年齢を重ねるにつれ、ものとのつき合い方に悩む人は少なくありません。整理収納アドバイザーとして活躍する新田由香さん(60代)もそのひとり。新田さんは10年以上愛用した大型家具を手放したことで、「意外なメリット」があったといいます。今回、新田さんに、大型家具を手放したときのエピソードと、そのときの「気づき」について語ってもらいました。

突然なくなった「お気に入りの食器棚」

その食器棚は、かつて家族にDIYでつくってもらったものでした。わが家のキッチンにぴったり収まる大きめのサイズで、木の温もりがあり、ずっと「私のお気に入り」だと思い込んでいたもの。

【写真】ふたり暮らしからひとり暮らしへ。手放した「大型家具」の数々

しかし、暮らしの転換期を迎え、その食器棚を手放さないといけなくなったとき、自分の心の奥底にあった感情に気づきました。気に入っていたはずなのに、不思議と「持って行かないで」という寂しさや未練はありませんでした。

「好き」の中に隠れていた“義務感”という重石

あんなに大切にしていたはずのものなのに、なぜこれほどすっきりした気持ちになれたのか。静かになったキッチンで、以前は棚があった空間を眺めながら、自分の心と向き合ってみました。「なぜ、こんなにホッとしているんだろう?」と…。

そこで気づいたのは「せっかくつくってもらったのだから、使わなきゃ悪い」「大切にしなきゃいけない」という、心のなかにこびりついていた気持ちでした。それは一見、つくってくれた相手を大切にする、優しさや美徳のようにも思えます。

けれど、じつのところは、自分自身を少し窮屈に縛りつけていた「義務感」という名の重石だったのです。

ものがなくなってみて初めて、「本当に好きだったのだろうか?」それとも「好きだと思い込もうとしていただけなのだろうか?」という、自分の本音に気づくことができました。

優しさというオブラートに包まれた義務感は、知らず知らずのうちに私の心を窮屈にさせていたのです。

「なんとかなる」という解放感と、これからの楽しみ

大きな家具がひとつ消えても、日常は意外なほど普通に、何事もなかったかのように回っていきます。「不便になるかもしれない」という不安はどこへやら、待っていたのは「なくてもなんとかなる」という圧倒的な解放感でした。

そして、余白のある暮らしの心地よさに気づいた自分でした。これまでは、空間があればなにかを飾らなきゃと思い込んでいましたが、なにもない空間そのものが、こんなにも心を穏やかにしてくれるなんて。

60代で暮らしの転換期を迎え、困惑するどころか、不思議なほどワクワクしています。この空いた空間にどんな自分の「好き」を置こうか? そんな風に楽しい未来を想像している自分がいます。

これからの人生は、だれかへの妥協や遠慮、世間体で選んだものではなく、本当に好きなものを自分のために選びたい。

ものを手放したことで、純粋な「好き」だけでこれからの暮らしをつくり上げていく、そんな楽しみで心はあふれています。

これからは「自分を主役」にする暮らしを

私と同様、60代を迎え、これからの暮らしを身軽にしていきたいと考える人も多いと思います。

私にとって「ものを手放す」ということは、単に部屋を片付けることではなく、過去のしがらみや「こうあるべき」という義務感を脱ぎ捨てることでした。

だれかのため、家族のためではなく、まず自分の心地よさをいちばんに考えること。それこそが、これからの人生を軽やかに生きるコツなのかもしれません。

すっきりと軽やかになった部屋で風とおしの心地よさを味わいながら、今日も新しい「自分だけのお気に入り」を探す楽しみに心が躍ります。