ライゾマティクス・真鍋大度

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 ライゾマティクスは、東京・天王洲の現代アートギャラリー「KOTARO NUKAGA(天王洲)」で、「AIと生成芸術」をテーマにした個展『Rhizomatiks Beyond Perception』を開催中だ。開催期間は10月14日まで。

【画像】ライゾマティクスの作品群を学習して作られたAIモデルデータの生成結果

 本展では、ライゾマティクスが独自に作成した画像のみを学習した全く新しいAIモデルを新たに開発、そこから生成された作品群を展示する。展示の目玉となるのは、“AIモデルデータ”の販売だ。モデルデータには、既存の基盤モデルを一切使用せず、 ライゾマティクス自身の作品108本の映像を静止画に変換した約17万枚の画像を学習データとして活用し、 ゼロから学習されている。

 リアルサウンドテックでは、個展の開催に先がけて開催されたプレスツアーの場で、ライゾマティクス・真鍋大度氏にインタビューをおこなった。本展の狙いや、生成AIの価値などについて話を聞いていくと、同氏のテクノロジーに対する冷静な視点と、彼の向き合い方が見えてきた。

■「複製の時代」から「生成の時代」へ 変容しつつあるアートの“価値基準”

――今回の展示では、「AIと生成芸術」をテーマとしていますが、あらためてこの展示の目的について教えてください。

真鍋:今回の展示は、自分たちの過去の作品データだけでAIモデルを作り、それを作品として販売するのはどうか、というアイディアからスタートしました。このお題を設定することで生成AIにまつわる技術、権利、倫理に関する問題提起が出来るかなと。

――ライゾマティクス独自の画像データのみで学習させたAIモデルが使用されているとのことですが、独自データセットの使用がどのような芸術的特徴や表現をもたらしたとお考えでしょうか?

真鍋:基盤モデルを使わず自分たちのデータセットだけで作るとこういった結果になるという事例を示せたと思っています。それと今回使用したAIモデルは、高品質なグラフィックを生成する装置ではないので、汎用的なものではありません。ただ、そういった限定的なものであるからこそ面白いものができたとも考えています。

 くわえて、ライゾマティクスが手がけた作品という点では、ライゾマティクスの過去の作品を学習させているので、当然のことながら生成されるものにもライゾマティクスらしさが現れています。自分たちでも驚くような画像が生成されることもあり、そこも良かったと感じている部分ですね。

――生成AIとアートの融合における価値について、どのようにお考えでしょうか?

真鍋:今回の展示の重要なテーマの一つは、生成AIの登場によってアートが「複製の時代」から「生成の時代」へと移行しつつあるという点です。AIが無限に画像を生成できる現在は、生成された画像の真の価値について考える必要があります。複製芸術では、オリジナル作品に最も価値があるということが一般的でした。しかしながら、生成AIの時代では、この価値の概念がより複雑になっています。

 一般的な画像生成AIでは、テキスト入力に応じて画像が作られるため、今はそのテキストの巧みさを競うような状況が生まれています。でも、本当の価値はそれらの指示によって作られる画像ではなく、無限に生成できるAIのモデル自体にあると考えています。

 ネット上のあらゆる画像を集めてAIモデルを作ることにも興味ありますが、既に色々存在しています。作品として作る場合には自分たちのデータだけで作る方が面白いですし、欲しい人もいるのではと考えました。つまり、AIモデルでもアナログレコードのようにオリジナル性があれば所有したいという欲求が生まれるのではないかと考えています。

――近い将来、人々が自作のAIの学習モデルを取引したり交換したりするようになるということですか?

真鍋:現在でも、カスタマイズされたAIモデルを公開し、取引するプラットフォームが存在します。これらのプラットフォームでは、特定の目的や分野に特化して追加学習させたAIモデルを共有・販売することができます。AIの技術が今後さらに発展し、普及するにつれて、このような AIモデルの取引や共有の形態はさらに増加し、多様化していくと予想されます。

 しかし、この傾向がどこまで拡大し、どのような形で社会に浸透していくかについては、現時点では正確な予想が困難です。AIの進化速度や法規制の変化、社会の受容度など、様々な要因が影響するため、その将来像は不確実性を含んでいます。

――今回のAIモデルを使用する中で予想外の発見や今後の課題に感じた部分はありますか?

真鍋:このAIモデルの使用を通じて、いくつかの課題と予想外の発見がありました。課題としては、AIモデルの精度向上や生成画像の解像度改善が挙げられます。これらの改善により、より高品質な作品制作が可能になると考えています。

 一方で、興味深い発見もありました。このAIモデルを使用することで、従来の手法では生み出せなかったユニークな表現が可能になりました。特に印象的だったのは、AIが生成したグラフィックをプリントした際の効果です。物理的な形にすることで、画面上では気づかなかった細部や質感が明確になり、作品の観察体験が大きく向上しました。

――販売されるAIモデルでは、購入者がそのデータを使ってファインチューンも可能なほか、二次使用して販売してもインセンティブが発生しないとのことですが、その理由を教えてもらえますか?

真鍋:AIモデルを買い切り方式にした主な理由は、インセンティブを分配する仕組みの構築が技術的・法的に極めて複雑だからです。NFTのような技術を使えば可能かもしれませんが、今回の展示の本質的な目的は生成AIによるアートとクリエイティビティの可能性を探究することにあります。インセンティブ分配の仕組みを導入すると、購入者の負担が増え、モデルの自由な活用や創造性の広がりを制限してしまう可能性があります。そのため、議論の末、あえてそういった仕組みを導入しないことにしました。

 この問題は、音楽のサンプリングの歴史と類似点があります。かつては著作権で保護された素材の無断使用が問題でしたが、現在では元の著作権者への還元の仕組みが確立されています。しかし、AIに関してはまだそのような体系が整っていません。

 特に画像生成AIの場合、既にインターネット上の膨大な画像データを学習に使用しているため、著作権を完全にクリアにした素材だけを使って一からモデルを構築し直すことは、クオリティと産業的観点からはあまり現実的ではないように思います。この状況は、AIアートにおける著作権やインセンティブの問題が、従来のクリエイティブ産業とは異なる新しいアプローチを必要としていることを示唆しています。

■AIとクリエイターの関係を示すのではなく、改めて考える場になればいい

――今回の展示を通じて、生成AIとクリエイターの関係性をどのようなものとして示したいとお考えですか?

真鍋:今回の展示は、特定のメッセージを伝えることを目的としたものではなく、純粋に私たちの創造的な探求の結果です。生成AIとクリエイターの関係性について、こうあるべきだという固定的な考えを示そうとしたわけではありません。

 むしろ、この展示がアートとAIの関係について様々な議論を喚起するきっかけになればと考えています。AIはしばしばブラックボックスでと言われますが、今回のように制作プロセスを全てオープンにすることで、その仕組みの一端を理解してもらえればと思います。

 使用したAIモデルは、大手企業の開発するものと比べると生成できるグラフィックの品質や汎用性は高くありません。しかし、生成AIは高品質な画像を作るだけではなく、多様な可能性を秘めたツールだと考えています。現在の生成AIの開発は似通った方向性に集中しがちですが、今回のような異なるアプローチも重要だと感じています。

 もちろん、主流の生成AI技術の利点も認識しており、それを否定するつもりは全くありません。ただ、私たちのような小規模なプロジェクトでは、より自由な発想で生成AIを活用できる余地があると考えています。この展示を通じて、生成AIの新たな可能性や、クリエイターとの関係性の多様性について考えるきっかけを提供できれば幸いです。

――人間と生成AIの創造プロセスにおける違いや共通点について、どのようにお考えですか?

真鍋:人間と生成AIの創造プロセスには確かに違いがあるようにも見えます。現在のAIは学習データに基づいて創造するのに対し、人間はより自由に、時には他の人が考えないようなことを生み出しているようにも見えます。

 しかし、両者とも過去の経験や知識を基に新しいものを創造するという点では共通しています。人間も完全な白紙状態から創造するわけではありません。ただ、個人的には生成AIをあくまでツールとして捉えているので、人間とAIの創造性を直接比較することにはあまり意味を感じません。

 むしろ、AIを人間の創造性を拡張し、新たな表現の可能性を開く道具として考えています。重要なのは、AIと人間がどのように協働し、互いの長所を活かしながら新しい価値を生み出せるかということです。生成AIは人間の創造性を置き換えるものではなく、それを補完し、新たな創造の地平を開くツールとして活用できると考えています。

――生成AIを使うことで人間のクリエイティブは進化していくでしょうか?

真鍋:生成AIは確かにクリエイティブの世界に大きな変革をもたらしています。その高品質な出力は否定できない価値がありますが、同時に従来のクリエイティブプロセスを変化させています。たとえば、プログラミングの分野では、AIによるコード生成が可能になり、効率はあがりましたが創作の“楽しみ”が失われる側面もあります。

 生成AIは、スキルや経験のない人にとって素晴らしいツールになり得ますが、長年その分野に携わってきた専門家にとっては、自身の役割や価値の再考を迫るものでもあります。また、著作権、倫理的問題も大きな課題です。現段階では、商業利用におけるリスクは高く、実際のところコマーシャルの案件で使用するのは難しい局面が多いですね。

 結局のところ、クリエイティブの進化は、これらの課題を解決しながら、人間とAIがいかに効率的に共創していけるかにかかっています。生成AIの登場はクリエイティブの歴史の転換点となり得るのではないでしょうか。

――現在、よく使用されているAIツールはありますか?

真鍋:日常的に使用しているAIツールは主にChatGPTやClaudeなどの対話型AIですね。合わせて音声認識技術の進歩には目を見張るものがあります。音楽制作では、目的の音に類似した音を探すAIや、音源分離のAI、ノイズ除去のAIを良く使っています。Stable Audioで音楽を作成してインスピレーションを得ることもありますが、現時点ではそのまま使うと言うことはありません。

 音楽業界では、著作権などの倫理的問題により、多くのミュージシャンがAI活用に慎重です。しかし。AIを部分的に活用する人は増えていると思いますし、知らないところで活用しているというケースも多いのではないでしょうか。先鋭的なアーティストは積極的にAIを活用していますが、AI使用自体が作品以上に注目を集めるリスクもあります。このような状況下で、AIを楽器やDAWと同様のツールとして自然に使用するには、まだ課題が残りますが、そのうち解決されると思います。

■すでに次なる創作へ動き出す真鍋大度 『Apple Vision Pro』の長所と短所とは

――少し話題は変わりますが、最近、渋谷慶一郎さんの公演のアフターパーティーにて、Vision Proで『djay』を使ったDJパフォーマンスをされたとお聞きしています。この経験を踏まえて、「空間コンピューティング」が芸術表現や創作活動にどのような可能性をもたらすか、何かお考えがあれば聞かせてください。

真鍋:空間コンピューティング、特にVision Proに関しては、革新的な技術というよりも、既存技術の洗練版という印象です。UI/UXの向上、解像度の向上や遅延の改善により、これまでのプロトタイプ段階から実用的な製品へと進化したと感じています。

 Vision Proの最大の強みはApple製品の優れた互換性です。特にMacBookとの高い親和性は、クリエイティブな作業において大きなメリットとなっています。しかし、現段階では芸術表現や創作活動に劇的な変革をもたらすものではなく、むしろ既存の制作・共有プロセスをより効率的に、使いやすくしたツールとして捉えています。空間コンピューティングの真の可能性は、これからやってくるでしょう。

――では、これまでにない全く新しい体験を生み出すような技術ではないということですか?

真鍋: Vision Proは革新的な要素を含んでいますが、全く新しい体験を生み出すものといよりは、既存の技術を洗練させ統合したものです。指のトラッキングや視線入力などの機能は、これまでも専門的な機器を使えば実現可能でしたが、Vision Proはこれらを単一のデバイスで実現しました。

 これは技術的には大きな進歩ですが、主に既存技術の「民主化」であり、AIのような全く新しい体験を生み出す技術とは異なる次元のものです。つまり、Vision Proの空間コンピューティングは、全く新しい体験を生み出すというよりは、既存の体験のクオリティを大幅に向上させるものだと言えます。革新的ではありますが、それは主に既存の体験をより効率的に、高品質に提供するという意味での革新であり、根本的に新しい体験を創出するものかどうかは、現段階ではわからないです。

――従来の機材を使ったDJとVision Proを使ったDJでは感覚的にどういった違いがあるのでしょうか?

真鍋:Vision ProはDJや音楽制作に新たな可能性をもたらしています。仮想のフェーダーやツマミを使用でき、客席でのDJなど自由度の高いパフォーマンスが可能になりました。特に空間オーディオとの相性が良く、立体音響のミックス作業では直感的な操作が可能となり、より精密な音の制御ができるようになりました。

 一方で、従来のDJ手法と比較すると、音に集中して、感覚的に操作することはもちろん出来ませんし、操作精度にも課題があります。長時間のプレイでは目が疲れてくるため誤動作も増えます。そのため、状況に応じて従来の物理的な機材とVision Proを使い分けることが重要です。

 Vision Proは従来のDJ手法に完全に取って代わるものではありませんが、10年前と比較すると驚異的な進歩を遂げており、音楽制作やパフォーマンスに新たな可能性を開いています。最適なツールを状況に応じて選択することで、これまでにない音楽体験を創出できる時代が到来していると言えるでしょう。

――そのような使い方はライブパフォーマンスでもされるのでしょうか?

真鍋:Vision Proをライブパフォーマンスで実験的に使用した経験があります。27chのスピーカー環境で、Vision Proでオブジェクトをコントロールしながらライブを行いましたしかし、コントローラーとしての機能に限界があり、視線操作による疲労から集中できる時間が制限されるなどの課題がありました。

 これらの問題に対処するため、現在は物理的なコントローラーも併用し、その操作状態をVision Proで可視化して確認する方法を採用しています。Vision Pro単体での使用には制限がありますが、可視化ツールとしては非常に興味深い可能性を秘めています。従来の機器とVision Proを組み合わせることで、より効果的なパフォーマンスが可能になると考えており、これがVision Proの面白さだと感じています。今後、さらに創造的な使用方法が生み出される可能性があると期待しています。

――今後、Vision Proを使って取り組みたい創作活動はありますか?

真鍋:Vision Proを活用した新しい創作活動として、最近開発したソフトウェア『PolyNodes』のVision Pro版を計画しています。

 このソフトウェアは、従来の2次元の波形表現を3次元の空間ナビゲーションに拡張したもので、新しいサウンドシンセシスとジェネレーティブコンポジションを可能にするというものです。具体的には、音の時間的特性を抽出・分析し、それを3次元空間にマッピングすることで、音を目に見える幾何学的な構造として表現します。

 元々、Vision Proが発表されたタイミングで発案したソフトウェアだったのですが、現在このソフトウェアのVision Pro版を開発中で、年内にリリースすることを目標としています。Vision Proの空間認識技術と組み合わせることで、より直感的で没入感のある音楽制作環境を実現できると期待しています。

(文・取材=Jun Fukunaga、写真=林直幸)