2023年に竣工した潜水艦「はくげい」。引渡式には多くの防衛省関係者が出席した(写真:川崎重工業

「潜水艦村の常識が、世の中の流れから取り残されていたのだろう」

重工大手の川崎重工業海上自衛隊の潜水艦乗組員らに対し、金品や飲食代を提供していた問題が明らかになった。こうした癒着行為は少なくとも6年前から続けられていた。

この間、川崎重工は取引先との架空取引によって十数億円規模の裏金を捻出、原資に充てていたとみられる。大阪国税局の指摘により発覚し、2023年度有価証券報告書に税金費用として6億円を計上した。

だが、判明したのはあくまで国税局が調査した期間分にすぎない。実際には「数十年にわたる慣習だったのではないか」(防衛省関係者)との見方が強い。同ニュースを見た海自OBは、冒頭のように語った。

必ず受注が取れるうまい案件

現在、日本で潜水艦を建造できるのは、三菱重工業と川崎重工しかなく、隔年で交互に受注している。海自が保有する25隻の潜水艦のうち12隻が川崎重工製だ。

「必ず受注が取れるうまい案件」(重工幹部)で、受注額は1隻当たり400億円規模。修理も特定の事業者に委託する随意契約で2社が寡占している。

確実に受注が取れる案件に関して、なぜ癒着行為をする必要があったのか。「コミュニケーションの向上を図るための懇親がエスカレートしていったのではないか」(川崎重工)。

川崎重工・神戸工場の造船所では、修繕部が定期的に海自の潜水艦の検査・修理を行っている。この間、乗組員は造船所に隣接する川崎重工の宿泊施設「海友館」に寝泊まりし、数カ月間にわたって共同で修繕作業を行う。

閉鎖的な環境で親密になる中、修繕に使う工具のほか、商品券、生活用品、飲食などが多くの海自隊員に対して提供される癒着関係が築かれていったとみられる。なお自衛隊員倫理規程では、利害関係者から金銭、物品、供応接待を受けることを禁じている。

前出の海自OBは、「造船所では潜水艦に限らず艦艇乗員を接遇する文化があった。ただ、官製談合が社会問題になった30年ほど前にこうしたやり方は終わったはず。それが艦艇、中でも機密性が高い潜水艦では、過度な接遇文化が令和の今まで残ってしまったのだろう」と語る。

国税に指摘されるまで外部に漏れなかった

実際、事件は今年2月下旬に大阪国税局の税務調査により指摘されるまで外部に漏れることはなかった。防衛省が川崎重工から報告を受けたのは4月。その後、海上幕僚監部に一般事故調査委員会を立ち上げ、契約内容や規律違反の疑いについて調査を開始した。

7月5日の記者会見で木原稔防衛相は「万が一にも国民の疑惑や不信を招くようなことがあってはならない。判明した事実関係に基づき厳正に対処する」と述べ、実態調査のための特別防衛監察の実施を決めた。

国の防衛予算が大幅に増額される中、近年、重工各社の防衛事業は勢いを増している。2023年度の防衛事業の受注額は、川崎重工が前年度比倍増の5530億円、三菱重工が同3.3倍の1.8兆円と急速に拡大した。


従来、防衛産業は利幅が薄く撤退する企業が相次いでいた。そのため国は2023年に防衛装備の企業側利益率を8%から最高15%まで大幅に引き上げる方針を新たに示したばかり。

川崎重工は現在、5%未満の防衛事業利益率を2027年度までに10%以上にする目標を掲げている。これが実現すれば年間500億〜700億円を稼ぐ主力事業となる見込みだ。

こうした期待と業績回復を追い風に、川崎重工の株価は事件が明らかになった7月3日に2015年以来の高値を突破していたが、翌4日は前日比7.3%安の5978円に反落した。防衛受注への影響などが懸念され、水を差された格好だ。

過去に指名停止処分も

川崎重工が防衛産業で問題を起こしたのはこれが初めてではない。2012年には新多用途ヘリコプター「UHーX」の開発をめぐる官製談合事件が発覚。2013年に防衛省から入札の指名停止処分を受けたことがある。

橋本康彦社長は「心からお詫びする。関与した人、流れ、背景についてはわかっていないことも多く、特別調査委員会を通してしっかりと解明したい」と陳謝のコメントを出している。

川崎重工側は、「修繕部の課長レベルまでが関わっていたことを確認している。役員は把握していなかった」と説明するが、組織的な関与があったのかどうか、そしてコンプライアンス体質を一新できるかどうかが焦点となる。2024年内に特別調査委員会による報告書をまとめて公表する予定だ。

川崎重工は防衛省との契約実績で、三菱重工に次ぎ長年2位を誇る防衛の中核企業だ。それだけに、不適切な実態は明らかにし、襟を正さねばならない。

(秦 卓弥 : 東洋経済 記者)