは「東京で成功することだけが正解で、地方に残ることは妥協だ」と、頑なに信じ込んでいました。それは、自分の選択を正当化するための、若さゆえの極端な思い込みだったのかもしれません。
しかしいま、タクミさんは、かつて吐き捨てた「何もない」という言葉の幼さを静かに省みていました。ボストンバッグに詰め込まれた、実家の豊かな匂いがするお土産の重みは、これからの彼の人生に、もう一つの新しい選択肢をそっと提示してくれているようでした。
