日韓関係悪化の本質的な要因とは……(写真:みっきー/PIXTA)

徴用工問題に関する韓国大法院の判決、日本側の輸出管理強化措置、韓国が日韓軍事情報包括保護協定(GSOMIA)を破棄する通告――。日韓の関係悪化が安全保障関係にも波及し、貿易・投資関係も縮小している。

日韓の間の信頼関係の喪失、出口なき関係悪化に対し、両国は成すすべがないのか? 日米経済摩擦、日米安保協力・基地返還、北朝鮮外交――交渉によって「不可能」を可能にした、日本外交きっての戦略家・田中均さんが、情勢を見るための“正確な眼”を伝授する。

※本稿は、田中均著『見えない戦争 インビジブルウォー』(中公新書ラクレ)の一部を、再編集したものです。

反日意識はいつまで続くのか

戦後の日本は平和主義に徹し、世代も変わった。それなのになぜ、韓国は過去の歴史にこだわり続けるのか、日本は何回謝ればよいのか、韓国の反日意識は未来永劫続くのではないか。そう感じている日本人は少なくないだろう。

その背景に、韓国が日本に対して抱き続ける「恨」の意識があることは前回記事で詳しく述べた。

慰安婦問題をきっかけとし、その後、徴用工問題について韓国大法院が日韓基本条約とは相いれない判決を下したことや、自衛隊艦船に対するレーダー照射などに対する日本側の反発は強い。半導体材料に関する日本側の輸出管理強化措置は報復措置ではないと説明されるが、韓国は政治的理由による措置だと断じる。議論は今後WTOなど国際機関の場に移るのだろうが、簡単に事態が収束していくわけではない。

そして韓国は日韓の軍事情報包括保護協定(GSOMIA)を破棄する通告を日本に行った。関係悪化が安全保障関係にも波及してきた。従来は政治関係が厳しくなったとしても経済関係に大きな影響が出たわけではないが、今回は貿易・投資関係も急速に縮小し、観光でも深刻な影響が出ている。

一言でいえば日韓の間の信頼関係の喪失であり、「近くて遠い国」の再来だ。この背景にある本質的な3つの要因を理解し、克服していかない限り、泥沼から抜け出す道はない。

保守と革新、あまりに異なる両国政権の基盤

第1には、保守と革新という両国政権のよって立つ基盤があまりに異なることであり、日韓関係はその中心的論点になっているという点だ。

1998年の小渕・金大中共同宣言では過去の歴史を乗り越え、日韓両国が未来へのパートナーシップへと向かうことが宣言された。現に、2002年のサッカーワールドカップの共催をきっかけに日韓交流は飛躍的に拡大し、日韓は「近くて近い国」になったかと思われた。

しかし安倍政権に代表される日本の保守ナショナリズムの台頭、韓国での文在寅政権に代表される市民派リベラルの浸透が徐々に日韓の溝を拡大した。それが端的に表れたのが上述した慰安婦問題の再発だ。文在寅大統領は市民派として朴前政権を否定し、慰安婦問題の解決にはならないと一方的に合意を反故にする。

安倍総理は元々、慰安婦雇用に強制があったとする河野談話を批判する立場であったのにもかかわらず、2015年に「最終的かつ不可逆的な」日韓合意にたどり着いたのは、たたえられるべき決断だった。これを韓国側にひっくり返されたことへの不満は大きいだろう。

文政権は歴史問題と政治関係は相互に影響を与えないとする「ツートラック・アプローチ」を主張するが、歴史を持ち出せば国民レベルの「恨」の感情を増幅し政治問題化するのは必至であり、このアプローチには無理がある。

ただ、政権が交代しない限り日韓関係の改善は無理だという結論を出すのはあまりに早計だろう。考えてみれば、小渕政権と金大中政権にも保守と革新の違いはあったが、両政権は大局に立ち返り、「歴史を外交問題にしない」という基本方針のもとで日韓関係を管理した。とくに韓国政府はこの点を想起し、この基本方針を日韓双方で再確認することが必要なのだろう。

日韓両国における相手を見る目の変化

第2に、日韓両国における相手を見る目の変化だ。過去においては日韓で問題が起これば韓国側の反日感情は燃え盛ったが、日本側はそこまで感情的にならなかった。だが今回は日本側に蓄積された反韓・嫌韓感情の大きさが背景にあるようだ。このような世論を背景に日韓両国政府は相手を「友好国」として位置づけることや、それにふさわしい扱いをすることに大きな躊躇があるようだ。

韓国が慰安婦問題や徴用工問題、レーダー照射問題などで日本側と十分意を尽くした協議を行おうとせず、日本側も外交青書などでも韓国を価値を共有する重要な隣国という位置づけから降ろしてしまった。通常友好国間では公開の論争を行う前に政府間の静かな協議を行うのを常とするが、最近の日韓関係ではそのようなプロセスは目につかず、直ちに世論に打って出るような気配がある。

2019年のG20でもほとんどの首脳とは個別会談を行っても韓国大統領との会談は実施されなかった。本来輸出管理規制を強化する場合も、十分な協議を経て実施に移すのが友好国間の基本的態様であるはずだ。

もはや敵意に満ちているとしか思えないような対応は関係を一層悪化させる。今日の政治は世界中至る所でそうであるが、外交における世論の役割は従来とは比較にならないぐらい大きくなった。ポピュリズムの台頭だ。世論を巻き込んだ外交が、結果的に相手を嫌う世論を増幅させ、政府もこのような世論から逃れられなくなった悪循環が起こっている。

日韓はあまり共通利益がなく友好国同士の関係ではないと言うなら、両国民の感情に従った関係になってもやむをえないだろう。改めて日韓関係は日韓双方にいかに重要か冷静に考えてみる必要がある。日韓にとり双方はともに中国、アメリカに次ぎ第3位の貿易相手国であり、投資の規模、人的交流(2018年日本を訪問した外国人旅行客の25%は韓国から)などから見ても大変重要なパートナーであることは疑問の余地がない。

今般の輸出管理の厳格化が韓国の半導体産業に大きな痛手となることが示すとおり、日韓の間にはハイテクや金融を中心に深い相互依存関係が存在する。

安全保障面で見ても韓国の最大の脅威は北朝鮮であり、米韓同盟関係が抑止力になっているが、実際の朝鮮半島有事においては、日米安全保障体制に基づく日本からの支援がなければ米韓同盟もまったく機能しない。東アジア地域の政治安保協力を見ても、日韓はともに民主主義国でありアメリカの同盟国として同じ方向を向いている。

確かに、日韓双方にとって安全保障面でのアメリカとの関係、経済面での中国との関係が圧倒的に重要となり、日韓関係の重要度が相対的には減ったことは事実だろう。しかしそれがゆえに、隣国としての緊密な関係の重要性が減じられていることはなかろう。

外務省がウェブサイトで掲げている深刻な懸案問題は多い。竹島問題、慰安婦問題、徴用工問題、日本産水産物の輸入規制、日本海呼称問題などどれ1つをとっても解決が難しい。しかしこのような懸案が多いからといって、双方が重要な友好国としてお互いを尊重しないのであれば、相互依存関係は崩れる。必ずや経済や国民レベルの交流も先細りとなってしまう。

今一度、日韓両国政府は日韓関係が双方にとってどれだけ重要か国民レベルで啓発をするべきではないか。今日の両国政府の相手に対する思いやりのない、冷淡な扱いが常態となるのは具合が悪い。

北朝鮮問題についてのアプローチの違い

第3に北朝鮮問題だ。北朝鮮問題について同じ方向を向いているときは、日韓がお互いから離反していく可能性は減る。2001年に小泉政権が誕生し、近隣諸国との間で靖国神社参拝を契機に過去の歴史問題が再燃したときに、日韓関係が大きく崩れなかったのは小泉総理の北朝鮮訪問があったからだ。

当時、韓国の金大中政権は太陽政策の下、南北首脳会談を実現させ対北朝鮮融和政策をとっていた。北朝鮮に強硬なブッシュ政権とは相いれなかったが、韓国の孤立を救ったのは小泉総理の訪朝だった。韓国は小泉総理の北朝鮮訪問と日朝平壌宣言を強く歓迎した。

その後北朝鮮に対して是々非々を唱えた朴政権と対北朝鮮圧力路線をとる安倍政権は、米日韓の強い連携関係をつくった。ところが現在の文在寅政権は対北朝鮮融和政策が目立ち、引き続き慎重な路線をとる安倍政権との間は大きな溝ができている。北朝鮮問題についてのアプローチの大きな違いは、日韓関係の停滞につながる。

本来、北朝鮮核問題は米朝首脳会談を軸に動いているわけだし、アメリカが日米韓の連携を維持する努力を行うべきなのだろう。しかしトランプ大統領は「アメリカ・ファースト」につながる取引的アプローチにしか関心はない。北朝鮮非核化問題は、仮に米朝首脳会談が一定の成果をあげるにしても、その実現は関係国の協力の下での相当長い時間を要するプロセスにならざるをえない。

もしも今後、米朝の実務者の折衝で非核化と平和体制構築のロードマップ的な考えが煮詰まっていくとすれば、そのときこそ日韓が能動的に協力していける好機となるのだろう。韓国の南北融和に向けた外交プライオリティーと日本の掲げる拉致・核・ミサイルの包括的解決の目標が合致する時が来ると思う。

首脳に大きな役割

日韓を再び正常な軌道に乗せるには、時間がかかるとしても抜き差しならないところに追い込まれないよう、危機管理は行う必要がある。


安倍総理は前提条件を置くことなく北朝鮮金正恩委員長と首脳会談を行おうという呼びかけを行っている、ここはステーツマンシップを発揮し、前提条件なく韓国文在寅大統領との首脳会談を行ってみてはどうか。日韓関係の打開は間違いなく首脳の直接的関与を必要としている。

私は韓国の人と長年交渉してきたが、朝鮮半島の人々と一定のいい関係を作っていくためには、心のゆとりがなければいけないと思ってきた。「目には目を、歯には歯を」のように、言われたら言い返すということをやっていても、物事は前に進まない。多少腹が立つこともあるかもしれない。だが、そこに感情の行き違いがあるのは事実だとしても、日本は朝鮮半島の人々に犠牲を強いてきたという長い歴史がある。日本は反省の気持ちを忘れずに、もっと余裕のある交渉をすべきだと思う。

朝鮮半島とともに生きていくことなくして、日本の恒久的な平和は達成されない。そういう大きなピクチャーの中で物事を考えなければならない。韓国が求めているのは過去の歴史の償いというより、日本のみならず長年にわたって他民族に蹂躙されてきた歴史やその結果韓国の人々が持つに至った「恨」の感情を理解してほしいということだと私は思う。

同時に日本がいつまでたっても低姿勢をとっていくのは限度があり、韓国がルールを踏み外せば反応せざるをえない。未来を見れば日韓の共通利益は明白であろうし、だとすれば日韓双方が相手を理解する努力を倍加するということに尽きるのだろう。